湯舟に浸かると、ふぅと自然に溜め息が漏れた。
いつもは私を癒してくれるラベンダーの香りのバスボブも、今は何の安らぎももたらしてくれない。
私の心にはこの湯気のような霞んだ靄がかかって、思い浮かぶのは同じ事ばかりだ。


勇敢なお兄さんは名を石田三成と言った。

私を抱き締めたあとに自分の名前と、また会いに来ると耳元で囁いて、どこかにすっ飛んでってしまった彼。
私の顔と、あと名前、しか知らないというのにどうやって私を見つけ出すというのだろう。

それに彼は本当に『私』の恋仲であった『戦国武将』なのだろうか。
……いや間違いない。
あの顔、抱かれ心地、全部『戦国武将』のものだ。
『私』の記憶の通りの、私にとっては虚像でしかなかったモノがいきなり形になって現れてしまった。

恐らく彼も前世の記憶を持っているに違いない。
ならば名乗ってもいない私の名前を知っているはずがない。
きっと『私』と「私」は偶然にも同じ名前だったのだ。私があまりにも『私』とそっくりで、つい名前を呼んでしまったのだろう。
思い返せば私は『私』の名前すら知らなかったのだ。
なんて曖昧な記憶なのだろう。

私だけでなく、前世の記憶を持つ者がいるのだと思うと、ただ嬉しかった。
しかし事は単純にそれだけで済まなそうだ、なぜなら彼は―――私の顔を見て悲痛の色を、悲壮感漂う苦しいという色を浮かべた。
私が『私』だと判った上で、あの辛く悲しい表情で私を見て―――そしてきつく私を抱き締めたのだ。もう何がなんだかわからない。

(どういうことなんだろう)

彼は私の知らない他の記憶も持っているのかもしれない。
その記憶の中に、『今』の彼さえも悲しませるものが居座っているのかもしれない。
しかしそれがなんなのわからないので、私にはどうすることもできなかった。

ただ石田三成の悲痛な顔を思い浮かべて、ぐるぐる悩んだ。
考えている内にはっとなると、頭が逆上せて体も熱くなっていて、湯舟に一時間近く浸かっていたことに気がついた。

2010/12/06/Mon

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