胡蝶の夢


暗闇に身を投じれば投じるほど、懐かしい約束の記憶の中で笑う愛おしい人が浮かぶ。
彼もまた闇に身を置く者で、自分とは敵対していてもおかしくはない。
それでも、会いたいと思ってしまう自分の心に封をして閉じ込めるのには限界があった。
会いたい、その言葉は繰り返す度に滝夜叉丸の心に切なさを積もらせていく。

「私も堕ちたものだ・・・邪念さえも消せないなんて・・・。」

溜息と共に吐き出された言葉は内心とは裏腹に、呆れたような雰囲気を纏っている。
忍務の最中であるにも関わらず、邪念を抱いてしまった自分に心底、滝夜叉丸は呆れた。
彼に焦がれるのは、あの時で最後にしようと心に決めたはずで今、自分はあの時のような紫の衣ではなく、漆黒の衣に身を包むのだから。

「それにしてもここの警備は随分と手薄だな・・・。罠か・・・それとも相当な忍を抱えているのか・・・。」

味方側から預かった見取り図によると、この城はカラクリが多く仕掛けられているわけではないらしい。
となると、答えは一つ。

「私もナメられたものだな・・・。」

滝夜叉丸は自嘲気味に笑んで目の前にそびえ立つ城を睨む。
昔から手を抜かれるのが堪らなく嫌いだった。
苛々とした気持ちを覚えながら、布を口元まで上げる。
外道以外のなにものでもない奴らに自分の美しい顔を見せてなどやるものか。

「お命、覚悟・・・!!」



微々たる気配を感じたのか、男は口元に笑みを浮かべる。
既に我が城主は安全な場所に移動させてある。あとは、こちらに敵が来るのを待つばかりだ。

『小平太、お前の働き期待しているぞ。』

城主の言葉を思い出して笑みを濃くする。
さぁ、私の元まで来るがいい。ともう一人の獣――小平太が囁く。
「この気配、どっかで感じたことあるな・・・懐かしい。」

音もなく移動する小平太は、段々と近くなる気配に笑みを隠せない。
しかし、何処か懐かしいこの気配に首を傾げるが手合わせ出来る事実に嬉しさが込み上げた。
その時、目の前に記憶に残る紫が見えた気がして一瞬、動きを止める。
向こうもこちらの気配に気づいたのか振り向き様に輪を象った戦輪と呼ばれる忍具を投げてきた。

(あぁ、あの子だ・・・。)

小平太の予想が確信に変わる。的確に急所を狙ってきた戦輪をクナイで弾く。
そして、間合いを詰めるべく相手を追うスピードを速めた。

「ッ!?」

途端、グッと近づいた気配に滝夜叉丸は息を呑む。
そして一つの確信を抱いた。この気配は感じたことがある、と。

「滝、私から逃れられるとでも?」

瞬間、耳元で囁かれるように吐かれた言葉に滝夜叉丸は背筋に悪寒を感じる。
滝夜叉丸は間合いを少し離すと立ち止まり、振り向く。
学園にいた頃よりも長くなった髪と女と見間違われるほどの端麗な容姿、小平太が最後に見た頃の幼い滝夜叉丸の面影を残しながらも彼は育っていた。
滝夜叉丸も小平太の姿を確認し、何も言わずに見つめている。

「久しぶりだな、滝ちゃん?」

「生きて・・・おられたんですね。七松先輩。」

この御時世だ。生きて再会できた幸せよりも、生きて敵対してしまった悲しみの方が余程辛い。
だがしかし、それでも彼等は少なからず喜びを感じる。
そんな些細な感情でさえも、忍は表に出してはならない。

「この警備からして相当な忍を抱えているだろうとは思いましたが、まさか貴方とは思いませんでした。」

「私も通りで懐かしい気配だなって思ったぞ。まさか滝ちゃんだったなんて・・・それにしても美人に育ったね滝ちゃん。」

人の話を聞いているのかいないのか、小平太は笑みを浮かべながら滝夜叉丸に近づく。
それに気づかないはずはなく、滝夜叉丸も懐にあるクナイを確認した。

「ねぇ、滝・・・昔のように抱きしめてはいけないか?」

何を言うのか。と滝夜叉丸は顔を上げる。
刹那、滝夜叉丸が捉えたのは今にも泣きそうで、切なげに自分を見ている小平太の姿だった。
今まで自分を追い込んで来た殺気は何処に行ったのか。
滝夜叉丸は理解した。
この人は、何一つあの頃と変わってはいないのだ、と。

「・・・聞くまでもないでしょう。全く貴方は何一つ変わってはいなかったんですね。小平太さん。」

そう言って滝夜叉丸は微笑んで自分から小平太を抱きしめた。
温かな体温と一定のリズムを刻む鼓動。
今、自分たちは生きているのだ。

「・・・あの約束、覚えててくれたのか?」


「もちろんです。この滝夜叉丸、貴方との約束を忘れるはずがないでしょう?」

自分より身長が高い小平太を見上げながら滝夜叉丸は、小首を傾げる。
2人は変わってはいなかった。変わったものをあげるとするならば、松葉が紫が黒になり、幼かった容姿が、髪が、身長が成長しただけである。

「また生きて会えたなら、名前を呼んで?って散々、私に言っていたじゃないですか。あんなに言われたら嫌でも覚えますよ。」

「でも滝ちゃんに、小平太さんって呼ばれるのちょっとキたな・・・。」



(せめて今だけは、この夢だけは醒めないで)

体から血が抜け行く感覚、意識が落ちていく感覚すべてを感じていたとしても――。

(あぁ・・・泣かないで下さい。私は何一つ変わっていませんから、変わらず貴方を愛しましょう。恨むならば、貴方ではなくこの世を怨みましょう。愛しています、小平太さん。)

そう、全ては愚かな胡蝶の夢にしか過ぎないのだから――。




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