「かげさま、」
「…なんだ」
「かげさまは、時間ってなんだと思いますか」
「時間?」

本格的に眠いのだろう。
突然そんな哲学的な問いを出されても困るし、そもそも、呼び方がおかしい。

「哲学とか、難しい話は分からんぞ」
「既にある理論ではなくて、かげさまが時間というものを、どうとらえているのか。それが知りたいんです」

それこそ、難しい。
私がここで頭を悩ませ答えを出したとしても、それは、どこかの誰かがずっと昔に唱えた既知のものになるのではないのだろうか。
ううむ、と悩んでいたら、彼女の方から喋り始めた。

「わたし、時間はただの流れだと思うんです」
「流れ?」
「大きな、時間という流れの中にわたしたちは浮かんでいるだけで、かつ消えかつ結びて、とどまることはない」
「その心は?」
「寂しい」

思わず、目を見開いた。
こうして、知り合ったばかりの私に素直な感情を吐露しているということ。見た目や振る舞いよりも、内面はむしろ幼いのかもしれないということ。そしてなによりも、その、心の底から絞り出したような、吐息混じりの切なげな声。

しかし、夜は人を孤独にするものだ。だから、仕方がないと考え、付き合ってやることにした。

「寂しいのなら、私が側にいてやろう。この客間を、一生、君の部屋にしたっていい」

頷くことは絶対にないと思いながら、そう提案する。
やはり彼女は、「それじゃあ、だめなんです」と言った。
しかし、分からないのは、そこに付け加えられた「それじゃあ、前と一緒だから」という言葉だ。


「君はそろそろ、寝た方がいい」
「名前を呼んではくださらないのですね」
「…みょうじなまえ、」

君は私の名前を呼ばないくせに、と思う。
けれども、私は弱った者には優しいので、仕方なく呼んでやるのだ。

「なまえ、私では君を運べない。彼を呼んでくるぞ」

そう言いながらも、私は、くうくうと寝息を立て始めた彼女のことをただ見つめているのだった。

 

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