拙宅の、無駄に広い割りに見所が何もない庭の案内を仰せつかった。
こんなところよりは、裏山の方が余程。とは思ったが、やはり女は花の方が好くらしい。

珍しくもなんともない朝顔をじいっと見つめるみょうじなまえの後ろで、しかし、私達男二人は暇を持て余していた。

「何がそんなに楽しいのやら」
「なまえ様は、お花がお好きなのです」

私の独り言を拾ってやんわりと答えるこの男は、蜂熊だとかいっただろうか。
それにしても、気に食わない。


「君たち、顔が似ているな」
「わたくしたちは、異母兄妹なのです」
「……そうか」

珍しくもないこととはいえ、歯切れ悪く答えれば、彼は「どうかお気になさらず、」と笑う。

「わたくしは妾の子なのですが、幼い頃より名前さまのお世話係りとして生活を保証されてきました。ですから、皆様がよく想像されるようなことは、何もありませんでしたよ」
「そうだったのか」
「ええ、わたしは幸運なのです」


この男の境遇などはどうでも良いが、だからといって他に話すこともない。無為に過ぎていく時間をもったいなく思っていたとき、

「わ、」

女の声と、大きな水音が。

見れば、みょうじなまえが庭の池に落ちていた。

「なまえ様、」と慌てて駆け寄った男に、彼女は「落ちました」と見れば分かるようなことを言っている。

池から引き上げられた女の、横抱きにされて「自分で歩けますが、」と抗議する姿に、既視感、否、違和感を覚えた。

気になりつつも、そんなことより、夏とはいえ、あんなに濡れては体に障るだろう。と、風呂の準備をさせるためにメイドに連絡を入れた。

女は男を、謝るのに抱かれたままでは失礼だろう。と怒り、男は、それでは。と女を下ろして、こちらに一緒に来ているみょうじ家の使用人を呼びに屋敷の方へ向かった。


「申し訳ありません」

頭を下げる彼女の髪からは、滴がしとしとと落ちている。

「別に構わんが、大事は無いか」
「はい」

彼女は、きまりが悪そうに俯いて、「お庭をよごしてしまいました」と独り言のように言った。

「足を滑らせたのか」
「いえ、全く」

それでは、なぜ。そんな疑問が顔に出ていたのだろう。彼女は、なんと言えばいいのだろうかというように答えを探したあと、「お庭が、」と言い訳のように始める。

「お庭があまりにも綺麗で、それで、つい」
「飛び込んだ?」
「いえ、いえ。ぼんやりとしてしまって」
「はあ、それは…。庭師に伝えておこう」
「…はい」



その後、彼女は軽い熱中症と診断された。

 

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