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いくら学生であるとはいえ、学生の本文を怠ってはならない。その法則は太古の昔から形は違えども暗黙の了解である。
この季節、必然的に彼らを苦しめる行事であるテスト期間へと突入することとなる。
「・・・分からん・・・全然分からん。」
「分からないんじゃなくて分かろうとしないんだろうが。バカタレィ!」
彼ら六人もまたそんな行事に挑むべく、テスト勉強をしていた。
仙蔵に至っては自分のテスト勉強と言うよりも小平太たちの家庭教師みたいになっている。
「・・・仙蔵はいいよな、勉強しなくても出来るし。」
「小平太、私も勉強していないわけじゃない。時間がなくてあまり勉強出来ないだけだ。むしろ、お前はもっと勉強するべきだろう。」
呆れたような溜息と共に仙蔵は小平太に根気強く英語を教えていく。分からない、と答えれば更に分かりやすい説明で教えていた。
「ねぇねぇ、長次ここの漢文なんだけど・・・。」
「あ、それ俺も分からねぇんだ。長次頼む!」
伊作と留三郎は目の前に座る長次に教科書を見せながら教えてもらっている。
流石は図書室の王子と呼ばれる長次。いや、図書室の王子と勝手に名付けたのは仙蔵達だが、いつしかそれは女子達の間で密かにその通り名が付いてしまった。
長次は、二人に指差された場所を分かりやすく且つ丁寧に教える。
「仙蔵、此処の長文なんだがどうにも意味が掴めん・・・。英文の訳はこれで合ってるのか?」
「あぁ・・・此処はこのままでも意味は通じると思うが、明確にするならこの表現より、この表現の方が単純明快にまとめられる。」
仙蔵の長い指がシャーペンを文次郎のノートの上で走らせる。綺麗な文字がノートに書かれ、先程まで上手くまとまらなかったのが分かりやすくなっていく。
「さすが仙蔵。やっぱり将来は外交官?」
必死にノートにシャーペンを走らせていた伊作がふと、シャーペンを止めて人懐こい笑みを浮かべながら小首を傾げる。
そんな伊作の問いに仙蔵は苦笑にも似たような、困ったような笑みを浮かべて首を緩く横に振った。
「実はまだ詳しいことは決めていない。学部は国際経営学部にしようとは思っているが、父さん達のように外交官を目指すかと言えば否、と答えるだろうな・・・。」
そういうお前は?との仙蔵の切り替えしに伊作は渇いた笑いを発して頭に手を当てる。
「ん〜・・・正直、薬学部と医学部で迷ってるんだ・・・。医療のことに興味を持っているのは確かだし、それ関係の仕事に就きたいと思ってる。でも医学部でも薬学部でも医者になれるかと言えば厳しいかもしれないね・・・。」
そう考えているのは、伊作と仙蔵だけではない。聞けば、小平太はバレーボールの選手を目指すのではなく教育学部で体育教師を目指すらしい。長次は文学部で教職過程を取るとのこと。何よりも図書室が好きな長次のことなので、きっと図書館等に勤務することを望んでいるのだろう。
留三郎はやはり工学部を目指すらしい。彼らしい選択に皆、笑んだ。彼ならきっとエンジニアとしてやっていけるだろう。
「で、文次郎は何処を志望するんだ?」
小平太の言葉に文次郎は、英文を訳すために開いていた辞書を閉じて顔を上げる。
「俺は法学部だ。」
「ほぅ、法学部とは・・・また意外な学部だな。」
文次郎のことだ、てっきり経済学部にでも行くのではないかと思っていたため、法学部との言葉に驚いているようだった。
「法律関係の職に就ければいいんだが、折角だから弁護士を目指してみようかと思ってな・・・。」
文次郎はそう答えると、手元にあったコーヒーを一口飲む。
「ならば文次郎、私の顧問弁護士として雇ってやる。」
「はっ!高いぜ?」
仙蔵の言葉に面白そうな表情を浮かべて笑む文次郎。
それを見ながら、他の四人は頬を緩めた。
歩む道こそ交じることはないかもしれないが、しかし彼らの道は互いにすぐ隣に伸びている。
会えなくなるわけではない、互いに切磋琢磨し合い自分の目指す将来を探すため。
遠くに行くわけでもない。会おうと思えば十分に会える距離だ。
「ほら、将来の話はそこら辺にしてお前達、勉強続けるぞ!」
仙蔵の言葉に皆はハッと我に還り、目の前に広げられている教科書に目を通し再び問題を解くことに徹した。
結局、六人は仙蔵の家で夕飯を食べさせてもらうまでテスト勉強をしたのだった。
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