食事も入浴も済ませ、"夜の十一時"に髪の毛一本分遅刻して行けば、夜着であろう浴衣を着た彼女が玄関に佇んでいた。

「そうしていると、幽霊みたいだな」と、若干失礼なことを言えば、
「座敷わらしですから、大差ないかと」と、口元を隠して笑う。

絹糸のような黒髪が、月明かりに照らされて透けるような白銀に輝いている。すうっと墨をひいたような目元に、紅い唇は寝化粧だろうか、それとも天然の、
などと考えていたら、流し目でたしなめられてしまった。

「わたしに見とれていないで。早くしないと、星が降り尽くしてしまいます」

図星だったのが恥ずかしくなり、

「顔は薄いが、そこに妖艶さがあるのか?」と、大分失礼なことを言えば、
「女性にそんなことばかり言っていては、好きな子ができたときに苦労しますよ」と、呆れられた。


「さあさあ、そのかわいいお口を閉じてこちらへ。ここからは、お喋りは禁止です」
扉を開けて、なぜか傘を広げる彼女に

「本当に私達だけで行くのか?」と問えば、
「恐いのなら、目を瞑って。わたしが手を引きましょう」と、手を差し出された。

そういう意味ではなかったが (いや、おそらく本当はそういう意味なのだろうが、自分はそれを認めたくないのだ)、その細い指先に触れれば、見た目に反してあたたかいことに驚く。


「では、こちらはわたくしが」
「いや、君は別にいいんだが」
「いいじゃない。蜂熊とも仲良くしてやってください」
「これでは、逆に歩きにくい」
「ふふふ」

 

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