01
※甘裏






部屋に溢れる、苦しげで色めいた吐息。

充満する異質な、明らかにただ事ではない香り。

肉と肉とがひどく擦れる音に、重なる水音。



「はっ、はぁ、名前……名前……ッ!」


「何。言っとくけど、まだイっちゃダメだから」


「ッ……」



ベッドに足をだらりと伸ばし、欲を期待する一物をその手で扱き続ける。

快感に囚われ、自然と紐が外れた黒髪を振り乱して喘ぐイルーゾォ。

それを少し離れた椅子に座りながら、淡々と表情を変えることなく眺める。


ずいぶん気持ちよさそうにしちゃって――こちらに向けられる物欲しそうな瞳をあえて無視した名前は、淫靡な嬌声をBGMにこうなった経緯を思い返し始めた。










浮気をされた。

可愛い女の子と歩いている恋人を見かけたとき、「またか」と彼女はどこか他人事のように事実を受け入れた。


実は、今回が初犯ではない。

だからこそ、名前が食事をしながら「……今日」と切り出した途端、イルーゾォはいつものように肩を震わせた。


「はあ、やっぱり」


「い、いや! 違うんだって! 名前が思ってるようなことは何も――」


「黙って」



言い訳無用。

むしろ、聞きたくない。


「イル。……あとで≪お仕置き≫」


「!」



怯えより期待。

そんな目から視線をそらして、夕食を食べ進めていく。


――浮気をするイルーゾォもイルーゾォだけど、こういう方法でしか許せない私も私だ。



それから、食器を洗い終えた彼女が部屋の扉を開ければ、男がベッドに座った状態で待っていた。


「……自分から待機するなんて、ほんと≪変態さん≫だよね、イルって」


「名前……オレ」


「下脱いで。一人でシてみせてよ」



何かを言いかけた彼を遮り、命令を告げる。

すると、カッと頬を紅潮させながらも、ズボンに手をかけるイルーゾォ。


来るであろう快感と不安に寄せられた眉――その弱弱しさにゾクリとした。


「……ッ、く……ぁ……はぁ」


「ほら、私がいるからって遠慮しなくていいんだよ? いつもみたいに……いつもがどんなのか知らないけど、激しくしてみたら?」


「ふ、ぅっ……ッは」


「……」



根元から先端へ。上下する手。

細く繊細なそれに包まれるグロテスクなモノ。

すでに天井を向いている。


「く、ッ……はぁ、はぁっ」


じわりと透明の液体が浮かぶ先。

羞恥よりも、快楽が勝っていることが嫌でも理解できる。

上擦り始めた声と荒い息を耳にしつつ、ふとあることが気になった名前はおもむろに口を開いた。



「ねえ」


「……っ、ぁ……ん、?」


「イルって一人のとき、何を想像してシてんの?」



本棚の後ろに隠してある卑猥な雑誌だろうか。

それとも、悔しいが先程の≪彼女≫だろうか。


早く答えなさいよ――そう呟き、彼の方を振り向いた刹那、正直驚いた。

性器を高ぶらせていた手を止め、信じられないという表情でこちらをイルーゾォが凝視しているのだから。


「は、ッはぁ……え? 名前……本気で、言ってる?」


「……私が冗談なんて言ったことある?」


「いや、ないけどさ……」


「でしょ? だから、さっさと答えて」



一体なんだと言うのだ。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔から名前は不満そうに視線を窓辺へと移す。


すると――




「名前」



一言。

男は言葉を紡ぎ出したのだ。


「は? 私が何――」


「名前のその服の下を思い浮かべて、シてる」


「……!」



快感に流された状態で、ふにゃりと笑うイルーゾォ。


まさか自分とは、考えもしなかった。



「……」


「?」


「〜〜っ」



この変態――小さく首をかしげる恋人を罵ってやりたかったが、できなかった。



少なからず、いやかなり嬉しかったのだ。


「ッ、誰も手を止めていいとは言ってない!」



動揺を悟られないように叫びながら、彼女は一瞬でも気を緩ませまいと彼に続きを命じた。









数分後、再び流れ始める艶やかなため息。

名前が平然と椅子で読書をしていると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。



「名前……オレ、もう……ッ!」


「ダメって言ったじゃない。これはお仕置きなんだから……我慢して」


「く、っぁ……む、りっ、はあ、はぁ!」


「……本当に堪え性のない男」



パタン

紙と紙が出逢いを果たした音に、イルーゾォの熱に浮かされた瞳は輝く。

しかし、彼の期待にはおそらく応えられないだろう。


なぜなら――



「ねえ、イル。あんた、これで浮気何回目?」



彼女はまだ怒っているのだ。


「え? ……五回」


「違う六回目。反省のためにこんなことしてるのに、あんたただ悦んでるだけじゃない」



そっとベッドへ腰かけ、口端を吊り上げた名前の手には、可愛らしいピンクのリボン。

それは確か、先日贈ったプレゼントに付いていた代物だ。

刹那、押し寄せた悪寒に慌てて引き下がろうとするも、気付くのが遅すぎた。



「っ!? ぁ……あああッ!」



性器の溝――亀頭の下にきつく結ばれたリボン。

その出したくても出せない状況に、快感と物足りなさと苦しさで悶える。


口端から伝う唾液。

虚ろな瞳。

女である自分より美しく、淫靡な表情。



そんな彼の姿を一瞥して、彼女はシーツを両手で握り、ゆっくりと浮かせた素足を縛り付けたモノに近付けた。


「は、っはぁ、名前……? ぁああ……く、ッ!」


「せっかくだから、≪足扱き≫したげる」



親指と親指で弄ったり、指と指の間で部分を挟んでみたり。

自身を包み上げる、少し湿った柔らかな足裏。

だが、今のイルーゾォにとっては拷問でしかない。



「……と、って……名前……ッと、てくださ……!」


「だからこれはお仕置きなんだって……それにMなイルーゾォのことだから、浮気相手の子にもしてもらったんでしょ?」


「! ちが、っ……ああッ」



さらに熱を帯び、膨らむ性器。

つま先に付着した液体に眉をひそめてから、名前は蔑むような言葉で責め続ける。



「恋人に足で踏まれて、散々辱められて……なんでこんなにおっきくしてんの? というか、反省してる?」


「はっ、して、る……して、っはぁ、はッ……く、ッぅ」


これでもかと言うほど首を縦に振り、ビクビクと小刻みに震える一物。

まさに張り詰めた状態だ。



さすがに限界か――内心ため息をついた彼女は、もう一度尋ねる。


「ほんとに反省してる? もうしない?」


「しなっ、しない……も、しな……う、ぁっ」


「……わかった」



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