猟奇的約束(文仙)


この学園に入学した時からいつかはこのような日が来ることは分かっていた。
だからだろうか、過ぎ行く歳月をこれほどまでに名残惜しく思うのは。
文次郎は一人、自室の前の縁側に座り何をするでもなく物思いに耽っていた。
普通ならば鍛練だ何だと騒がしくしているはずである。

「おや、誰かと思えば文次郎ではないか?」

背後から名を呼ばれ、首だけを後ろに向ければそこには同室であり、文次郎が一生敵にまわしたくないとまで思う仙蔵の姿があった。

「仙蔵、引き継ぎは終わったのか?」

「あぁ、問題無くな。それにしても私の後が喜八郎であると思うだけで先が思いやられる・・・。」

文次郎の隣に何気なく座る仙蔵の姿を横目で捉えつつ、あまりの言い草に苦笑にも似た笑みを浮かべた。
この時期、各委員会で引き継ぎが行われる。それは彼らが卒業間近だと言うことを示している。

「・・・・・・蕾も、大分膨らんできやがったな。」

長屋の縁側から見える大きな桜の木を見て、文次郎は呟く。
六年前、その大きな桜の木が淡い色に包まれ風に散り行く花びらに迎えられた。
そこで出合った沢山の友人、先生方、後輩たち。
それは今の彼らにとっては大切なものであると同時に護るべきものだった。しかし、その役目ももうすぐ終わる。

「私たちが卒業する日には満開になるだろうな・・・。こうしみじみしていると、いつものお前ではないようで気色が悪いぞ?」

茶化すような笑い声が聞こえたが、文次郎は肩を竦めて見せた。
隣の女と見間違えるほどの美しい男とも、今みたいに会えなくなる。
入学してから何度コイツに泣かされてきただろうか。一年の時は、しょっちゅう泣かされた記憶しかない。

「なぁ、仙蔵・・・一度しか言わねぇからな・・・。」

「・・・?」

不思議そうにこちらを見てくる相手に再度、横目で仙蔵を一瞬だけ捉えるとフッと笑みを浮かべた。
そして、今までのことを全部含めて伝える。

「今まで・・・ありがとな。」

そう告げたと同時に流れた沈黙。
反応のない相手を訝しみ、今度は視線だけでなく顔を相手に向けた。
そこで文次郎はギョッとする。
見れば、文次郎が見たことのない表情を浮かべている仙蔵がいた。
文次郎の知っている仙蔵は、いつも余裕からくる笑みをたたえ、何事も完璧に熟す。
それに比べて今、自分の目の前にいる仙蔵はどうだ。
いつもの余裕に満ちた表情ではなく、寂しげに俯いてその白い頬に涙の筋が出来ていた。
不謹慎にも、その姿を美しいと思う。

「仙蔵・・・?」

「・・・礼を言うのは、私の方だ。すまない・・・これではお前のことを言っていられないな。」

苦笑を浮かべた仙蔵を文次郎は何も言わずに抱きしめる。
理由はない。何故か、こうしたくなった。それだけだった。
しかし、彼らにはそれで十分なのである。

「仙蔵・・・これは決して守る、と約束は出来ねぇ・・・けど覚えててくれればいい・・・。」

そう言って文次郎は仙蔵の耳元に唇を近づけて、何かを囁いた。
仙蔵は、その言葉に息を飲み目を見開く。
その瞬間にまた仙蔵の頬に新たに涙の筋が出来た。

「その約束・・・ちゃんと覚えてるぞ?」

文次郎から少しだけ離れると、仙蔵は不適に笑む。

「おっと、こりゃちゃんと守らなきゃな・・・・・・。」

それにつられるように文次郎も不適な笑みを浮かべる。
見つめ合って笑むと、どちらかともなく静かに唇と唇が重なる。
仙蔵の長くて手入れされている髪が夜風に遊ぶのを文次郎は、やはり美しいと思いながら仙蔵を更に引き寄せてその柔らかい唇を味わった。

好きだとか、愛しているとか、そんな安い言葉なんて自分達には要らない。
欲しいのは確かな約束とお互いの存在。
だから、口約束より刻み付けたいのだ。愛する者の体に、心に、目に。
こんな恋愛を自分達の友人達は何と言うだろうか。
何を言われても、この二人は何事もないかのように笑い飛ばすだろう。
余裕を見せ、その裏では猟奇的なまでに相手を欲している。
それが彼らの愛なのだ。



(もしも俺達が敵として出合ったのなら、一緒に逃げようか。)


お前が得意の女装で女として暮らすのならば、俺は一生をかけてお前を守ろう。

そう言ったら、間違いなく仙蔵は怒るだろう。
そんな考えに苦笑を浮かべながら、文次郎は目の前の愛おしい存在の白い首筋に顔を埋めた。






#next_1_2#
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -