「昨日ので懐柔されたとは思うなよ」
「意外と、お口が悪かったのですね」


朝、広間で顔を合わせた彼女にそう告げれば、びっくりしたような顔をさせることに成功したが、着眼点はそこじゃない。

昨日は昨日、今日は今日だ。一度のことで手放しに心を許すほど、子供ではない。ということをもう一度告げる。

「つまり、宿題はやらないと」
「遠方から来た客人を困らせる私、ドS!」
「別に、困りません。私は家庭教師ではないので」

彼女は、しれっとした顔で肩をすくめた。


「今日は、」
「宿題は、やらない」
「ふふ、そうではなくて、今日は星が降るそうですよ」
「星…?」
「ええ、星が。なんだったかしら、蜂熊」

「ペルセウス流星群ですよ」

後ろに控えていた影のような男がやんわりと答えれば、彼女は「そうでした」と、両手を合わせる。

「わたし、今夜それを見に行こうと思っていて、ほら、お家の裏に山があるでしょう。あそこなら、街灯も届きませんから、きっと綺麗に見えます。一緒にいかがでしょうか」

いかがでしょうか、も何も、夜に外に出るなど、何を言っているんだ。という言葉が出る前に、彼女は
「もちろん、許可はいただいております」と笑う。

「は?」
「ですから、お父様とお母様に昨晩提案したのです」
「いや、」
「お二人とも、それは良いと仰って、」
「ちょっと、待ってくれ」

慌ててストップをかければ、彼女は大人しく口を閉じる。そして自分は、彼女の、こういう滅茶苦茶にマイペースなくせに従順なところが苦手であると気が付く。

「夜に外に出るなど、裏山とは言え、何が出るか」

どれだけの護衛を連れて星を見るつもりか。という意味で言ったのだが、着眼点のズレた彼女は「おりこうさんなのですね」と微笑ましいとでも言うように笑う。

「貴様なんぞ、一裂きだぞ」
腹が立ったので、睨みながら毒づけば、

「いえ、いえ、ごめんなさい」と謝るが、しかし已然笑っているので反省した様子は全く見られない。


「いつもは、駄目ですけど、今日はわたくしたちがおりますので、許可が出たのです」
「貴様に何ができると」
「確かに、わたし一人では心配ですけど、蜂熊もおりますし、二人いれば。ねえ?」

彼女が問えば、影は「ええ、もちろんです」と答えた。


「そういうことですので、御夕食後、夜の十一時に玄関で待ち合わせしましょう。あ!お風呂も済ませてからいらしてくださいね。帰りが遅くなるかもしれませんので」


そう言うや否や、彼女は影を引き連れ、「それでは、」と手を振り行ってしまった。

後には、どういうことなのか、何が大丈夫なのか全く分からない自分と、夜の十一時に玄関で、という約束だけが残された。


 

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