寝室に連れられて入ってみれば、男の後ろに私の姿を見つけた彼女は、素っ頓狂な声をあげながら布団をかぶり、
「ちょっと!蜂熊!わたしノーメイク!!!」と叫んだ。

「そんなに大きな声が出たのか」
「出ますとも。なまえ様は、中学、高校と演劇部でいらっしゃいましたから」
「…道理で、クサい台詞がぽんぽん出てくるわけだ」
「やだもう〜勘弁してください〜〜」


布団のお化けになったままの彼女に、昼ごはんはどうするか問えば、「食べたいのはやまやまなのですが、あの、足が言うことをきかず…」と返ってくる。

「すみません、本来ならばわたくしがお伝えするべきだったのですが…」と、男が謝れば、
「蜂熊は遅起きだものねえ。わたしも朝は弱いから、いつも二人して寝坊してしまって」と、布団のお化けがくすくす笑う。

君たち、主従関係としてそれはどうなんだ。と思いつつ、「では、こちらへ持ってこさせよう」と提案した。

待っていろ。と、部屋を出ようとすれば、男が「いえ、私が言って参りますので、少々お待ちください」と言って出ていってしまった。

残された私と、布団のお化け。


「……ちょっと、お化粧だけしてもいいですか」
「そんなに嫌なのか」
「だって、隈が」


どうせ言うほどでもないだろう。と布団をひっぺがせば、彼女は「ひぇぇ」だとかいった情けない声を上げる。

「隈なんて、…けっこう酷いな」
「ほら!だから言った!」
「冗談だ」

年甲斐もない、というか、むしろ年相応な反応をする彼女を見るのは新鮮であったので、からからと笑っていれば、男が三人分の食事を持って戻ってきた。

三つのプレートを見た彼女が「あら?こちらで召し上がるんですか」と問うので、
「三日間一緒に過ごしてくれと言われたからな」と答えれば、「嬉しい」と抱きついてきた。

のはいいのだが、筋肉痛の彼女は「しまった痛い」と言いながら崩れ落ち、道連れにされた私も体勢を崩し、二人でベッドに倒れ込んでしまった。

仕舞いには、何が可笑しいのか、「笑うと、腹筋が痛い」と言いながらくすくす笑っている。

じゃあ笑わなきゃいいのに、と思うのだが、私は、幸せそうな彼女から目を離すことができずにいて、
こうして、日の光と白いシーツに包まれながらベッドに横たわっていることも、息をすれば睫毛が震えるくらい近くにいることも、何も肌に乗せていない彼女の顔を見ることも、ごくごく自然なことであり、とても懐かしいことであるような心地でいた。


「三千世界の烏を殺し、あなたともう一度朝寝がしたかった」
「また、そういうことを……」

 

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