02




「ひゃっ」


バンッ

ドアが閉まる大きな音と共に、引き寄せられるがままベッドに座らせられる。

小さなテレビやずらりと並んだゲーム。

仕事の話以外ではめったに入らないギアッチョの部屋を見回し、心臓を高鳴らせていると――



「オイ」


「!」



目の前には、今ちょうど自分の頭を占めていた男のドアップが。

後ろへ下がろうとしても、背中を覆うのは少し冷たい壁。


――え、ええっ……どうしよう……。


時折、視線を落としては、彼を見上げる。

その異様に吊り上った眉に、名前は自然と不安になった。


普段の自分の姿はよく知っている。

だからこそ、あまりしないオシャレに心を弾ませたが、彼に軽蔑されてしまったのかもしれない。



「ギア、ッチョ」


「あア?」


「私……似合って、なかった、かな?」


衝動買いで購入して、そのままタンスに眠っていたこの服も、イルーゾォがセットしてくれた髪も、プロシュートが施してくれたメイクも、恐る恐る着けたコンタクトも。

理由はわからないが、ギアッチョを怒らせてしまってはすべて意味がない。


しかし、舌打ちをした男の次の言葉は、思いがけないものだった。


「……違え」


「っ、え……?」


「チッ、そうじゃねーんだよ、そうじゃあアア〜〜! いい加減わかれよ、チクショウがッ!」


「え? え?」


ガンッ、と自分の顔の左右を挟んでしまう彼の両腕。



「好きな奴が他の男に視線向けられて、誰が嬉しいっつーんだ!!」


「!」



まるで時間が止まってしまったかのよう。

目を大きく見開き、静かに息をのんだ名前は恐る恐る喉を震わせた。


「ほ……ほんと? ほんとに、ほんと?」


「こんな嘘ついてどうすんだよ」



メガネ越しの瞳に、嘘偽りはないとわかっている。

たとえ理解していても、聞かずにはいられなかったのだ。


色を取り戻す心。

ギアッチョの頬も、少しだけ赤い。

それを見とめた刹那、彼女は幸せそうに微笑みを浮かべた。


「……っ、うれ、しい」


「! ……名前」



穏やかに、優しく名前を呼ばれそろりそろりと見上げれば、かち合う瞳。

外にまで聞こえてしまうのでは思ってしまうほど、刻む鼓動。

そして、そのまま引き寄せられるように男は名前のきょとんとした顔に顔を近付け――







「ディモールト・ベネ! ほらほら! 早くチューするんだッ! この盗撮&盗聴マスター・メローネさんが二人の一部始終を――」


「ちょ、聞こえない! 聞こえないって!」


「お前ら、とにかく黙れ!」



男女の動きが電池切れのように突然止まった。

三つの声(メローネ、イルーゾォ、プロシュート)は明らかにこの部屋の外から聞こえている。

しかも扉越し。


名前は、ギアッチョの額にできた青筋に、漠然と≪三人が危ない≫と悟った。



「……待ってろ」


「(コクン)」


おもむろにベッドから抜け出し、歩き始めるギアッチョ。


その後、盗撮・盗聴しようとした男たちは空しい雄叫びと共に散った。










「あ、おかえり……」


「……おう」



ガシガシと後頭部を掻きながら彼に、そっと声をかけるとぶっきらぼうだが答えてくれる。


重みが二人分になったことで軋むベッド。

焦燥と緊張の混ざりに混ざった空気の中、ギアッチョはもう一度壁際に座ったままの彼女に近寄った。



「……」


「……」



布の擦れる音。

静寂でやけに響き渡る二つの吐息。


出逢った当初から放っておけなくて、いつの間にか恋愛対象として意識し始めていた。

部屋の壁と自分の身体で名前を逃がさないよう閉じ込める。

そして――


「ん……っ」



柔らかいそれに、重ねる唇。

スピードを増す鼓動。

彼女の紅潮した頬。


自分らしくない――だが、確かに心臓は高鳴っている。

感情と想いに促されるように、ギアッチョは舌を差し込もうとした、が。


ガツン


「いっ」


「〜〜ぐ!?」


歯と歯がぶつかった音に、二人の距離は当然だが離れてしまう。

驚いたのか、口元を押さえる名前と痛みに耐えながら怒声を上げる男。



「納得いかねえエエッ! そもそもこれ、窒息するだけじゃねえか!」


「……あの、ギアッチョ……」


「……、ンだよ」


「もしかして……キス、初めて?」


「!」



ようやく落ち着いた彼に静かに尋ねれば、カッと赤くなる顔。

可愛い――と心でしか思えないことを浮かべつつ、彼女は返事を待つ。


すると、


「……悪かったな」


声を張り上げることの多いギアッチョには珍しく、弱弱しいトーン。

一瞬目をぱちくりさせたものの、名前はすぐさま首を横に振った。



「ううん……私も、同じだよ?」


「……、……ろ」


「え?」



なぜかますます聞こえなくなった声に、彼女が後ろから覗き込もうとした瞬間。


ドサッ


「ぁ……っ」


「もう一回、させろ」



視界を覆い尽くす白い天井とギアッチョ。

その、彼の表情がいつもからは想像がつかないほどやけに色っぽくて――


「////う、ん」


名前ははにかみながらも頷き、ゆっくりと瞼を閉じた。



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