幸福論


幸福とは人それぞれであると聞く。しかし、幼いうちから親元から離されるのは果たして幸福と言えるのだろうか。忍になると決めたのは己であると両親への思いを断ち切れる子は、この世に何人いるのだろうか。



「食満先輩、これで合ってますか〜?」

「お、平太!よく出来たな〜。」
現在、ここ留三郎と伊作の部屋では用具委員会の下級生達が勉強を教わりに来ていた。
もうすぐテストも近いからだろう。自分達の五個も年下の後輩たちは、毎回毎回補修の嵐だと聞く。
「伊作先輩〜?」

「ん?何だい喜三太?」

勉強を教えている留三郎を見ている傍ら、何もすることもなく頬杖をつきながら物思いに耽っていた伊作に喜三太は人懐こい笑みを浮かべて見上げて来る。

「あの〜、此処について教えて欲しいんです〜・・・。食満先輩に聞いたら、これに関しては善法寺先輩の方が得意だって言われたので。」

見れば、なるほど。確かに喜三太の指差す所は、自分が得意とする箇所であった。

「喜三太、此処はね・・・。」

にんたまの友を指差しながら丁寧に一つ一つ教えていくと喜三太は、頷きつつ、たまに質問を入れながら伊作の説明を聞いていた。

「・・・っと、伊作。」

「あ、留さん静かに。」

夕方を告げる鐘の音が鳴ると、留三郎は伊作へと振り返る。
そんな留三郎に伊作は人差し指を自分の唇に宛てて苦笑を浮かべた。
見れば、喜三太が伊作の膝の上で寝ていたのだった。

「なんだ、喜三太の奴寝ちゃったのか・・・。」

留三郎と平太が伊作の元に近寄り座ると伊作は頷く。

「余程、慣れないことをしたんだろうね・・・なんというか流石、僕たちの後輩だよ。」

「そうだな。」

クスクスと笑みを浮かべる二人に、平太も笑んだ。そんなに平太の頭を留三郎は優しく撫でる。
この時の留三郎は、本当に穏やかな笑みを浮かべていて伊作は不本意だがカッコイイと思ってしまった。直ぐに何を思っているのか、と恥ずかしくなってしまったのは伊作しか知らない。

「喜三太どうしますか〜食満先輩?」

「このまま寝かせておいてやるか・・・食堂のおばちゃんに軽く何か作ってもらっておけば食べるだろうし・・・。」

「そうだね、よっと。」

せっかく気持ち良さそうに寝ているのに起こすのは勿体ない。
そう意見が一致すると、留三郎は自分の布団を敷いて喜三太を寝かせるように言った。

「なんだか、食満先輩と善法寺先輩が喜三太のお母さんとお父さんに見えますね〜。」

静かに部屋の障子を閉めた所で、側で二人の行動を見ていた平太が二人を見上げて笑う。

「僕と留三郎がお父さんとお母さん?」

「そうか?」

平太の言葉に二人は顔を見合わせて首を傾げた。

「はい!喜三太を抱っこしてる善法寺先輩、とても優しそうな顔をしていましたし、寝てる喜三太を見てる食満先輩はお父さんみたいな表情していました。だからお父さんとお母さんみたいだ、と思ったんです。」

平太の言葉に照れたようなはにかんだ笑みを伊作は浮かべると、目線を合わせるようにしゃがむ。

「そっか・・・。じゃぁ平太も抱っこしてあげよう!」

自分より遥かに小さくて細い体を伊作は楽々と抱き上げる。
平太に至っては、最初こそ驚いていたものの嬉しそうに笑んだ。
そんな様子を見て留三郎は苦笑を浮かべていたが、お父さんとの言葉に何故か不快感は感じなかったのも事実。

「なぁ、平太?」

「はい?」

「寂しかったのなら遠慮せずに言えよ?我慢なんかするな?」

実は薄々、二人は平太の気持ちに気付いていた。喜三太は素直に感情を表に出してくるが、平太はそうではない。
どちらかと言うと、感情を表すのを苦手とする部類だろう。

「ご両親に会いたいと思うのも無理はない。だって平太は、まだ幼い。会いたいと思うのは甘えとかそんなことじゃないよ?」

伊作も平太を抱きしめながら笑みを浮かべた。それが平太の母の笑顔と重なる。
平太は泣くまいと我慢しているようだが、涙目だ。

「平太。今日は一緒に寝るか!!」

「あ、いいね!布団二枚くっつければ余裕で寝れるよ!」

「え、でも・・・。」

平太が戸惑っていると伊作は首を横に振る。

「平太、僕たちは迷惑だなんて思ってないよ?むしろ甘えて欲しいんだ・・・。」

寂しいと感じたなら、迷わずに来て欲しい。
今感じている感情は、昔誰しもが味わった感情だから。
だから遠慮なんてしなくていい。
そんな思いが二人からひしひしと感じ取れて、平太は伊作の首にしがみつく。
何も言わずに優しく平太の頭を大きな手が撫でる。
震える小さな体を包み込む二人の暖かい思い。

自分たちがこの小さい幼子の寂しさを癒せるのならば、これ以上のない幸せだと二人は夕暮れに染まる廊下を歩きながら笑んだのだった。






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