「なまえ様、蜻蛉様は幼児ではありませんので、そういうのはいかがかと」

ベッドでじゃれあって(というのも、物凄く恥ずかしい表現だな)いれば、呆れた様子の男にたしなめられ、彼女は「はぁい」と起き上がる。
私も慌ててベッドから降りた。

「蜂熊も一緒に食べる?」
「いいえ、私はあちらで」

自分の分は隣の部屋に置いてきたらしい男は、恭しい手つきで彼女を抱き上げ、椅子に座らせた。

「お一人で食べられますか」
「ええ、ありがとう」

男が私に向かって言った「では、わたくしはこれで」は、牽制なのだろうか。


「立派なポーチドエッグですね」

そんなことは気にもしていない彼女は、きらきらとした顔でメイド自慢の卵料理を見つめている。

「早くいただきます、をしましょう。固まってしまいます」

急かされたので、慌てて椅子に座って「いただきます」をした。


「食に対して、随分積極的なんだな」
「美味しいご飯は大好きです。もちろん、作るのも」
「料理ができるのか。いや、意外ではないな」
「それは、なぜ?」
「え?」
「いいえ、なにも」


窓の外を見れば、カンカン照り。きっと、少し歩いただけで汗が噴き出す。こんな日には、裏山の川で遊ぶのが常なのだが、彼女と過ごすのなら、それは適さないだろう。
今日は何をするつもりなんだ。と、テーブルに目を戻したとき、横に積まれた本が目に入った。

「星が好きなのか?」
「へ?ああ、それは、」

私の視線の先にあったものに気が付くと、少し照れ臭そうに笑う。

「天体観測入門、子ども百科事典天体編、星の見方、ギリシャ神話大全、いや、これは星は関係ないか」
「昨晩、星を見たでしょう。その予習に使ったんです。わたし、流星群を見るなんて初めてだったから」
「そうだったのか。私はてっきり、余程好きなのかと…」

でこぼこの背表紙をなぞりながら、感心して「勉強熱心なんだな」と呟けば、突然、

「机上の勉強はつまらないと仰っていましたが、机上と実践、どちらが大切だと思いますか」という問い。

 

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