鏡映し


自分の生まれた家は、変装したら右に出る者は居ないと忍の世界でも有名な名家だった。祖父も父も果ては顔の知らない祖先さえも名の知られた忍であったと言う。

「誰も本当の自分の姿を知らないんだ・・・。」

父も祖父も祖先さえ、自分の本当の姿を忘れてしまったらしい。幼い頃に何故、本当の姿を見せてくれないのかと尋ねたことがあった。
そして、そんな質問に対して父は困った表情を他人の顔をして浮かべる。

『見せたくてもこの私自身、自分の本当の姿を忘れてしまったのだ・・・すまない、三郎。』

すまない、と謝る父に三郎は首を振って父を元気つけるように笑んだ。


『三郎、すまない。これが長男のしきたりなんだ・・・。』

鉢屋家の跡取りとして、長男として生まれた三郎はいつしか自分の姿ではなく、他人の姿を強要された。こうして自分の本当の姿を忘れていくのか、と毎朝、三郎は池に写る本当の顔ではない自分に嫌気がさすのを覚えながら、日々を過ごしていた。
そんなある時、父から忍術学園の話を聞く。

『忍を目指す者達が集う学園があるという・・・お前がもし、忍になりたいと言うのなら忍術学園へ行きなさい。』

父の言い付け通りに三郎は何の戸惑いもなく忍術学園に入学したのだった。
そして、月日と年月は恐ろしくも早く過ぎて行った。


「三郎!!三郎ったら・・・!!」

よく聞き慣れた声が自分の名を呼ぶ。三郎は閉じていた瞼をゆっくりと開くと自分を呼ぶ相手の顔を見上げた。

「雷蔵?」

どうやら寝ていたらしい。と三郎の頭が理解すると同時に三郎の頬から痛みを感じた。

「ッ・・・痛ッ、痛いって!雷蔵!!」

「自業自得だろ!!また僕の顔で悪戯したでしょ!?乱太郎たちから変な誤解をされちゃったじゃないか!!」

やっとのことで離してもらった頬を撫でながら見れば、雷蔵はたいそうご立腹らしい。
腕を組んでこちらを睨んでいる。

「あー・・・すまない。」

心当たりが有りすぎて三郎は苦笑をする。この学園に入学して以来、三郎は色々な友人の顔を借りていたが目の前にいる雷蔵の顔が自分の好みであったことと、変装しやすいという理由で常にこの顔を自分の顔として使っていた。
もちろん、他の友人たちの顔を借りることはたまにある。

「君の悪戯に今まで我慢してきた僕だけど、今度と言う今度は許さないからね!!」

そう言ってそっぽを向いてしまう彼が可愛くて仕方ない。
三郎は気付かれぬように口元を手で覆う。そうしなければ、緩んでしまった口元を隠せないからだ。

「なぁ、雷蔵?私が悪かった・・・許してはくれないのか?」

「知らない!」

溜息を吐く。何回か謝り、反省した態度を見せれば仕方ないと言いつつ、許してくれることは分かっている。その間の反応を見ているのがすごく、面白いと言ったら彼はきっと顔を真っ赤にして怒るだろう。
三郎はそんなことを思いながら、反省しているような表情を浮かべて雷蔵に謝り続けた。

「・・・・・・もう、いいよ。ほどほどにしないと今度は力ずくで君の顔曝すからね?」

謝り続けた結果、雷蔵は拗ねたような声音でそう言った。
三郎が顔を上げれば、困ったように笑んでいる。雷蔵の性格上、人が謝り続けているのを見ていると自分まで罪悪感を感じてしまうのだろうか、三郎に雷蔵もごめんね、と謝る。

「雷蔵が謝る必要なんてないだろう?」

「うん、でも・・・謝る。」

疑問符を浮かべて不思議そうな表情でこちらを見ている三郎に雷蔵は笑んだ。

「ねぇ、三郎。どんな時でも僕達は一緒に居よう?」

「雷蔵・・・?」

雷蔵は部屋に流れ込んできた風に髪を遊ばせながら、三郎の顔を真っすぐ真剣な目で見つめた。

「・・・君が例え自分の本当の姿を忘れたとしても、僕が覚えているよ?君が忘れてしまったとしても僕の顔を使えばいい・・・僕たちは双忍なんだから。」

ね?と再度優しげに笑みを浮かべながら雷蔵は三郎を抱きしめた。
三郎は一瞬、戸惑う。自分が生きてきたこの十四年間、こんな風に抱きしめられたことはなかった。遠縁から嫁いできた何も知らない母には嫌われ、跡取りとして祖父や父に厳しく育てられた三郎を抱きしめる者は誰も居なかった。

「雷蔵・・・・・・私は、怖いのかもしれない。今、私はこの顔で生きている・・・自分の姿を隠しながら・・・父や祖父のようになるのが、いつか自分が素顔を忘れてしまうのが怖い・・・。いつか、雷蔵のこの顔を自分の本当の顔とする為にお前を殺してしまうかもしれない・・・。」

雷蔵の腕の中で小さい幼子が怯えるように震える。いつも悪戯っ子のような笑みを浮かべている三郎は、そこには居なかった。
雷蔵は今一度、三郎を抱きしめる腕に力を入れて笑んだ。

「それでもいいよ・・・。僕は三郎で三郎は僕、お互いがお互いの影武者になればいい・・・。」


・・・・・・僕達は出会うべくして生まれた鏡なのだから。


(最後まで二人で道化を演じよう。やがて迎える終焉のその時まで―。)





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