01
※give&get『終焉のハジマリ』続編
※病んでおります




リゾットが、仕事に出かけた。



「名前……いい子で待っているんだぞ?」


「……(コクッ)」



俯いた名前の頭から離れていく大きな手。

今日もいつもと変わらない、ただ与えられた本を読んで、眠って、彼が帰るのを怯えながら待つだけの一日。

そう、思っていた。




「?」



扉が徹底的に施錠される音を聞いてから、どれほどの時が経っただろう。

本を読みふけっていた彼女は、不意に白いふかふかのベッドから立ち上がった。



「出たい、な……」


しっとりとした唇からこぼれ落ちる、願望。

だが、それは植えつけられた恐怖と快感によって、すぐさま胸に秘めることをやめてしまう。



「……ん、っ」


身体が異様に重い。

寝すぎてしまったからだろうか――せめて外は見たいとパステルカラーのカーテンを横へずらし、そっと窓に手を置く。

すると――




カタン


「! え……?」



――開いて、る……?


生まれた隙間。

肌が少しだけ冷たい風を感じ取った刹那――ドクリと心臓は跳ね、今までの落ち着きが嘘だったかのように動き始める。



「ッ……はっ、はぁ」


呼吸が乱れていく。



――逃げ出せ。


――ダメだ、どうせ捕まる。


――「必ず見つける」。彼はそう言った。


――お金なら少しはある。列車に乗ればいい。


――見つけられるのが怖いのならば、逃げ続ければいい。



≪国外は無理でも、どこか遠くへ≫。



本能が突きつける命令。

それを理解したのは脳ではなく、心だった。



「……逃げなきゃ、早く……っ」


部屋に唯一あった薄めのカーディガンを羽織りつつ、小さな財布を握りしめる。

収まろうとしない鼓動。

押し寄せる不安。



しかし、踏みとどまっている暇はない。


「……ッ!」



窓の柵に足を掛け、地面に足を着けた瞬間、倒れ込みそうになる自身をなんとか奮い立たせる。


――走って、走って、走って……逃げるしかない。



そして、翻るカーテンに気が付くこともなく、名前はよろよろと覚束ない動きで自分の――いや、彼の家を抜け出した。










「ただいま」


普段通り、仲間たちと言葉を交わし、着々と仕事を遂行させた結果、予定より早く帰ることができた。


――名前は喜んでくれるだろうか……いや、喜んでくれるに違いない。……そうだ、今日は名前の好きなパスタを作ろう。


早く笑顔が見たい――玄関に踏み込んだリゾットは、緩んでいる口元を自覚しながら、廊下を歩き進めていく。



「名前?」


彼女が返事をしないのは、いつものことだ。

きっと、読書のしすぎで眠ってしまったに違いない――その可愛い姿を期待しながら、彼は家の中で一番奥に当たる部屋のドアを押した、が。


「――」



いない。

まるで、元から名前はその場に存在しなかったかのように、消えてしまったのだ。



――名前?


――どこへ行ったんだ。


――また≪かくれんぼ≫をして……いじらしい子だ。



「だが、今回は詰めが甘いな」


室内を吹き抜ける風。

開かれたままの窓と広がるカーテンを一瞥して、男はふっと口端を吊り上げる。



「大丈夫だ。お前は、オレが必ず見つけ出してやる」


細められた黒目がちの瞳。

いまだ温かいベッドを静かになでてから、彼女の居場所を探ろうとすぐさまコートの裾を閃かせた。










忘れていたのだ。

逃げ切るまで、何もかもが安全とは限らないことを。


信じていたのだ。



「ぁ、いや……っ、!」


「クク、怯えてる顔もイイねえ」


リゾットから解放されれば、もう危険なモノはこの世に存在しないと――





家を飛び出してからしばらくして、出逢ったのは親切な男の人だった。


「ちょ、ちょっと君! そんな薄手で……何か貸してあげるから、おいで!」


「え? で、でも……っ」


「遠慮する必要はないよ、ね?」


「あ……ありがとう、ございます」



寒さに凍えていた自分には、願ってもない偶然。

その人のよさそうな笑みを名前は信じ切ってしまった。


「っ? ここって……」


「(ニヤ)ほらほら、早く入って!」


「きゃ!?」



光の一切ない、薄暗い廃屋へ押し込まれるまでは。


彼女の視界に広がるのは、十人はいるであろう男たち。

思わず息をのむと、馴れ馴れしく肩に手を回されてしまう。


「ははっ、ダメだよ? オレみたいな優しそうな男こそ、疑わなきゃ」


「自分で言うか?」


「ほんとそれだよな」



――どうして、ついてきてしまったんだろう……どうして。


どれほど自分を責めても、あのときに戻れやしない。

そう理解していても――名前は俯くことしかできない自分が嫌で仕方なかった。


一方、捕まえた女が大人しいことをいいことに、ぐいぐいと椅子へ彼女を近付ける男。



「はいはい、座ってー」


「ひゃっ……な、何を……!」


固定される身体。

わけがわからないまま身を捩っていると――


ビリッ


「! いや……っ、いやああッ!」


「おい、暴れんじゃねえよ」


「やだっ、はな、離して……!」



引き裂かれた胸元に、これから起こるであろうことに、名前が悲鳴を上げる。


ニタニタと向けられる視線が、嫌でたまらない。



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