01
※同僚ヒロイン
※not恋人
※裏




プロシュートと私は、一般に言う≪同期≫という仲だ。

好きなものや嫌いなものだって把握済みだし、彼の恋愛遍歴だって呆れるぐらいすごいけど知ってる。

もちろん、互いの殺し方だってそうだ。


まさに腐れ縁。

ただの同僚。

私はそう信じて疑わなかった。


だから。



「オレは、ずっと好きだったんだぜ……お前のこと」


「ッ」



貴方が私のことをそんな風に思っていたなんて――全然知らなかった。


ううん、知ろうとしていなかったんだ。










「よう、今日の仕事は終わりか? シニョリーナ」


「プロシュート……あんたこそ、≪要人の始末≫は終わったの?」



アジトの扉の前。

ドアノブを引こうとした名前に、右手を挙げて歩み寄るプロシュート。

彼女の質問に≪当然≫と笑った彼は、おもむろに一つの提案をした。



「なあ」


「……何?」


「せっかくだしよお……星でも見に行かねえか」



チャリン、と男の手の中で存在を示す車のキー。

その、明らかに女性から贈られたであろうキーホルダーが付いたそれを一瞥して、名前は考え込む。


――星、ねえ。今日は確かにいい天気だったし……プロシュートの運転は、ギアッチョと比べて安定してるからいいけど、なんで今……。



しかし、悩み続ける様子に痺れを切らしたのか、プロシュートは強引に彼女の手首を掴み、歩き出した。


「! ちょ……っまだ答えてないでしょ!?」


「残念、時間切れだ」



こちらに向けられるニヒルな笑み。

性格はかなり強引で粗雑。

なのに、どうしてモテるんだか。



「はあ……あんた、ほんと背後に気を付けとかないと刺されちゃうかもよ? 可愛い元カノとかに」


「ハン、お気遣いどうも。そういうテメーは、もう少し色気づいたらどうだ?」


「大きなお世話。それに、あんなむさくるしい男集団の中で色気づく必要性が見出せないでしょ。寄ってくるのは、変態だけだし」



脳内にセクハラをかまそうとする男を思い浮かべて、いつもしているように熱いビンタをお見舞いする。

そんな私を見て、プロシュートがククと喉を鳴らした。


その普段の艶っぽさからは想像もつかない幼さに、考えるところが一つ。


――みんな、この笑顔に騙されるのかな。

確かに、出逢った当初はなんて綺麗な人――そう思った。

けれども。




「こ、こんにちは」


「……お前、女か?」


「は?」


「いや、あまりに色気っつーか、女にあるモンがねえからよ。オレはてっきり――」




第一声がそれだもんね。

なんというか、始まりそうな恋も始まらない。

当然、そのあとは≪返事≫という名のアッパーをプレゼントしたんだけど。

むしろ、互いに嫌いにならなかったことが不思議なぐらい。





昔のことを振り返っているうちに、車の傍に辿り着いていたらしい。

目の前には、助手席の扉をスマートに開ける男の姿が。

思わず眉間にしわを寄せると、彼はふっと笑う。



「ほら、言うだろ? レディーファーストってな」


「……はいはいどうも。……ったく、変なところだけ女扱いするなっての」


この色男め――そんな文句を心の中で垂れながら、名前はゆっくりと動き出す車体に身を投じた。









一時間後、二人を乗せた車が到着したのは、時折車が通るだけの街外れ。

右側の窓ガラスから見える夜空に、名前は小さく感嘆の声を上げる。


まるでブルーの絵具を全体に染み込ませたような濃紺。

そこに散りばめられた白、青、赤。


「……ほんと、こういうスポット見つけるのだけは上手いよね」


「ハン! 誰のために見つけたと思ってやがる」


「さあ?」



どうせ、アレシアだかルチアーナだか名前は忘れたが、その子のためだろう。

そういう意味を込めた視線を左へ送れば、プロシュートは答えるようににやりと口角を吊り上げた。



「ふっ、お前……まさか嫉妬か?」


「んなわけあるか。あんただって、私が可愛くヤキモチ妬くタマだなんて思ってないでしょ?」


「……そうだな」









「だから、気に入らねえ」


「は?」



何言って――再び顔をしかめた名前が彼の方を振り向いたその瞬間。


「!」


今自分の身に起きていること――それが理解できなかった。


唇が捉える、これまで感じたことのない柔らかさ。

こちらを射抜く、どこまでも蒼い瞳。

端整な覆われた視界。



どれほどの時間が過ぎたのだろう。


ふと右を通り過ぎる、明らかにスピード違反の車。

その目が眩みそうな光と鋭い音にハッと名前は我に返る。

そして、カッと燃える炎のように押し寄せた羞恥と怒りで、言葉が出るより先に高く振り上げられる右手。


しかし。




パシッ


「ったく、お前ってやつは。ムードの欠片もねえな」


少しだけ顔を離した彼の左手によって、頬へ向かおうとしたそれは、捕まってしまっていた。

いつもと変わらない調子で喋り、ペロリと口端を舌で舐めとった男に、もはや募っていくのは憤りばかり。


「〜〜っあんた、何がしたいの!? 気に入らないって……嫌いなら、最初からそう言えば……ッ!?」



刹那、椅子と共に後ろへ身体が傾き、広がるのは車体の天井。

やられた――瞬時にそう悟った。


今日に限ってちゃんと着けていたシートベルトと、平然と太腿に跨ったプロシュートによって、身動きができない。

暴れる彼女の両腕を掴み上げながら、彼はおもむろに口を開く。



「バカ野郎。その逆だ、逆」


「ぎゃ、く……? 意味が――」


「知らねえだろうけどよ」


スッと重ねられる額。

弟分のペッシにしているのはよく見ていたが、自分がされることになるなんて。

その距離、たったの3センチ。




「オレは、ずっと好きだったんだぜ……お前のこと」


「ッ」


ここに来て、初めて揺れる瞳。

ようやくお目にかかれた≪動揺≫に、男は己の心臓が久しぶりに音を立てるのを感じた。




「……ま、昔はムキになってな。お前の気を引くために、付き合いまくってたのは認めるぜ」


耳を通り抜けていく事実。

気を引くため?


そんなこと、想像もしなかった。

伸し掛かられた身体を退けることも忘れ、恐る恐る見上げれば眉をひそめた同僚がいる。


「けど、なんだ? オレのその報告で少しは態度が変わるかと思いきや、≪よかったじゃん≫だなんて人の気も知らずに笑顔で言いやがってよォ……」


「! そ、れは」


てっきり幸せなのだと、そう思って本気で祝福した。

それが、その反応が、この男は気に入らなかったと言うのだろうか。

言いよどみ目をそらした彼女に、彼が自嘲するように笑み、言葉を連ねていく。


「まあ、昔のことは今聞くことじゃあねえな。悪い。だが、思い返せば……ずいぶん長い間、≪まあまあ仲のいい同僚≫でいたんだ」


「もう我慢する必要は、ねえだろ?」


「……お前がこっちを見ねえなら、こうして無理矢理にでも振り向かせてやる」



覚悟しろよ?



左耳の鼓膜を揺らす吐息。

先程から鳴り止むことのない警告音を掻き消すように、プロシュートの楽しげでありながら切なく――やけに婀娜やかな声が、名前の脳内に響き渡った。



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