「それで、本日からお勉強を共にさせていただくことと相成りましたが」
「…」
「とても不服そうなお顔でいらっしゃいますね」
「……」


テーブルに広げた夏の宿題を挟んで、両者は膠着状態にあった。
私は不満げに机の一点を睨み付け、女は私を見つめている。

「…つまらん」
ぼそりと呟けば、彼女は「はい」と相槌を打った。

「机上の勉強など、つまらん」
「そうですか」
「そうだ」
「ならば、お外へ行きましょう」

思わず女を見れば、目が合い、にっこりと微笑まれる。

「机上でなければいいのでしょう」



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大きな麦わら帽子をかぶり、空色のワンピースをひらひらさせながら、華奢なヒールでぐんぐん歩く彼女の後ろを着いてゆく。

「歩いて行くのか」
「すぐ近くですから」
「体はもういいのか」
「ええ。ご心配お掛けしました」
「SSの、彼はいいのか」
「迎えだけ、お願いしてありますよ」


そんな会話をしながら、連れて来られたのは図書館であった。

「…私は、本はあまり読まんぞ」
「存じております」
「…」

むっとして黙れば、彼女は「かわいいお顔をなさらないで」とくすくす笑った。


「ほら、ここですよ」

そう言って入っていくのは、児童コーナーの一角に設けられた、

「…………おはなしのへや」
「今日は有名な朗読家がいらっしゃっているのです」


彼女は、私の不満顔を全く気にした風もなく、飄々とした顔でリンゴの形をしたソファーに座る。
仕方無しに隣に腰を下ろして周りを見回せば、いるのは女子供ばかりで、どうにも居心地が悪い。

室内は子供向けだからか、デフォルメされた夜の森を模されており、木目のテーブルに、切り株の椅子やリンゴのソファー。星座の描かれた天井からは月や星の照明がぶら下がり、壁に掛けられたフクロウの時計がかちこち動いている。恐ろしい空間だと思った。


「何の朗読をするんだ」
「今からの回は、やまなしですね」
「やまなし?」
「あ、始まります」


 

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