自惚れ


蝉の声が辺りから聞こえる。
もう九月であるというのにも関わらず、蝉たちはその短い生涯の中で彼等の子孫を残そうと必死なのだ。
そんな中、滝夜叉丸を含めた体育委員は未だに見えない委員長を追いかけて走る。
彼の思いつきで距離が長くなったりするこのお馴染みのランニング。彼等は代々伝わってきたと言われるランニングを今日も行っている最中であった。
委員長の姿を見失うのはいつものことだが、一年生の金吾や二年生の四郎兵衛ならまだ分かる。が、三年の三之助が毎度のことながら道を間違え迷子になるのだ。
その度に滝夜叉丸は金吾を四郎兵衛に任せて、先に先輩の元へ行くことを指示すると自分は元来た道を引き返す。
四年生と言えども、さすがに体力に限界はある。しかし、限界というものさえも無いように思わせる彼は既に山の頂上だろう。
滝夜叉丸は走りながら溜息をつく。

「あれほど後輩たちのことを気にして下さい、と言ったのに・・・。」

滝夜叉丸は自分の長い髪を今だけうっとおしいと感じた。
汗をかいた為に首元に張り付くよく手入れされた髪。
その髪を払いながらも滝夜叉丸は三之助を探す。
元来た道をしばらく戻ったところで、脇道から出てきた三之助と鉢合わせした。

「三之助!!毎度毎度お前は・・・。金吾や四郎兵衛を見習え!!」

「へいへい・・・。」

当の本人は聞いているのかいないのか、三之助と自分の体を縄で結ぶと滝夜叉丸は再び走る。
金吾や四郎兵衛を二人で先に行かせたことに少なからず不安が込み上げる。

走り始めてからどのくらい経ったか、やっとのことで頂上にたどり着いた。もはや屍になったのではないかと思われる金吾と四郎兵衛。
そして、汗をかきながらもまだまだ動けるようで近くの木で懸垂をしている委員長の小平太の姿があった。

「お、滝夜叉丸も三之助も来たか!!これで全員揃ったな。」

滝夜叉丸と三之助に気付いた小平太は懸垂を止めると、太陽の如く笑みを浮かべた。そんな彼に今の滝夜叉丸含め三之助は殺意にも似た思いしか浮かばない。

「あの、七松先輩・・・私、昨日も申し上げましたよね?」

「ん?何を?」

首を傾げた相手に滝夜叉丸の堪忍袋の緒が切れる音がした。

「ですから申し上げたじゃないですか!!私だけならともかく金吾や四郎兵衛はまだそんなに体力もありません!!三之助だって貴方が先に行ってしまうから、金吾と四郎兵衛を先に行かせて私が探しに行くんですよ!?その間に、小さい二人が万が一襲われたらどうするんですか!?下級生がいるんです!!少しは考えてください!!細かいことは気にするな、と先輩はおっしゃいますが少しは考えてください!!と昨日、散々言ったんです!!」

息を荒くして肩を上下させ、息もつかないような早口で怒る滝夜叉丸に小平太や後輩たちは、ポカーンとなった。
今まで滝夜叉丸がこのように言葉を荒げたことはない。

「えっと、先輩・・・?」

金吾が恐る恐る滝夜叉丸の裾を引っ張る。
ハッと我に還った滝夜叉丸は先ほどの自分の言動を思い出していたたまれない気持ちになると勢いよく走っていってしまった。

「先輩!!!!七松先輩、どうしましょう!?」

オロオロとする金吾と四郎兵衛に苦笑を浮かべると、安心させるように頭を撫でて三之助に頼んだ、と一言告げると小平太も走り出した。目指すは滝夜叉丸。

「参ったな〜・・・滝ちゃんにあんなに怒られるとは思わなかった。」

小平太は怒られたのに何故か落ち込んでいない自分がいることに気づく。
それに気付いて笑みを浮かべた瞬間、目の前を走る紫を見つけた。

「滝!!つ〜かまえた!!!!」

「な、七松先輩!?」



(いつもは自惚れていて、だけど凛としたこの愛おしい後輩は、実は誰よりも心配性で優しい頑張りやなんだ。

そんな君を捕まえられるのは、私しかいないと自惚れてもいいよな?)


「なぁ、滝?さっきは怒ってくれてありがとな。」

「ちゃんと・・・考えてくださいね・・・?」


ずっとずっと大好きだぞ!
(ずっとずっとお慕いしてます。)




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