君想ふ


『僕は留三郎の側にいるよ・・・・・・誰よりも近くにいるから・・・忘れないで』

懐かしい声が聞こえた気がした。
ゆっくりと目蓋を開くと足元に散った花を見る。
どんなに美しい花であっても散る運命は変えられない。
それが遅いか早いかの違い、またはその散らされる運命が人の手によって齎されるものかそうでないかの違いである。
それは知らずに予め決められているものであるのか、それとも予期せぬ出来事と称して突然にその身に降り懸かるのか。
闇に姿を隠し、音もなく行動するもの――すなわち“忍”になる。
その決意を固め、忍者の三禁を守るべくして学園の門をくぐったのは桜の咲く淡い春の日だった。
大勢の家族たちに見送られ、留三郎は忍術学園に入学した。
周りをみれば自分と同じような幼い子供達。
彼等もまた悲しきかな、“忍”を志す者たちである。
そんな中、留三郎はふと視界の端に何かを捕らえた気がして歩みを進めていた足を止める。
振り返ればそこにはやはり、淡い色の髪を風に遊ばせて眩しそうに満開の桜を見上げている子供がいた。

「おい!」

「?」

思い切って声をかければ、その子供はゆっくりと振り返った。
果たしてどのくらい刻が過ぎたのか。実際にはそんなに時間は経ってはいないのだが、留三郎には長いこと彼を見つめていたように思えた。
声をかけてきた相手が何も言わないのを不思議に思ったのだろう。彼は首を傾げて留三郎を見ている。

「あの・・・?」

なかなか口を開こうとしない留三郎に彼は歩みより心配そうに顔を覗き込んできた。

「君、大丈夫?どこか具合でも悪いのかい?」

「だ、大丈夫!!いきなり声をかけてごめん!!」

留三郎は彼の視線から目を外すと一歩、彼から距離をとった。

「お前も、今日から忍術学園に入ったんだろ?俺は食満留三郎。お前は?」

「僕は善法寺伊作。これからよろしくね!!」

留三郎と伊作が初めて出会った日だった。


―それから、六年の月日が流れた。
気付けば、この学園で過ごした月日はとても早く流れたように思う。
自分たちの下には沢山の後輩たちが出来て、彼らがこれから自分たちのようになる。
留三郎は、そんな彼らを昔の自分たちを見ているようで時々苦しくなる。
それは、他の六年も同じことだった。
様々な実践と称しての簡単な忍務。
それは学年が上がる度に危険な課題になる。そして知らずに彼らの中に陰の己が出来るのだ。
心を殺し、ただ命じられたままに動く“忍”になる。
彼らの行く末は自分と同じ忍。
卒業した彼らと会うのは、もしかしたら敵同士になってからかもしれない。

以前、同室である伊作とそういった話をした。
優しすぎるとまで先生や同じ六年に言われている伊作。
だが、それは伊作の良い所でもあると留三郎は思っていた。
彼だからこそ、自分の大切な後輩たちのことを人一倍思うのだろう。
しかし、同時にそれは彼の弱点にもなる。

「それじゃ留三郎、行ってくるね・・・。」

「気をつけてな・・・。」

うん、と頷いた伊作の額に留三郎は軽くキスを落とす。
それは野外実習が始まった時から始めたこと。
無事に帰ってきますように、と願いを込めたキス。

「留三郎、大丈夫。僕はちゃんと帰ってくるよ?だから・・・後輩たちのこと・・・・・・頼んだよ。」

「伊作・・・。」

「それに!僕がいなかったら誰が留三郎の怪我の手当てするんだい?」

そう言ってふざけたような笑みを浮かべた伊作につられて、留三郎も笑みを浮かべた。
少しではあったけども、不安は和らいだように感じたのだった。
完全に不安が拭われたわけではない。
留三郎は正直、何故この忍務に伊作が選ばれたのかと不思議に思う。武闘派な自分や文次郎、小平太の方が適任ではないだろうか。
それほどまでに今回の忍務は過酷なものだったのだ。

「信じるからな・・・お前の言葉。」

そう言って学園の門の下、留三郎は伊作を見送った。
彼の姿が見えなくなると留三郎は自室に戻る。
そこで留三郎は、自分の机の上に見慣れない紙を見つけ訝しげにしながらも二つに折られた紙を広げた。
そこには丁寧な、この六年間で見慣れた親友の字で書かれた自分宛ての手紙があった。

『留三郎、親友の君に本当の事を言わなかったことを許して欲しい。ただ君に心配をかけたくなかったんだ・・・。毎度毎度、君に迷惑かけてばっかりだったからね。なんか・・・この手紙を読んでる君の怒った顔が容易に想像出来るよ。本当にすまない。でもね、留三郎・・・僕は、きっと君の元へ帰ってくるよ。そしたら誰よりも君の近くにいるから・・・気付いてね?この六年間、君と同じ組で・・・同じ部屋で良かった・・・有難う。大好きだよ、留さん。』


そこで手紙は終わっていた。
伊作自身も分かっていたのだろう。自分が無事に帰れるわけがないと。
それほどまでに危険なことであると。
留三郎はこの日、久しぶりに涙を流した。忍たる者、感情を表に出してはならぬ。と散々教えられたがそれはあくまで陰となる時のみ。
彼等はまだ成人と言っても子供に代わりはない。大切な存在を失った今、彼に涙を流すなと誰が言えるのだろうか。


その日からやけに一年と言う月日が足早に過ぎたな、と留三郎は思う。満開の桜の下、彼は今この学園を卒業する。
しかし、やはり彼の隣にいつも居たはずのもう一人の青年の姿はなかった。
それでも時は残酷に過ぎていく。彼、伊作の存在を始めから無かったかのように変わりなく時を刻む。留三郎はそんな姿の見えない相手を何度憎んだだろうか。
憎んでも怒りを覚えても、ぶつける相手は途方もない存在である。そんな感情を今は心の奥底にしまう。留三郎は涙を流して見送ってくれる後輩達に一度だけ振り返って手を振った。そして、再度歩みを進めた時、一陣の風が留三郎を包む。

(あぁ、お前も一緒だったな・・・。)

留三郎の口元に笑みが浮かぶ。それに反応するようにまた一陣の風が吹いた。

留三郎、忘れないで?
僕はいつでも君の側にいるから。


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