※give&get『終焉のハジマリ』続編
※病んでおります
リゾットが、仕事に出かけた。
「名前……いい子で待っているんだぞ?」
「……(コクッ)」
俯いた名前の頭から離れていく大きな手。
今日もいつもと変わらない、ただ与えられた本を読んで、眠って、彼が帰るのを怯えながら待つだけの一日。
そう、思っていた。
「?」
扉が徹底的に施錠される音を聞いてから、どれほどの時が経っただろう。
本を読みふけっていた彼女は、不意に白いふかふかのベッドから立ち上がった。
「出たい、な……」
しっとりとした唇からこぼれ落ちる、願望。
だが、それは植えつけられた恐怖と快感によって、すぐさま胸に秘めることをやめてしまう。
「……ん、っ」
身体が異様に重い。
寝すぎてしまったからだろうか――せめて外は見たいとパステルカラーのカーテンを横へずらし、そっと窓に手を置く。
すると――
カタン
「! え……?」
――開いて、る……?
生まれた隙間。
肌が少しだけ冷たい風を感じ取った刹那――ドクリと心臓は跳ね、今までの落ち着きが嘘だったかのように動き始める。
「ッ……はっ、はぁ」
呼吸が乱れていく。
――逃げ出せ。
――ダメだ、どうせ捕まる。
――「必ず見つける」。彼はそう言った。
――お金なら少しはある。列車に乗ればいい。
――見つけられるのが怖いのならば、逃げ続ければいい。
≪国外は無理でも、どこか遠くへ≫。
本能が突きつける命令。
それを理解したのは脳ではなく、心だった。
「……逃げなきゃ、早く……っ」
部屋に唯一あった薄めのカーディガンを羽織りつつ、小さな財布を握りしめる。
収まろうとしない鼓動。
押し寄せる不安。
しかし、踏みとどまっている暇はない。
「……ッ!」
窓の柵に足を掛け、地面に足を着けた瞬間、倒れ込みそうになる自身をなんとか奮い立たせる。
――走って、走って、走って……逃げるしかない。
そして、翻るカーテンに気が付くこともなく、名前はよろよろと覚束ない動きで自分の――いや、彼の家を抜け出した。
「ただいま」
普段通り、仲間たちと言葉を交わし、着々と仕事を遂行させた結果、予定より早く帰ることができた。
――名前は喜んでくれるだろうか……いや、喜んでくれるに違いない。……そうだ、今日は名前の好きなパスタを作ろう。
早く笑顔が見たい――玄関に踏み込んだリゾットは、緩んでいる口元を自覚しながら、廊下を歩き進めていく。
「名前?」
彼女が返事をしないのは、いつものことだ。
きっと、読書のしすぎで眠ってしまったに違いない――その可愛い姿を期待しながら、彼は家の中で一番奥に当たる部屋のドアを押した、が。
「――」
いない。
まるで、元から名前はその場に存在しなかったかのように、消えてしまったのだ。
――名前?
――どこへ行ったんだ。
――また≪かくれんぼ≫をして……いじらしい子だ。
「だが、今回は詰めが甘いな」
室内を吹き抜ける風。
開かれたままの窓と広がるカーテンを一瞥して、男はふっと口端を吊り上げる。
「大丈夫だ。お前は、オレが必ず見つけ出してやる」
細められた黒目がちの瞳。
いまだ温かいベッドを静かになでてから、彼女の居場所を探ろうとすぐさまコートの裾を閃かせた。
忘れていたのだ。
逃げ切るまで、何もかもが安全とは限らないことを。
信じていたのだ。
「ぁ、いや……っ、!」
「クク、怯えてる顔もイイねえ」
リゾットから解放されれば、もう危険なモノはこの世に存在しないと――
家を飛び出してからしばらくして、出逢ったのは親切な男の人だった。
「ちょ、ちょっと君! そんな薄手で……何か貸してあげるから、おいで!」
「え? で、でも……っ」
「遠慮する必要はないよ、ね?」
「あ……ありがとう、ございます」
寒さに凍えていた自分には、願ってもない偶然。
その人のよさそうな笑みを名前は信じ切ってしまった。
「っ? ここって……」
「(ニヤ)ほらほら、早く入って!」
「きゃ!?」
光の一切ない、薄暗い廃屋へ押し込まれるまでは。
彼女の視界に広がるのは、十人はいるであろう男たち。
思わず息をのむと、馴れ馴れしく肩に手を回されてしまう。
「ははっ、ダメだよ? オレみたいな優しそうな男こそ、疑わなきゃ」
「自分で言うか?」
「ほんとそれだよな」
――どうして、ついてきてしまったんだろう……どうして。
どれほど自分を責めても、あのときに戻れやしない。
そう理解していても――名前は俯くことしかできない自分が嫌で仕方なかった。
一方、捕まえた女が大人しいことをいいことに、ぐいぐいと椅子へ彼女を近付ける男。
「はいはい、座ってー」
「ひゃっ……な、何を……!」
固定される身体。
わけがわからないまま身を捩っていると――
ビリッ
「! いや……っ、いやああッ!」
「おい、暴れんじゃねえよ」
「やだっ、はな、離して……!」
引き裂かれた胸元に、これから起こるであろうことに、名前が悲鳴を上げる。
ニタニタと向けられる視線が、嫌でたまらない。
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※病んでおります
リゾットが、仕事に出かけた。
「名前……いい子で待っているんだぞ?」
「……(コクッ)」
俯いた名前の頭から離れていく大きな手。
今日もいつもと変わらない、ただ与えられた本を読んで、眠って、彼が帰るのを怯えながら待つだけの一日。
そう、思っていた。
「?」
扉が徹底的に施錠される音を聞いてから、どれほどの時が経っただろう。
本を読みふけっていた彼女は、不意に白いふかふかのベッドから立ち上がった。
「出たい、な……」
しっとりとした唇からこぼれ落ちる、願望。
だが、それは植えつけられた恐怖と快感によって、すぐさま胸に秘めることをやめてしまう。
「……ん、っ」
身体が異様に重い。
寝すぎてしまったからだろうか――せめて外は見たいとパステルカラーのカーテンを横へずらし、そっと窓に手を置く。
すると――
カタン
「! え……?」
――開いて、る……?
生まれた隙間。
肌が少しだけ冷たい風を感じ取った刹那――ドクリと心臓は跳ね、今までの落ち着きが嘘だったかのように動き始める。
「ッ……はっ、はぁ」
呼吸が乱れていく。
――逃げ出せ。
――ダメだ、どうせ捕まる。
――「必ず見つける」。彼はそう言った。
――お金なら少しはある。列車に乗ればいい。
――見つけられるのが怖いのならば、逃げ続ければいい。
≪国外は無理でも、どこか遠くへ≫。
本能が突きつける命令。
それを理解したのは脳ではなく、心だった。
「……逃げなきゃ、早く……っ」
部屋に唯一あった薄めのカーディガンを羽織りつつ、小さな財布を握りしめる。
収まろうとしない鼓動。
押し寄せる不安。
しかし、踏みとどまっている暇はない。
「……ッ!」
窓の柵に足を掛け、地面に足を着けた瞬間、倒れ込みそうになる自身をなんとか奮い立たせる。
――走って、走って、走って……逃げるしかない。
そして、翻るカーテンに気が付くこともなく、名前はよろよろと覚束ない動きで自分の――いや、彼の家を抜け出した。
「ただいま」
普段通り、仲間たちと言葉を交わし、着々と仕事を遂行させた結果、予定より早く帰ることができた。
――名前は喜んでくれるだろうか……いや、喜んでくれるに違いない。……そうだ、今日は名前の好きなパスタを作ろう。
早く笑顔が見たい――玄関に踏み込んだリゾットは、緩んでいる口元を自覚しながら、廊下を歩き進めていく。
「名前?」
彼女が返事をしないのは、いつものことだ。
きっと、読書のしすぎで眠ってしまったに違いない――その可愛い姿を期待しながら、彼は家の中で一番奥に当たる部屋のドアを押した、が。
「――」
いない。
まるで、元から名前はその場に存在しなかったかのように、消えてしまったのだ。
――名前?
――どこへ行ったんだ。
――また≪かくれんぼ≫をして……いじらしい子だ。
「だが、今回は詰めが甘いな」
室内を吹き抜ける風。
開かれたままの窓と広がるカーテンを一瞥して、男はふっと口端を吊り上げる。
「大丈夫だ。お前は、オレが必ず見つけ出してやる」
細められた黒目がちの瞳。
いまだ温かいベッドを静かになでてから、彼女の居場所を探ろうとすぐさまコートの裾を閃かせた。
忘れていたのだ。
逃げ切るまで、何もかもが安全とは限らないことを。
信じていたのだ。
「ぁ、いや……っ、!」
「クク、怯えてる顔もイイねえ」
リゾットから解放されれば、もう危険なモノはこの世に存在しないと――
家を飛び出してからしばらくして、出逢ったのは親切な男の人だった。
「ちょ、ちょっと君! そんな薄手で……何か貸してあげるから、おいで!」
「え? で、でも……っ」
「遠慮する必要はないよ、ね?」
「あ……ありがとう、ございます」
寒さに凍えていた自分には、願ってもない偶然。
その人のよさそうな笑みを名前は信じ切ってしまった。
「っ? ここって……」
「(ニヤ)ほらほら、早く入って!」
「きゃ!?」
光の一切ない、薄暗い廃屋へ押し込まれるまでは。
彼女の視界に広がるのは、十人はいるであろう男たち。
思わず息をのむと、馴れ馴れしく肩に手を回されてしまう。
「ははっ、ダメだよ? オレみたいな優しそうな男こそ、疑わなきゃ」
「自分で言うか?」
「ほんとそれだよな」
――どうして、ついてきてしまったんだろう……どうして。
どれほど自分を責めても、あのときに戻れやしない。
そう理解していても――名前は俯くことしかできない自分が嫌で仕方なかった。
一方、捕まえた女が大人しいことをいいことに、ぐいぐいと椅子へ彼女を近付ける男。
「はいはい、座ってー」
「ひゃっ……な、何を……!」
固定される身体。
わけがわからないまま身を捩っていると――
ビリッ
「! いや……っ、いやああッ!」
「おい、暴れんじゃねえよ」
「やだっ、はな、離して……!」
引き裂かれた胸元に、これから起こるであろうことに、名前が悲鳴を上げる。
ニタニタと向けられる視線が、嫌でたまらない。
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