時刻は午後六時、ようやく落ちてきた陽射しは、レースのカーテンを通して部屋を青く染め上げる。
客室の中でもモダンな、白を基調としたこの部屋を、彼女はけっこう気に入っているようだった。

寝室の手前には小さいながらも居間があり、テラスもついている。
そのテラスに繋がる硝子戸は大きく開け放たれており、そこから時おり風が入っては来るのだが、はっきり言ってしまえば暑い。

すでに氷の溶けてしまったレモン水をあおりながら、風に揺らされる彼女の前髪を見ていた。



今日は、朝の五時から彼女を叩き起こして数学の宿題に付き合わせてしまった。

世の中には理数系は男のものというくだらん風潮があるようだが、勉学全般を苦手としている私には、むしろ無縁の話だ。
彼女の方はといえば、「チャート式…」と眉を寄せていたので苦手であるのかと思いきや、流石、現役旧帝大生。忌まわしき黄色のテキストをぱらぱらと捲っただけで勘を取り戻したらしく、家庭教師さながらの手腕を見せつけてくれた。


そんな彼女は、現在、客室の居間のソファーですやすやと寝息を立てている。

残り二割、応用問題に差し掛かったところで「稼働時間が」と言ってソファーに横たわったかと思えば、そのまま眠ってしまったのだ。

早朝から起こされ、朝食昼食の間もぶっ続けで私にPやらCやら二次関数やらを教え続けたのだから、仕方のないことではある。

むしろ、彼女の付き人には白い目で「蜻蛉様、蜻蛉様、電子辞書をお持ちでしたら"遠慮"の頁をひいていただけますでしょうか」と言われたのだが、そんなことは知ったことではない。
そもそも、彼女の方から一緒に過ごしてくれと言ってきたのだ。私はその要求を呑んでやったのだから、こちらからの要求も承諾してもらわねば。

その付き人はといえば、彼女が黄色の本を開いた途端に「私は隣の部屋に控えておりますので」と言って立ち去ってしまった。
彼女いわく、「蜂熊はね、見た目によらず数学アレルギーなの」とのこと。


そんな彼女の力もあって、鬼のようにあった課題も八割を終えることができた。
残すは応用問題だが、実を言えば、これはできなくてもいいのだ。教師も、「時間が余ったら、取り組むように」と言っていた。
だから、もう終わったようなものなのである。

 

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