※クーデレヒロイン
※甘
「……あ」
木枯らしが吹き抜けていくある冬の午後。
昼食の片付けを終え、夕食のレシピを考えていた名前は、食料棚を漁りながらとある≪失態≫に気付いた。
オリーブオイルもある。
塩コショウもしっかり備えてある。
しかし――
「パスタ……買い忘れた」
目の前には、ほぼ空に近い袋が。
イタリア人ならぬ、暗殺チームの主食――パスタ。
日本で言うならば≪米≫がない。
家族内で一日、もしくは数日なら我慢しろと言えるが、なんせウチは個性あふれる男どもの集まりだ。
好みに分かれ、食費がかさむのだけは避けたいというリーダーのご意志から、食事を揃えるため毎日≪食事係≫を交代制で担っていると言うのに、これでは意味がない。
パスタがないとなれば、
「ったく……頻繁に棚見とけよ。これだから名前、お前はいつまで経ってもマンモーナなんだ」
とプロシュートが鼻で笑い、
「もちろんこれも美味いぜ? でも、オレはパスタが食いたかったというか……いや待てよ。今、オレにはもっと食べたいものがあるッ! 名前、今すぐベッドに――グエッ」
とメローネが喧しく騒ぐだろう。
おわかりだと思うが、この二人が特に食にはうるさい。
もちろん、ギアッチョやイルーゾォも文句を呟くが、彼女がキレると怖いので面と向かっては言わない。
大人しいのは、なんでも美味いと言ってくれるホルマジオといい子の(というより従順な)ペッシ、そして元から物静かなリゾットぐらいである。
「(どうしよう……今から買いに行く? そりゃ、夕食には間に合うだろうけど……)」
クシャリ
あの二人に説教をされるなどプライドが許さないのか、無惨にも手の中にあったパスタの袋は潰されてしまった。
買い物に行くのは構わない。
しかし、ロングパスタとサラダにも使えるショートパスタ、両方を大量に購入する(その方が安い)ので――名前だけでは持ちきれないのだ。
要するに、人手がいる。
「(ペッシならついてきてくれるかな……あ、でも確かプロシュートと一緒に午後から仕事だ。つまり、もうアジトにはいない……うーん)」
キッチンで一人悩む女。
今日は≪苦情の嵐≫覚悟でパスタなしにしてしまおうか――うん、そうしようと彼女が自己完結しようとした、そのとき。
「あれ、名前?」
「! メローネ……!」
扉からひょこりと顔を出したのは、アジトの――いや、世界の変態ことメローネ。
袋を握り締めたまま突然のことに目を丸くする名前に、彼はにやにやといやらしい笑みを浮かべつつ口を開く。
「あはっ、何? もしかしてオレに会いたかったの? 実はオレも会いたかった……ああっ、なんて運命なんだろう! 名前とオレは結ばれるために生まれ……なんでもないです。調子に乗りました、すみません。ジャッポーネ式土下座で謝るからオレのダイナミックな息子を撃たないで」
「……(ダイナミックだかなんだか知らないけど、謝るなら最初から大人しくしろっつーの)」
「それで? 棚を睨んでどうしたのさ」
カチャリと銃を構えられ、さすがにまずいと思ったのか男が床に額を擦りつけて謝罪してきた。
そんな姿に対し、≪駆除できなくて残念≫と妙に恐ろしい発想を浮かべていた彼女は、メローネが尋ねてきた事柄にグッとたじろぐ。
「……別に何も。あんたには、関係ないからリビングにでも戻ったら?」
「はっはーん……そのベリッシモ可哀想な袋からして、何かないんでしょ」
「!? ちょ、勝手に……!」
「やっぱりないんじゃん。パスタ」
立ち上がったかと思えば、棚の扉を開けこちらを見つめる男。
一方、気まずそうに視線をそらす名前。
離れるその瞳を目で追いながら、彼はにっこりと笑い言葉を紡ぎ始めた。
「買いに行くんだろ? 手伝うよ」
「……、メローネ」
慌てて向き直ると、≪オレに任せてよ≫と言いたげな同僚がいる。
こうして抜け目なく気遣ってくれるところは、意外に嫌いではない。
――たまには、頼ってみよう、かな。
今回だけはその優しさに背を預けるため、彼女は静かに頷こうとした、が。
「でも……ハア、≪買い物だけ≫じゃあ満足できないよね? ハアッ」
「は?」
「いろいろさ……ハアハア、名前とヤりたいことが、ハアハア……あるんだよ……!」
やはり変態は変態だった。
息を切らしつつ伸ばしてくる手をすかさず避ければ、彼の背後にゆらりと立った≪影≫を目にした名前。
「あのさ、メローネ」
「なんだい!? やっとノリ気になってくれたんだね!? どうするどうする? 名前が望むなら、オレが下でも――」
「……後ろ、見た方がいいんじゃない?」
「え?」
呆れを交えた声。
それにピタリとすべての動作を止めた男が、おもむろに背後を振り返ると――
「ぎ、ギアッチョ……」
般若より怖い顔をした、鬼が立っていた。
「よオ……メローネ。テメーは今から、仕事だよなアアアッ?」
「あははは、仕事か……忘れてたよ。でもさオレ、今から名前とプレイの選択をしなきゃいけグフッ!」
一瞬、まさに一瞬の出来事。
攻撃で地に伏せたメローネの襟を掴んだギアッチョは、何も言わずキッチンを出て行ってしまった。
「……」
貞操の危機は逃れたものの、別問題が残っている。
スゴロクで言うならば、まさに≪ふりだしに戻る≫だ。
脳内に浮かべる仲間の顔。
イルーゾォは自分より細腕だし、ホルマジオは≪デート≫――相手はおそらく猫だが――と惚気けていた。
――……、こうなったら。
最後の選択肢である我らがリーダー、リゾット・ネエロを召喚するしかない。
「(多分……絶対に忙しいだろうけど、手伝ってくれるかな)」
小さくため息をこぼした彼女は、今までその存在すら忘れていた手の中の袋をゴミ箱へ捨てて、頼みの綱がいるであろう部屋へ向かった。
コンコンコン
「リーダー、少しいい?」
ドア越しに聞こえた、控えめな声色。
名前がわざわざ訪ねてくるのは珍しい――そんなことを思いながらリゾットは喉を震わせる。
「名前? 構わないが」
すると、静かに開かれた隙間から部屋に足を踏み入れた彼女は、少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめん、仕事の邪魔しちゃって」
「一段落着いたところだ。気にするな……何か用事があるんだろう?」
「うん……そうなんだけど、さ」
「?」
言いよどむ名前。
らしくない姿に小首をかしげていると、決心がついたのか椅子に座った自分を見据えてくる。
「ちょっと、買い物に付き合ってくれない?」
「ふむ……何を買いに行くんだ?」
「……パスタ」
なるほど、確かに一人では持ち帰ることができない代物だ。
ようやく話が読めてきたのか、コクリと首を縦に振ってみせるリゾット。
理解と同時に、心に現れたのは≪自分を頼ってくれた≫という嬉しさ。
普段、彼女が甘えることはないから、なおさらである。
「わかった。すぐに準備をする」
「! あ、ありがとう」
「……、ちなみに」
「ん?」
助かった――安堵の息を滲ませ、部屋を出ようとした名前の背に、声がかかる。
そして、それに対し特に疑いもせず振り向けば、
「!?」
「お前の手伝いをしたことで、何か褒美はもらえるのか?」
「……え?」
いつの間にか席から立ち上がった彼が、自分と距離を詰めていた。
あくまで真剣な表情でこちらを見下ろす男。
――褒美って……何? リーダーは何を求めてるわけ!?
徐々に縮められる端整な顔に、かなり動揺した彼女がパクパクと金魚のように口を動かした瞬間。
ポフッ
「ふ……冗談だ」
「はい?」
「出かけるぞ」
きょとんとする名前の頭をガシガシと撫でたリゾットは、小さく笑ってから彼女の横を通り過ぎる。
「〜〜っ」
はめられた――しばらくして自覚した名前が、悔しそうに眉を寄せながら彼を追いかけたのは言うまでもない。
「リーダー」
「ん?」
その後、無事にパスタを購入できた二人。
身を突き刺すような冷たい風に堪えるため、マフラーで口元を隠しつつぽつりと呟けば、耳聡くその声に男は反応する。
お前に持たせるわけにはいかない――と言ってリゾットが取り上げた大きな袋を一瞥してから、彼女はこちらを見つめる赤い瞳へ目を向けた。
「あの……重くないの?」
「? むしろ軽いぐらいだが」
「ふーん……(さすがムキムキ)……、あ」
自分には到底できない。
リーダー一人で良かったのでは、と一瞬考えたものの、切なくなるからやめようと視線をあらぬ方へ移した矢先のことだった。
道路を挟んで反対の道にあるクレープ屋さん。
それに視覚と嗅覚を刺激された途端、空腹を訴え始めた腹をすぐさま叱咤する。
――ふらっと釣られるところだった……いけないいけない。まだ給料日じゃないし、我慢しなきゃ。我慢……我慢――
「名前。……名前?」
「! ご、ごめん。ボーッとしてた……、何?」
「……少しここで待っていろ」
「え!?」
自分が煩悩と戦っている間に、一体何があったのだ。
離れていく背中を見守ることしかできないでいると、袋を抱えたまま道路を渡ってしまうリゾット。
そして、なぜか先程まで自分が凝視していた店へ歩いていく姿に、名前はギョッとした。
「(ちょ、まさか……いや、そんなはずない。リーダーが食べたかっただけだよね、うん)」
自問自答を繰り返すうちに、彼が戻ってきたらしい。
その大きな手には、やけに小さく見える逆三角形の洋菓子――クレープがある。
「あ、おかえり、リーダー……って」
「すまない。一番安いものになってしまったが」
「……」
差し出されている甘いドルチェ。
しかし、さすがに受け取れずにいると、不審がった男が顔を覗き込んでくるではないか。
妙に慌ただしい心臓。
「名前? 食べないのか?」
「食べて、いいの?」
「ああ。そのために買ったんだ」
「……、……ありがと」
マフラーを顎先にまでずらしてから、まだほんのり温かいクレープに手を添え、そっと口を付ける。
「(美味しい……すごく美味しい……!)」
水へ落とされたインクのように、胸に広がっていく幸福感。
久しぶりに食べるからこそ、ますます美味しい。
もう一度、お礼を言いたい――もっもっと目の前の菓子に夢中になっていた名前が、顔を上げると。
「あ」
バッチリ目が合ってしまった。
「ん? どうしたんだ?」
「(そうだ、確かリーダーも甘いもの好きだったはず……)」
それなのに、買っていないということは、つまり≪一人分しか買えなかった≫のだ。
リゾットの優しさを悟った彼女は、押し寄せる羞恥を振り払い、そっと彼の顔の前へクレープを掲げた。
「名前……?」
「クレープ、リーダーも好きだったよね? 結構食べちゃったけど……分けようよ」
「ふむ……気持ちは嬉しいが、オレは遠慮しよう。それは名前が食べるといい」
「……でも」
一人だけ食べては、どうしても悪い気がする。
少なからず眉間にしわを増やす名前。
彼女がなかなか言い出したら聞かない、頑固な性格であることを仕事や生活を共にしてよく知っている男は、苦笑を漏らしてクレープを握る小さな手に己のそれを添えた。
「!」
「わかった。……一口だけ、いただこう」
「一口なんて言わずにもっと食べても……って、え、ちょ!?」
安堵をこぼしたのも束の間、リゾットはなぜかこちらへ顔を寄せ――
ペロッ
「!?!?」
名前の口端に付いていた生クリームを、ぺろりと赤い舌で舐めとった。
当然、目を大きく見開き、彼女は呆然としている。
「あっ、あの……、え? リーダー……?」
「ふ……こんなときは確か、こう言うんだったな」
≪ごちそうさま、名前≫。
見る見るうちに紅潮していく、寒さで白かったはずの頬。
男がもたらしたさまざまな不意打ちに、手が滑ってクレープを地面へ落とさなかったことだけが――ある意味幸運だったのかもしれない。
「〜〜っリーダーの、バカァアア!」
空舞うfarfalle
時折、彼女は大きな手のひらで羽を休める。
〜おまけ〜
「あ、今日はファルファッレのサラダなんだ。お洒落だね」
「うん。まあ、他のより安かったし、気分で選んだ」
夕飯時。
イルーゾォが感心するように放った言葉に、少しばかりホッとした様子で受け答えをする名前。
farfalle――蝶型のショートパスタを咀嚼しつつ、真向かいの彼女を見据え、プロシュートはおもむろに口端を吊り上げる。
その表情に含められているのは、賞賛とからかい。
「名前にしちゃあ、いいセンスしてるじゃねえか……ところで、なんでリゾットにだけ多めなんだよ」
「はあ、ほんとプロシュートって一言余計……、ん? ああ……だって、リーダーのおかげで助かったから。そのお礼」
あの名前がデレた――顔には出さないものの、心の中でひどく動揺する一同。
だが、当事者であるリーダーだけはコテンと首をかしげながら、思い至ったことを紡ぎ出した。
「……名前、オレは≪あのキス≫をお礼として考えていたんだが」
「あ?」
「え……」
「……ん?」
「「「「リーダーァアア!?」」」」
ぬけがけはずるいと嘆く者。
自分もすると彼女に迫る者。
そんな輩を瞬殺する紅一点。
現状をただただ傍観する者。
言わずもがな、平和に満ちていた食卓は一瞬で戦場と化した、らしい。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
お待たせいたしました!
リーダーでクーデレヒロインの甘えとデレでした。
ノア様、リクエストありがとうございました!
迷いあぐねた結果、リーダーにさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka
>
※甘
「……あ」
木枯らしが吹き抜けていくある冬の午後。
昼食の片付けを終え、夕食のレシピを考えていた名前は、食料棚を漁りながらとある≪失態≫に気付いた。
オリーブオイルもある。
塩コショウもしっかり備えてある。
しかし――
「パスタ……買い忘れた」
目の前には、ほぼ空に近い袋が。
イタリア人ならぬ、暗殺チームの主食――パスタ。
日本で言うならば≪米≫がない。
家族内で一日、もしくは数日なら我慢しろと言えるが、なんせウチは個性あふれる男どもの集まりだ。
好みに分かれ、食費がかさむのだけは避けたいというリーダーのご意志から、食事を揃えるため毎日≪食事係≫を交代制で担っていると言うのに、これでは意味がない。
パスタがないとなれば、
「ったく……頻繁に棚見とけよ。これだから名前、お前はいつまで経ってもマンモーナなんだ」
とプロシュートが鼻で笑い、
「もちろんこれも美味いぜ? でも、オレはパスタが食いたかったというか……いや待てよ。今、オレにはもっと食べたいものがあるッ! 名前、今すぐベッドに――グエッ」
とメローネが喧しく騒ぐだろう。
おわかりだと思うが、この二人が特に食にはうるさい。
もちろん、ギアッチョやイルーゾォも文句を呟くが、彼女がキレると怖いので面と向かっては言わない。
大人しいのは、なんでも美味いと言ってくれるホルマジオといい子の(というより従順な)ペッシ、そして元から物静かなリゾットぐらいである。
「(どうしよう……今から買いに行く? そりゃ、夕食には間に合うだろうけど……)」
クシャリ
あの二人に説教をされるなどプライドが許さないのか、無惨にも手の中にあったパスタの袋は潰されてしまった。
買い物に行くのは構わない。
しかし、ロングパスタとサラダにも使えるショートパスタ、両方を大量に購入する(その方が安い)ので――名前だけでは持ちきれないのだ。
要するに、人手がいる。
「(ペッシならついてきてくれるかな……あ、でも確かプロシュートと一緒に午後から仕事だ。つまり、もうアジトにはいない……うーん)」
キッチンで一人悩む女。
今日は≪苦情の嵐≫覚悟でパスタなしにしてしまおうか――うん、そうしようと彼女が自己完結しようとした、そのとき。
「あれ、名前?」
「! メローネ……!」
扉からひょこりと顔を出したのは、アジトの――いや、世界の変態ことメローネ。
袋を握り締めたまま突然のことに目を丸くする名前に、彼はにやにやといやらしい笑みを浮かべつつ口を開く。
「あはっ、何? もしかしてオレに会いたかったの? 実はオレも会いたかった……ああっ、なんて運命なんだろう! 名前とオレは結ばれるために生まれ……なんでもないです。調子に乗りました、すみません。ジャッポーネ式土下座で謝るからオレのダイナミックな息子を撃たないで」
「……(ダイナミックだかなんだか知らないけど、謝るなら最初から大人しくしろっつーの)」
「それで? 棚を睨んでどうしたのさ」
カチャリと銃を構えられ、さすがにまずいと思ったのか男が床に額を擦りつけて謝罪してきた。
そんな姿に対し、≪駆除できなくて残念≫と妙に恐ろしい発想を浮かべていた彼女は、メローネが尋ねてきた事柄にグッとたじろぐ。
「……別に何も。あんたには、関係ないからリビングにでも戻ったら?」
「はっはーん……そのベリッシモ可哀想な袋からして、何かないんでしょ」
「!? ちょ、勝手に……!」
「やっぱりないんじゃん。パスタ」
立ち上がったかと思えば、棚の扉を開けこちらを見つめる男。
一方、気まずそうに視線をそらす名前。
離れるその瞳を目で追いながら、彼はにっこりと笑い言葉を紡ぎ始めた。
「買いに行くんだろ? 手伝うよ」
「……、メローネ」
慌てて向き直ると、≪オレに任せてよ≫と言いたげな同僚がいる。
こうして抜け目なく気遣ってくれるところは、意外に嫌いではない。
――たまには、頼ってみよう、かな。
今回だけはその優しさに背を預けるため、彼女は静かに頷こうとした、が。
「でも……ハア、≪買い物だけ≫じゃあ満足できないよね? ハアッ」
「は?」
「いろいろさ……ハアハア、名前とヤりたいことが、ハアハア……あるんだよ……!」
やはり変態は変態だった。
息を切らしつつ伸ばしてくる手をすかさず避ければ、彼の背後にゆらりと立った≪影≫を目にした名前。
「あのさ、メローネ」
「なんだい!? やっとノリ気になってくれたんだね!? どうするどうする? 名前が望むなら、オレが下でも――」
「……後ろ、見た方がいいんじゃない?」
「え?」
呆れを交えた声。
それにピタリとすべての動作を止めた男が、おもむろに背後を振り返ると――
「ぎ、ギアッチョ……」
般若より怖い顔をした、鬼が立っていた。
「よオ……メローネ。テメーは今から、仕事だよなアアアッ?」
「あははは、仕事か……忘れてたよ。でもさオレ、今から名前とプレイの選択をしなきゃいけグフッ!」
一瞬、まさに一瞬の出来事。
攻撃で地に伏せたメローネの襟を掴んだギアッチョは、何も言わずキッチンを出て行ってしまった。
「……」
貞操の危機は逃れたものの、別問題が残っている。
スゴロクで言うならば、まさに≪ふりだしに戻る≫だ。
脳内に浮かべる仲間の顔。
イルーゾォは自分より細腕だし、ホルマジオは≪デート≫――相手はおそらく猫だが――と惚気けていた。
――……、こうなったら。
最後の選択肢である我らがリーダー、リゾット・ネエロを召喚するしかない。
「(多分……絶対に忙しいだろうけど、手伝ってくれるかな)」
小さくため息をこぼした彼女は、今までその存在すら忘れていた手の中の袋をゴミ箱へ捨てて、頼みの綱がいるであろう部屋へ向かった。
コンコンコン
「リーダー、少しいい?」
ドア越しに聞こえた、控えめな声色。
名前がわざわざ訪ねてくるのは珍しい――そんなことを思いながらリゾットは喉を震わせる。
「名前? 構わないが」
すると、静かに開かれた隙間から部屋に足を踏み入れた彼女は、少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめん、仕事の邪魔しちゃって」
「一段落着いたところだ。気にするな……何か用事があるんだろう?」
「うん……そうなんだけど、さ」
「?」
言いよどむ名前。
らしくない姿に小首をかしげていると、決心がついたのか椅子に座った自分を見据えてくる。
「ちょっと、買い物に付き合ってくれない?」
「ふむ……何を買いに行くんだ?」
「……パスタ」
なるほど、確かに一人では持ち帰ることができない代物だ。
ようやく話が読めてきたのか、コクリと首を縦に振ってみせるリゾット。
理解と同時に、心に現れたのは≪自分を頼ってくれた≫という嬉しさ。
普段、彼女が甘えることはないから、なおさらである。
「わかった。すぐに準備をする」
「! あ、ありがとう」
「……、ちなみに」
「ん?」
助かった――安堵の息を滲ませ、部屋を出ようとした名前の背に、声がかかる。
そして、それに対し特に疑いもせず振り向けば、
「!?」
「お前の手伝いをしたことで、何か褒美はもらえるのか?」
「……え?」
いつの間にか席から立ち上がった彼が、自分と距離を詰めていた。
あくまで真剣な表情でこちらを見下ろす男。
――褒美って……何? リーダーは何を求めてるわけ!?
徐々に縮められる端整な顔に、かなり動揺した彼女がパクパクと金魚のように口を動かした瞬間。
ポフッ
「ふ……冗談だ」
「はい?」
「出かけるぞ」
きょとんとする名前の頭をガシガシと撫でたリゾットは、小さく笑ってから彼女の横を通り過ぎる。
「〜〜っ」
はめられた――しばらくして自覚した名前が、悔しそうに眉を寄せながら彼を追いかけたのは言うまでもない。
「リーダー」
「ん?」
その後、無事にパスタを購入できた二人。
身を突き刺すような冷たい風に堪えるため、マフラーで口元を隠しつつぽつりと呟けば、耳聡くその声に男は反応する。
お前に持たせるわけにはいかない――と言ってリゾットが取り上げた大きな袋を一瞥してから、彼女はこちらを見つめる赤い瞳へ目を向けた。
「あの……重くないの?」
「? むしろ軽いぐらいだが」
「ふーん……(さすがムキムキ)……、あ」
自分には到底できない。
リーダー一人で良かったのでは、と一瞬考えたものの、切なくなるからやめようと視線をあらぬ方へ移した矢先のことだった。
道路を挟んで反対の道にあるクレープ屋さん。
それに視覚と嗅覚を刺激された途端、空腹を訴え始めた腹をすぐさま叱咤する。
――ふらっと釣られるところだった……いけないいけない。まだ給料日じゃないし、我慢しなきゃ。我慢……我慢――
「名前。……名前?」
「! ご、ごめん。ボーッとしてた……、何?」
「……少しここで待っていろ」
「え!?」
自分が煩悩と戦っている間に、一体何があったのだ。
離れていく背中を見守ることしかできないでいると、袋を抱えたまま道路を渡ってしまうリゾット。
そして、なぜか先程まで自分が凝視していた店へ歩いていく姿に、名前はギョッとした。
「(ちょ、まさか……いや、そんなはずない。リーダーが食べたかっただけだよね、うん)」
自問自答を繰り返すうちに、彼が戻ってきたらしい。
その大きな手には、やけに小さく見える逆三角形の洋菓子――クレープがある。
「あ、おかえり、リーダー……って」
「すまない。一番安いものになってしまったが」
「……」
差し出されている甘いドルチェ。
しかし、さすがに受け取れずにいると、不審がった男が顔を覗き込んでくるではないか。
妙に慌ただしい心臓。
「名前? 食べないのか?」
「食べて、いいの?」
「ああ。そのために買ったんだ」
「……、……ありがと」
マフラーを顎先にまでずらしてから、まだほんのり温かいクレープに手を添え、そっと口を付ける。
「(美味しい……すごく美味しい……!)」
水へ落とされたインクのように、胸に広がっていく幸福感。
久しぶりに食べるからこそ、ますます美味しい。
もう一度、お礼を言いたい――もっもっと目の前の菓子に夢中になっていた名前が、顔を上げると。
「あ」
バッチリ目が合ってしまった。
「ん? どうしたんだ?」
「(そうだ、確かリーダーも甘いもの好きだったはず……)」
それなのに、買っていないということは、つまり≪一人分しか買えなかった≫のだ。
リゾットの優しさを悟った彼女は、押し寄せる羞恥を振り払い、そっと彼の顔の前へクレープを掲げた。
「名前……?」
「クレープ、リーダーも好きだったよね? 結構食べちゃったけど……分けようよ」
「ふむ……気持ちは嬉しいが、オレは遠慮しよう。それは名前が食べるといい」
「……でも」
一人だけ食べては、どうしても悪い気がする。
少なからず眉間にしわを増やす名前。
彼女がなかなか言い出したら聞かない、頑固な性格であることを仕事や生活を共にしてよく知っている男は、苦笑を漏らしてクレープを握る小さな手に己のそれを添えた。
「!」
「わかった。……一口だけ、いただこう」
「一口なんて言わずにもっと食べても……って、え、ちょ!?」
安堵をこぼしたのも束の間、リゾットはなぜかこちらへ顔を寄せ――
ペロッ
「!?!?」
名前の口端に付いていた生クリームを、ぺろりと赤い舌で舐めとった。
当然、目を大きく見開き、彼女は呆然としている。
「あっ、あの……、え? リーダー……?」
「ふ……こんなときは確か、こう言うんだったな」
≪ごちそうさま、名前≫。
見る見るうちに紅潮していく、寒さで白かったはずの頬。
男がもたらしたさまざまな不意打ちに、手が滑ってクレープを地面へ落とさなかったことだけが――ある意味幸運だったのかもしれない。
「〜〜っリーダーの、バカァアア!」
空舞うfarfalle
時折、彼女は大きな手のひらで羽を休める。
〜おまけ〜
「あ、今日はファルファッレのサラダなんだ。お洒落だね」
「うん。まあ、他のより安かったし、気分で選んだ」
夕飯時。
イルーゾォが感心するように放った言葉に、少しばかりホッとした様子で受け答えをする名前。
farfalle――蝶型のショートパスタを咀嚼しつつ、真向かいの彼女を見据え、プロシュートはおもむろに口端を吊り上げる。
その表情に含められているのは、賞賛とからかい。
「名前にしちゃあ、いいセンスしてるじゃねえか……ところで、なんでリゾットにだけ多めなんだよ」
「はあ、ほんとプロシュートって一言余計……、ん? ああ……だって、リーダーのおかげで助かったから。そのお礼」
あの名前がデレた――顔には出さないものの、心の中でひどく動揺する一同。
だが、当事者であるリーダーだけはコテンと首をかしげながら、思い至ったことを紡ぎ出した。
「……名前、オレは≪あのキス≫をお礼として考えていたんだが」
「あ?」
「え……」
「……ん?」
「「「「リーダーァアア!?」」」」
ぬけがけはずるいと嘆く者。
自分もすると彼女に迫る者。
そんな輩を瞬殺する紅一点。
現状をただただ傍観する者。
言わずもがな、平和に満ちていた食卓は一瞬で戦場と化した、らしい。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
お待たせいたしました!
リーダーでクーデレヒロインの甘えとデレでした。
ノア様、リクエストありがとうございました!
迷いあぐねた結果、リーダーにさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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