「なぜ、傘を差すんだ?」
「ただの魔除けですよ。ほら、お口を閉じて」
「うむ」

口を閉じねば、魔除けは効かないのか。とも問いたかったが、それで妖怪に見つかっては元も子もない。
夜中に外に、それも裏山で星を見るなど、この先一生、あるかないかの貴重なことなのだ。
と、ここまで考えてから、自分がこの約束をかなり楽しみにしていたことを知った。


起伏の激しい道なりを、しっかりとした足取りで歩く。もっと楽な道もあるのだが、喋ることは禁止されているのでそれを伝えることも叶わず、まあ、なにか意図があるのだろう。と、黙ってついていく。
それにしてもこの女、やはり黙っている方が似合っているというか、しっくりくる。
にこにことこちらに向かって話しかけているときの顔よりも、口を閉ざして物思いに耽っているときだとか、目だけをきらきらとさせて何かに夢中になっているときだとか、そういった顔の方が見慣れているのだ。
…見慣れていると言うのもおかしいな。私はそれほど、彼女と過ごしたわけでは、


「着きましたよ」
「え、あ…」
「ぼんやりされていましたね」
「ああ、少し昔のことを」

昔のこと?

「今は昔のことなど忘れて、ほら、上を」

促されて天を仰げば、そこには素晴らしい星空が広がっていた。
思わず言葉を失っていたら、視界の端で、ほろりと星が崩れる。

「いま!」
直ぐに指差すが、間に合わなかった。
「もう見つけたのですか。早い」
彼女はなんともないように笑ったが、私はせっかく見つけた流れ星を見てもらえずに、少し悔しい思いをした。


「お二人とも、こちらへ」
声の方を振り向けば、蜂熊が簡易の椅子と机を整えていた。

「気が利くな」と労えば、「なまえ様は体力がありませんので、今の登山ですでにお疲れなのです」と、暗に、お前のためではない、というようなことを言われる。


「座りましょう。蜂熊、ありがとう。あなたの椅子もちゃんとある?」
「わたしのことは、お気になさらず。少し辺りを見回って参ります」

後は二人でごゆるりと、と言って消えた後ろ姿に、彼女は「いつもありがとう」と呟いた。

その切なげともとれるような眼差しは、何を意味するのだろうか。


「…そんなにも見つめられると、照れてしまうのですが、」
「見つめてなどいない。流れ星を探していた」
「わたしの瞳にですか?」
「貴様は、案外意地が悪い」

というか、どこからそんな恥ずかしい台詞が出てくるんだ。と言いかけたが、彼女があまりにもか細い声で
「誰かと比べていらっしゃる」と言うものだから、何も言えなくなってしまった。


「君こそ、何を…誰を見ているんだ」
「流れ星を探しているだけですよ」
「あれの後ろ姿にか」
「ええ、あの人も。皆、流れて散ってしまいましたから」
「みんな?何の話を…」
「でも、こうして、次のところへ」

そう言うと、私の手を取り、泣きそうになりながら「あと三日間だけ、わたしと過ごしてくださいませんか」と。

「三日、」
「ええ、三日です」
「それくらいならば、構わん」

恥ずかしさから、消え入りそうな声で返事をすれば、感極まった彼女が「ありがとう」と抱き締めるものだから、もうこちらは流れ星どころではない。


それから、手だけを軽く繋いだままで、あの蜂熊とやらが迎えに来るまで
流れ落ちる星屑をいくつもいくつも、二人で見つめていたのだった。


 

- ナノ -