02



――怖い。


――こんなことされるなんて、嫌。


――助けて。




お願い、助けて――――



「リ……、ト」


「あ? なんだって?」



刹那、頭に浮かんだのは――恐怖の対象でしかなかったあの男。




――私には、彼が……っ≪彼しかいない≫。



ポロポロと零れ落ちる涙を止める手すら動かずに、彼女がぎゅうと目を瞑った次の瞬間。






「名前」


「!」



突如響いた聞き覚えのある声。

ハッとして瞼を開けば――優しく微笑むリゾットの姿が。

その後ろには呻く先程の男たちがいる。



一瞬、本当に一瞬だった。




「リゾ、ト……?」


「もう大丈夫だ」



すまなかった。


彼の口から放たれた言葉に、押し寄せた感情はなんだろうか。

また連れ戻されるという恐怖?


違う。



ギュウッ


「! 名前……?」


「リゾ、トっ、ぐす、リゾット……!」



信じられないほど、大きな安堵感だったのだ。

いつの間にか解放された両腕を必死に男の首へと回す。



――≪依存≫。

――彼なしでは生きられない。


逃亡を望んでいたはずの彼女は、もはや≪戻れない≫ところまで来てしまっていた。

当然、自覚はできていない。



「ッ名前……無事で、本当によかった……ッ!」


「うん……、うん……っ」



もう離さないと言うかのように抱きしめ返される身体。


新たな恐怖によって掻き消されてしまった恐怖が、確かにそこには存在していた。










ときは明朝。


男が立つのは、つい数時間ほど前に訪れた場所の前。

カツカツと靴を鳴らし、鉄によって固められた重い扉を両手で開ければ――



「よ、よく来てくれた……!」


数人は腕にギブスを嵌め、また数人は松葉杖を使い、包帯を頭に巻いている者もいる。

明らかに全員が全員無事ではない――彼に死なない程度に攻撃された、今回の協力者たち。



「協力、感謝する」


「いやあ、クライアントの要望をしっかりと聞くのが私たちの仕事だから……ね?」



言うなれば、すべてが≪計画通り≫だった。



「それでなんだが……か、≪金≫の方、は……いかほど……」


「……」


媚び諂うように、擦られる男の両手。

それと共にこちらへ向けられたいやらしい笑みを視界の隅に入れながら、彼はふらりと右手を上げる。


そして、一言。



「――『メタリカ』」





次の瞬間、廃屋の床は血の海と化していた。



支配するのは、まさに阿鼻叫喚。

だが、それを仕掛けた張本人であるリゾットは、顔色一つ変えずに地に伏せる男たちを見下ろすばかり。



「や……約束が、違――ぐぁアアアアッ」


「それはこちらの台詞だ……契約のとき、オレはこうも言ったはずだ。≪最低限彼女に触れるな≫と」



交わした≪約束≫。

確かにそもそも話を持ち出したのは自分だ。



しかし、この輩は名前に触れ、その上愚かな劣情まで抱いた。

誰もそんなことは頼んでいない。


「ガハァッ!?」


「グ……!」


「や、やめッ、やめてくれェェエ! かっ、金! そうだ、て、手付金をあんたに返そう! だ、だだだから……ッ!」



ピタリ

止まる攻撃。

喉までせり上がっていた鋏に、ヒューヒューと不規則に息をしていた男は、「助かった」と涙の塗れた瞳に安堵を滲ませた、が。


「……オレを見くびるな」


「え、えっ?」



――金の問題ではない。金で名前の傷が癒えるわけでもない。これ以上、オレの名前を汚すな……!


許せない――≪許しはしない≫。

高ぶる憤怒の感情に己のすべてを任せ、リゾットは数多の命に染まった手を残りの標的へと差し向けた。




「うぐ、ッあああああ!?」







ぴちゃり、と何かが滴る音。

地面に転がるいくつもの肉塊。

元人間だったそれらの傍にある、カミソリ。


数分後、唐突に叫声が消えたその廃屋を包むのは――鼻腔を突き刺す≪鉄≫の香りだけだった。












オワラナイ
≪Si≫か≪No≫か。それすらも麻痺していく――




〜おまけ〜



prrrrr...prrrrr...


ピッ


「…………闇医者か」



周りに広がるのは赤、赤、赤。

見慣れたそれに動揺することは皆無で、リゾットは淡々と携帯を耳に当てる。

夜更け頃、疲れて熟睡する名前の隣で連絡を入れていたのだ。



「いや……今回は治療じゃない。ああ……、そうだ」


返ってきたのは、当然ながら訝しげな声。

今にも電話を切りそうな相手に、焦った表情を見せることなく男は≪本題≫を告げた。



「……確かめたいことがある」



発覚する事実があれば、今以上にあの子を縛り付けられる。

――まるで外すことができない≪桎梏≫のように。


彼女は優しい。

≪きっと慶ぶに違いない≫。


だが、自分は慈しみ、愛せるだろうか。





「≪検査薬≫を、送ってほしい」



――いや、愚問だな。オレが愛するのは名前……たった一人だ……ああ、名前……。


想像から、溢れ出した感情。

その矛先が向けられるのは――誰か。


血が酸素に触れ、自分と同じ黒へ染まり始める中、愛しくてたまらない名前が口にした体調の変化を思い出した彼は、これから起こりうる≪未来≫にただただほくそ笑んでいた。











お待たせいたしました!
『隠れたがりの私と、』と『終焉のハジマリ』のヤンデレリーダーでした。
カリン様、リクエスト本当にありがとうございました!
またまた続きそうな……終わり方になってしまいましたが、捧げさせていただきます。


感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひお知らせいただけると幸いです。
Grazie mille!!
polka



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