さくらびと
私の隣で笑っていた、泣いていた、生きていた志強き人よ。
生まれ変わったら、桜の下でまた逢いましょう。
それまで私は懸命に生きてみせましょう。
ただ言うなれば、貴方に逢いたい―。
八左ヱ門が死んだ―。
その言葉を学園長から聞いた時、一瞬だけ四人の時間が止まった気がする。
「竹谷は・・・忍務に失敗した、ということですか?」
この状況において一つも表情を崩さず、動揺さえも見せない兵助が口を開く。
真剣な眼差しの奥に何を潜めているのか、かつて凄腕の忍者であったと言われる学園長でさえも分からなかった。
「先程、学園長がおっしゃった通りだ兵助。」
緊急事態と称し集められた教師陣の一人、土井半助が告げる。
それ以上、四人からの言葉はなかった。
遺体はごく僅かな者しか知らぬ場所に安置されており、その後教陣の手により両親の元に返される。それがこの学園の決まりだった。
それにより、この事実を知っているのは同学年の兵助達と六年生、そして学園の関係者のみ。
後輩達には知らされない事実だった。
「善法寺先輩、失礼します。」
兵助達は八左ヱ門の死体が安置されているという長屋へ赴く。
腐臭いや、死臭とでも言うのだろうかそんななんとも言えない臭いが漂っている。
静かに障子を開ければ薄暗い部屋に真っ白な布団がひいてあり、そこに白い布で顔を覆われている八左ヱ門がいた。
「皆、八左ヱ門に会いに来たのかい?ちょうどね・・・仙蔵が死化粧してくれたんだよ。」
伊作は正座したまま体ごとこちらを向く。この先輩は、自分たちの友人の為に泣いてくれたのだろうか。
伊作の瞼が若干ではあるが腫れているのが分かった。
「ハチ・・・ッ・・・」
雷蔵が耐え切れなくなったのだろうか。肩を震わせて泣いていた。勘右衛門も雷蔵の肩を抱き寄せながら、見たくないとでも言うように涙を流していた。あの三郎でさえも・・・。
だがしかし、兵助だけは違った。
やはり八左ヱ門の死体を確認したにも関わらず、表情を変えることなくただじっと、もう動くことはない八左ヱ門の死に顔を見ていた。
まるで感情と言うものを持たないかのように、ただじっとー。
「兵助、お前は他の三人のように泣かないのか?」
見ればいつの間に戻ってきたのか仙蔵が腕を組んで柱にもたれていた。
その言葉により皆の視線が兵助に集まる。他の三人、にとっては驚いたように目を見開いている。
「俺は・・・泣きません。人一人が死んだことを一々嘆いていたらキリがありませんから。」
「はッ・・・何なんだよお前・・・。」
三郎は馬鹿にするような笑みを浮かべながら兵助を睨みつける。
八左ヱ門と兵助の関係を知っている友人の一人であるにしても兵助の態度に憤りを感じているようだった。
「良い心構えだな、兵助。流石は成績優秀な生徒だ。」
仙蔵は口元に笑みを称えて兵助を真っ直ぐに見据える。
伊作もゆっくりと立ち上がって兵助を見つめていた。
「心を閉ざすのは忍にとっては必要なことだよ。でもね、ここでは心を開くことを咎める人は誰もいない。兵助・・・本当に君は、強い忍だね・・・。」
伊作は悲しそうな表情を浮かべて笑む。
そんな言葉にも兵助は顔色一つ変えることはない。
呆れたのか諦めたのか、三郎は兵助を睨んだまま壁を勢いよく叩くと部屋を出て行ってしまった。
その後をどうにか落ち着きを取り戻したであろう雷蔵が慌てて追い掛けていく。
「兵助、先に部屋戻ってるね?」
寂しそうな笑みを浮かべて勘右衛門は部屋を出ていく。伊作も仙蔵も静かに部屋を後にし、残っているのは兵助だけである。
確かに、部屋にもう一人いるがそれを八左ヱ門として数えていいのか、兵助には分からなかった。
静かに横たわる八左ヱ門の側に腰を降ろす。
「・・・これじゃ、いつもと立場が逆だろハチ・・・。」
いつ寝顔を見られる側は兵助だった。しかし、今は自分が八左ヱ門の寝顔を―死に顔を見ている。
「ッ・・・ごめん・・・ハ、チ・・・ごめ・・・助けられなく、て・・・ごめ・・・」
今だけ、今だけは・・・と兵助は答えない八左ヱ門に謝り続け、そして泣いた。
それから二年―。
兵助達は忍術学園の門を沢山の見送りに来た後輩や先生方に見送られて、潜った。
入学した時と同じ桜の花びらが舞い踊る季節、彼等は卒業を迎えたのだった。
三郎と雷蔵はペアの忍者として就職が決まり、勘右衛門も教師を目指すべく修業を積むとのこと。
三人と別れた兵助は、一人歩み始める。
『兵助、おめでとう・・・。』
「!!」
記憶に懐かしい声が聞こえた気がして兵助は勢いよく振り返る。
しかし、やはりそこに姿があるはずもない。
「桜の木・・・?」
その人の姿がない代わりに、兵助の目の前に大きな桜の木が立っていた。
淡い花びらを風に飛ばせながら力強くそこに根付いている。
「ハチ・・・そこに居たんだな・・・?」
兵助の頬を一筋の雫が伝う。
生まれ変わったら、桜の下でまた逢いましょう。
桜の花咲く下で今度こそ永久を誓いましょう。
それでも、ただ貴方に―。
「逢いたいよ・・・ハチ・・・。」
了
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