01
※眼鏡っ娘ヒロイン
※ギャグ裏




ある日のこと。


「オイ名前。買い出し行くぞ」


「う、うん……!」



ギアッチョに呼ばれた名前は、読んでいた雑誌をきちんと元の場所へ戻してからパタパタと準備を始めた。

小柄な体系に黒髪、そして琥珀のような瞳を覆うメガネ。

性格を一言で表すなら、内気。

そんな大人しめの彼女は、なぜかあの言葉について気になりだしたら止まらない男のよく隣にいる。



「ごめんねっ、すぐ準備するから……!」


「……別に、早くしろとは言ってねえだろ」


「(名前の前ではめったにキレねえよな。ギアッチョの奴)」



そして、彼も一人で行ける買い出しにもかかわらず、名前を呼ぶのが定番だ。

残念ながら、恋人同士ではない。


強いて言うならば、≪両片思い≫という状態だろう。

当の本人たちが気にしていないのなら、干渉すべきではないが――どうもはがゆい。



「(どうにかあいつを、男の中の男にしねえと……)」


「? プロシュート、これでもかと言うほど眉間にしわが寄ってるけど、どうしたわけ?」


割引になるエコバックを取りに、リビングを飛び出した名前の背を見ていたプロシュート。

そこに、今しがた髪を整えたばかりなのか、いつも通りの髪型をしたイルーゾォが歩み寄ってくる。


その手には、ブラシとドライヤー。



「……(ニヤリ)。イルーゾォ、ちょっと協力してくれ」


「はあ?」



いぶかしむ彼に、小声で計画を打ち明ける。


「……何それ、いいじゃん」



それが終わったころには、二人は恐ろしいほどに同じ顔をして――ほくそ笑んでいた。










「えっと……どうして、私だけ引き留められたの?」


「まあまあ。とりあえず、ここに座ってよ」



数分後。

今にもギアッチョと出かけようとした名前を強引にアジトへ残らせ、リビングへ連れて行く。

当然、せっかくのデート(仮)を邪魔された男にはひどくにらまれたが、彼のためでもあるので許してもらおう。



「? でも、ギアッチョを待たせちゃ――」


「いいから、大人しくしてろ」


「きゃ!?」



突然、ぼやける視界。

小さな悲鳴を上げて、目をぱちくりさせていると、いつも顔にかかっている重みがない。


「「……」」


「プロシュート、イルーゾォっ! お願い、≪メガネ≫返して……!」



わたわたする彼女に、メガネを手にしたまま黙り込む二人。


(チッ、この5ミリにも満たねえレンズに惑わされるとは、オレもまだまだだな)


(名前のこと、前から可愛いとは思ってたけど、メガネ外すとすごく美人……)



女は恋をするとなんたらかんたら。

そんな言葉を聞いたことがあるが、実際に目の当たりにするとは。


――というより、気付けなかった自分、アドリア海に飛び込んでしまえ。


珍しく、彼らの考えは一致していた。



「ね、ねえ!」


「! ああ、悪いな、シニョリーナ」


「すぐ始めるから」



こうして、いまだわけがわからないという顔をする名前に、コンタクトが差し出された、が。


「〜〜っ」



もちろん、「痛そう」や「怖い」という声が上がり、



「おいおい。こういうのを着ろよ(シフォンスカートを掲げ)」



ようやく目の中の異物感に慣れたころには、勝手にタンスを漁られ、



「ほら、巻いても似合う」


「ハン! やるじゃあねえか」



くるっとなる自分の髪に人知れず彼女はときめき、



「ま、まだ……?」


「まだだ。今、目開けたらお前はオレに食われると思え」


「ええ!?」



と、プロシュートにある意味リアルな脅しをかけられながら、生きた心地のしない時間を味わうのだった。












「チッ……遅え」


その頃、ギアッチョは一人、人通りのある公園の前で名前を待っていた。

イルーゾォはまだしも、プロシュートが彼女を引き留めたという時点で苛立っていたというのに、それに加えてこんなにも遅いとは。


怒りは炎のように燃え上がり、自然と頭の中である言葉に矛盾を見出そうとしたそのとき。



「ア?」



煌びやかな女性が、こちらに駆け寄ってくる。


一般的に言えば可愛いのだろう。

名前には敵わないが。


――ンでこっちに来んだ?


思わず周りを見渡すものの、自分以外に人を待つ人物はいない。


「お待たせ」やら「ごめんね」などの声を遠くで聞きながら、面倒くさいと思いつつもギアッチョは口を開いた。



「オイ」


「ん?」


「一回しか言わねえから、よオオオく聞けよ? オレは、女を待ってんだ。そういう勧誘なら、他を当たれ」


相手は一般人だ。

とりあえずキレずに言えたが、名前が来ないことも相まって我慢の限界に近い。



「え? あ、の……わから、ないの?」


「チッ、知らねえっつってんだ」


「……」



その場を漂う沈黙。

立ち去ろうとしない女性に訝しみながら、彼はもう一度だけ機会を与えようと息を吸った、が。




「ギアッチョのバカぁぁああ!」


「!?」



それは、突如繰り広げられた鋭いアッパーによって、小さなうめき声へと変わってしまった。



「ッ! テメエエ……一般人だと思って優しく(?)してやれば付け上がりやが…………なんでオレの名前――」


「本当に、本当にわからないの?」



琥珀の瞳を潤ませながら、両手を鳩尾辺りで組む彼女。

その癖、その瞳、その表情、そしてその深夜の空色に近い髪。


脳みそが動き出すより先に、



「名前……? おま、名前かアアアッ!?」


と自分でもいまだ理解しきれていない予測を紡ぎ出した。

一方、美しい女性もとい名前はますます眉をひそめるばかり。

気付いてもらえる。

そう信じて疑わなかったのだ。



「私以外、誰がいるの……っ」


「いや……なんつーか、ワリー」



怒り、悲しみ、その二つを織り交ぜた視線。

改めて彼女を見つめる。



「?」


「ッ、……」



いつも結われていることが多い漆黒の髪は、ふわりと巻かれている。

ナチュラルメイクではなく、かといって派手すぎないメイクの施された顔。

小柄な彼女にぴったりの服。


何より、自分と彼女を遮っているメガネが、一つない。



――クソ、なんか熱くなってきやがった……今日は温度上がらねえんじゃなかったのかアアア!?

――心臓がすげえはえーぞ。……病気か?


――……こういうのを、≪似合ってる≫って言うんだろうな。



あまりそういった知識はないが、本能でそう感じている。

可愛さと美しさ。


ただ――



「……」


「ギアッチョ? あの……?」



周りからの男の熱いまなざしが、ギアッチョの心をかき乱した。


その先には、名前。

要するに、アイツらは見惚れているのだ。



「クソッ……来い!」


「え!? ど、どうしたの? 買い出しは――」


「いいから歩けっつってんだッ!」



何度掴んでも細いと感じる手首を引っ張りながら、彼女の都合も顧みず、ズンズンと歩く。

とにかく、あの下心も込められた視線に、名前を晒したくなかった。



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