※5000hit『オワラナイ喜劇』続編
※微々裏
※リーダー病んでいます、注意!
水が、白い陶器の奥を勢いよく流れ落ちていく。
「……どう、しよう」
家の中で、唯一部屋との行き来を許されている浴室。
静まったトイレを見下ろしながら、動揺を表情に浮かべた名前の手には――ある≪検査薬≫が。
事の発端は「いってくる」と言って仕事へ向かったリゾットが、これを無造作に置いていったことからだった。
「っ、確認するだけ……うん」
予定日を過ぎても、月ものが来ない。
それに少し不安を覚えていた少女は、また別の不安を抱えつつ弾かれたように浴室へ飛び込んだのだ。
「私……っ」
現れた≪結果≫を何度も凝視し、そっと空いている右手を下腹部へ寄せる。
やけに騒々しい心臓。
渇き始める喉。
だが、何より――
「……」
――嬉しい、なんて……私あの人に絆され、ちゃったのかな……。
心を占めた≪喜び≫に、彼女自身が狼狽えていた。
ただ、名前は囚われたことで絆された、わけではない。
関係が歪と化すそのときまで――いやむしろ今でさえ、彼に対する嫌悪感だけは生まれていないのだから。
「と、とにかく部屋に戻らなきゃ……」
このまま立ち尽くしているわけにも行かない。
そう己を叱咤し、背後のドアノブを回す。
しかし、直結する部屋のベッドへと腰を下ろしながら、少女はふと思った。
――彼は……リゾットは――
「喜ぶの、かな」
なんとなくだが、打ち明けるべきか悩んでしまう。
浮かんでは消える最悪の事態。
「まさか……ううん、そんな……っ、でも」
――自惚れかもしれない。
諸手を挙げて喜んでくれる。そうであったら、どれほど物事が杞憂に終わるだろう。
だが、リゾットの今までの言動が、彼女の周囲を抹殺してしまうほどの狂おしい想いが、発覚した事実を≪秘め事≫にする方向へと名前を掻き立てていた。
「名前」
「! な、に……?」
それから、数日が経った。
相変わらず、一部屋だけの世界に身を置く少女の横で本を読んでいたリゾットが不意に口を開く。
「身体はもう怠くないのか?」
「っ……」
「……名前?」
まさにもっとも尋ねられたくなかった問いに、一瞬だけ表情を変える名前。
実は、体調はよくなるどころか、妙な倦怠感に悩まされるばかりだったのだ。
しかし、思い当たるその症状の理由を、告白するつもりもない。
「うん、大丈夫……だよ? だいぶ……その、マシになった、みたい」
「ふむ……そうか」
いまだ訝るような視線を送ってくる彼から、逃れるように目をスッとそらした。
――ダメ……ちゃんと隠さなきゃ……。
そしてどこまでも試みられる追行にキリがないと悟った少女は、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
すると、分厚い本を置き、すかさず自分に続こうとする男に対して、彼女が静かに呟いた。
「お手洗い、だから」
「……そうとは言え、やはり心配だ。オレが運ぶ」
「大丈夫」
やんわりと示された拒絶。
微かに首を横へ振って、扉を見据えた名前が一歩踏み出した刹那、
――……あ、れ? 身体が――
崩れる足元。
暗闇が覆う眼前。
徐々に沈んでいく意識。
「名前? 名前ッ!」
怒声に近い声つきをどこか遠くで捉えながら、少女はただただ引き込まれるがまま瞳を閉じた。
――……?
全身を包む温かさ。
覚醒する意識に促されるように、重たい瞼を上げる。
そこには、いつもと変わらない天井が。
「……んっ」
――私……どうして。
明るさに目が眩みそうになりつつ、そっと上体を起こそうとした瞬間。
「!」
無言のまま、視界に現れたリゾット。
そして、驚く彼女をよそに、顔を近付けた彼はその存在を確かめるような手つきで頬から顎、首筋から鎖骨へとなぞっていく。
「んっ、……ぁ」
「名前……名前、名前、名前……よかった、本当によかった。このまま目を覚まさなければどうしようかと……名前、頼むからどこにも行くな。少し間違えれば、お前が眠ることすら許せなくなってしまいそうだ……名前、名前……名前名前名前」
呪文のように唱えられる己の名前。
服の上から弄られる柔肌。
抵抗したくとも、終始快感を植え付けられた身体は、ビクビクと過敏に反応してしまう。
「っぁ、いや……はぁ、っはぁ」
「動くな。すり傷や打ち身になっていないか、全身を調べなければならない……こんなにも絹のように柔らかで繊細な名前の身体に、一つでも傷が付いたら大変だ」
「ひっ……やっ、ぁあ! ぁっ、だいじょ、ぶ……も、どこも、っ痛くな――ひぁあんッ」
「…………そのようだな」
ようやく腰元まで来ていた手が離れ、名前は艶めいた吐息を滲ませつつもホッと安堵した。
だが、自分を淡々と見下ろす鋭い眼差しに、すぐさまその一時は消え、静かに息をのんだ。
少女を射竦める男。
明らかに怒りを露にしている彼は、ゆっくりと諌めるように言葉を紡ぎ出した。
「……オレがどれほど心配したと思っている」
「! ……ごめん、なさい」
「こっちを見ろ」
本気で怒っている。
普段リゾットはその眼光だけに留めることが多いからこそ、珍しいと思うと同時に小さな後悔が彼女の心を萎縮させた。
しかし、逆らえない命令が下されたことで、恐れで逸る鼓動を抑えながらもそろりと顔を上げれば、
「……名前」
「っ」
見えたのは自分への≪憂慮≫。
それを湛えたまま、視線を外すことなく愛しい名前に囁きかける。
「二度と、オレに遠慮などするな。どんなときでも……必ず言うんだ」
真摯な想いの中にある、優しげな声色。
自然と少女は――まるで操られたかのように頷いていた。
ようやく頬を少しばかり綻ばせる男。
そして、口元を上げた彼は、そのまま≪もっとも重要なことを聞くため≫に音を紡ぐ。
「それと……≪検査薬≫を使用したんだろう?」
「!?」
「驚いた顔をしているが、あの机に置いたのはオレだ」
彼女がどう動くか――想定していたのかもしれない。
動揺を見せる名前に対し、リゾットは急かすが如く立て続けに言葉を連ねていく。
「お前のその嬉しさと動揺を交えた反応から判断する限り……陽性、だったんだな?」
――言い逃れはできない。
そう判断し、きゅうと目を瞑りつつ頷く少女。
次の瞬間、あっという間に彼女は腕を引かれ、強く抱き寄せられていた。
「! あのっ」
「やっと……やっと、名前のすべてがオレのモノになってくれたのか……ああ、名前」
「ぁ…………う、ん」
もう一度、小さく縦に動く首。
名前の胸中にあったはずの≪恐怖≫の姿は、もはや存在しない。
やはり自分の予想が間違っていた――久しぶりに笑顔らしき笑顔を浮かべた少女は、逞しい両腕に包まれたままふと男を見上げる。
――え?
すると、眼前には慈愛に満ちた微かな笑み――のはずが、深い赤を湛えたその瞳の奥に唯一渦巻く、≪どす黒い感情≫。
妬心。それを確実に広げながら、ひゅっと息をのんだ名前を見つめ、彼は静かに口を開いた。
「だが、どうしても許せないことがある」
「誰一人、たとえ自分の血を分けた子であっても、≪オレの≫愛しい名前を苦しめることは許さない……許してなるものか」
「……そうだ。お前を苦しめるのなら――」
「――――」
次に放たれた無慈悲な言葉。
どこまでも冷え切った瞳。
鼓膜を劈いていく否定。
少女の身体は、衝撃と恐怖によって再び硬直する。
一方、そんな彼女を案じて、おもむろにベッドへと乗り上げる男。
「ぁっ……」
「名前。わかっているだろう? 名前が不安になってしまわないように毎日欠かさず告げてきた。オレはお前≪だけ≫を」
「ッ」
「愛している」
慌てて自分を押し返そうと胸元に添えられた、ひどく狼狽する名前の左手。
小刻みに震えるそれをすかさず取ったリゾットは、ただ黙々とその薬指の第三関節あたりへ愛おしげに――歪んだ永久を誓うように唇を寄せた。
永遠はオドル
≪二人だけ≫の円舞曲に、誰も踏み込ませはしない。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
お待たせいたしました!
リーダーで『オワラナイ喜劇』の続編でした。
カリン様、リクエストありがとうございました!
以前からフラグは立てていたものの、ますますリーダーが危険な方向へ行っているような……いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka
>
※微々裏
※リーダー病んでいます、注意!
水が、白い陶器の奥を勢いよく流れ落ちていく。
「……どう、しよう」
家の中で、唯一部屋との行き来を許されている浴室。
静まったトイレを見下ろしながら、動揺を表情に浮かべた名前の手には――ある≪検査薬≫が。
事の発端は「いってくる」と言って仕事へ向かったリゾットが、これを無造作に置いていったことからだった。
「っ、確認するだけ……うん」
予定日を過ぎても、月ものが来ない。
それに少し不安を覚えていた少女は、また別の不安を抱えつつ弾かれたように浴室へ飛び込んだのだ。
「私……っ」
現れた≪結果≫を何度も凝視し、そっと空いている右手を下腹部へ寄せる。
やけに騒々しい心臓。
渇き始める喉。
だが、何より――
「……」
――嬉しい、なんて……私あの人に絆され、ちゃったのかな……。
心を占めた≪喜び≫に、彼女自身が狼狽えていた。
ただ、名前は囚われたことで絆された、わけではない。
関係が歪と化すそのときまで――いやむしろ今でさえ、彼に対する嫌悪感だけは生まれていないのだから。
「と、とにかく部屋に戻らなきゃ……」
このまま立ち尽くしているわけにも行かない。
そう己を叱咤し、背後のドアノブを回す。
しかし、直結する部屋のベッドへと腰を下ろしながら、少女はふと思った。
――彼は……リゾットは――
「喜ぶの、かな」
なんとなくだが、打ち明けるべきか悩んでしまう。
浮かんでは消える最悪の事態。
「まさか……ううん、そんな……っ、でも」
――自惚れかもしれない。
諸手を挙げて喜んでくれる。そうであったら、どれほど物事が杞憂に終わるだろう。
だが、リゾットの今までの言動が、彼女の周囲を抹殺してしまうほどの狂おしい想いが、発覚した事実を≪秘め事≫にする方向へと名前を掻き立てていた。
「名前」
「! な、に……?」
それから、数日が経った。
相変わらず、一部屋だけの世界に身を置く少女の横で本を読んでいたリゾットが不意に口を開く。
「身体はもう怠くないのか?」
「っ……」
「……名前?」
まさにもっとも尋ねられたくなかった問いに、一瞬だけ表情を変える名前。
実は、体調はよくなるどころか、妙な倦怠感に悩まされるばかりだったのだ。
しかし、思い当たるその症状の理由を、告白するつもりもない。
「うん、大丈夫……だよ? だいぶ……その、マシになった、みたい」
「ふむ……そうか」
いまだ訝るような視線を送ってくる彼から、逃れるように目をスッとそらした。
――ダメ……ちゃんと隠さなきゃ……。
そしてどこまでも試みられる追行にキリがないと悟った少女は、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
すると、分厚い本を置き、すかさず自分に続こうとする男に対して、彼女が静かに呟いた。
「お手洗い、だから」
「……そうとは言え、やはり心配だ。オレが運ぶ」
「大丈夫」
やんわりと示された拒絶。
微かに首を横へ振って、扉を見据えた名前が一歩踏み出した刹那、
――……あ、れ? 身体が――
崩れる足元。
暗闇が覆う眼前。
徐々に沈んでいく意識。
「名前? 名前ッ!」
怒声に近い声つきをどこか遠くで捉えながら、少女はただただ引き込まれるがまま瞳を閉じた。
――……?
全身を包む温かさ。
覚醒する意識に促されるように、重たい瞼を上げる。
そこには、いつもと変わらない天井が。
「……んっ」
――私……どうして。
明るさに目が眩みそうになりつつ、そっと上体を起こそうとした瞬間。
「!」
無言のまま、視界に現れたリゾット。
そして、驚く彼女をよそに、顔を近付けた彼はその存在を確かめるような手つきで頬から顎、首筋から鎖骨へとなぞっていく。
「んっ、……ぁ」
「名前……名前、名前、名前……よかった、本当によかった。このまま目を覚まさなければどうしようかと……名前、頼むからどこにも行くな。少し間違えれば、お前が眠ることすら許せなくなってしまいそうだ……名前、名前……名前名前名前」
呪文のように唱えられる己の名前。
服の上から弄られる柔肌。
抵抗したくとも、終始快感を植え付けられた身体は、ビクビクと過敏に反応してしまう。
「っぁ、いや……はぁ、っはぁ」
「動くな。すり傷や打ち身になっていないか、全身を調べなければならない……こんなにも絹のように柔らかで繊細な名前の身体に、一つでも傷が付いたら大変だ」
「ひっ……やっ、ぁあ! ぁっ、だいじょ、ぶ……も、どこも、っ痛くな――ひぁあんッ」
「…………そのようだな」
ようやく腰元まで来ていた手が離れ、名前は艶めいた吐息を滲ませつつもホッと安堵した。
だが、自分を淡々と見下ろす鋭い眼差しに、すぐさまその一時は消え、静かに息をのんだ。
少女を射竦める男。
明らかに怒りを露にしている彼は、ゆっくりと諌めるように言葉を紡ぎ出した。
「……オレがどれほど心配したと思っている」
「! ……ごめん、なさい」
「こっちを見ろ」
本気で怒っている。
普段リゾットはその眼光だけに留めることが多いからこそ、珍しいと思うと同時に小さな後悔が彼女の心を萎縮させた。
しかし、逆らえない命令が下されたことで、恐れで逸る鼓動を抑えながらもそろりと顔を上げれば、
「……名前」
「っ」
見えたのは自分への≪憂慮≫。
それを湛えたまま、視線を外すことなく愛しい名前に囁きかける。
「二度と、オレに遠慮などするな。どんなときでも……必ず言うんだ」
真摯な想いの中にある、優しげな声色。
自然と少女は――まるで操られたかのように頷いていた。
ようやく頬を少しばかり綻ばせる男。
そして、口元を上げた彼は、そのまま≪もっとも重要なことを聞くため≫に音を紡ぐ。
「それと……≪検査薬≫を使用したんだろう?」
「!?」
「驚いた顔をしているが、あの机に置いたのはオレだ」
彼女がどう動くか――想定していたのかもしれない。
動揺を見せる名前に対し、リゾットは急かすが如く立て続けに言葉を連ねていく。
「お前のその嬉しさと動揺を交えた反応から判断する限り……陽性、だったんだな?」
――言い逃れはできない。
そう判断し、きゅうと目を瞑りつつ頷く少女。
次の瞬間、あっという間に彼女は腕を引かれ、強く抱き寄せられていた。
「! あのっ」
「やっと……やっと、名前のすべてがオレのモノになってくれたのか……ああ、名前」
「ぁ…………う、ん」
もう一度、小さく縦に動く首。
名前の胸中にあったはずの≪恐怖≫の姿は、もはや存在しない。
やはり自分の予想が間違っていた――久しぶりに笑顔らしき笑顔を浮かべた少女は、逞しい両腕に包まれたままふと男を見上げる。
――え?
すると、眼前には慈愛に満ちた微かな笑み――のはずが、深い赤を湛えたその瞳の奥に唯一渦巻く、≪どす黒い感情≫。
妬心。それを確実に広げながら、ひゅっと息をのんだ名前を見つめ、彼は静かに口を開いた。
「だが、どうしても許せないことがある」
「誰一人、たとえ自分の血を分けた子であっても、≪オレの≫愛しい名前を苦しめることは許さない……許してなるものか」
「……そうだ。お前を苦しめるのなら――」
「――――」
次に放たれた無慈悲な言葉。
どこまでも冷え切った瞳。
鼓膜を劈いていく否定。
少女の身体は、衝撃と恐怖によって再び硬直する。
一方、そんな彼女を案じて、おもむろにベッドへと乗り上げる男。
「ぁっ……」
「名前。わかっているだろう? 名前が不安になってしまわないように毎日欠かさず告げてきた。オレはお前≪だけ≫を」
「ッ」
「愛している」
慌てて自分を押し返そうと胸元に添えられた、ひどく狼狽する名前の左手。
小刻みに震えるそれをすかさず取ったリゾットは、ただ黙々とその薬指の第三関節あたりへ愛おしげに――歪んだ永久を誓うように唇を寄せた。
永遠はオドル
≪二人だけ≫の円舞曲に、誰も踏み込ませはしない。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
お待たせいたしました!
リーダーで『オワラナイ喜劇』の続編でした。
カリン様、リクエストありがとうございました!
以前からフラグは立てていたものの、ますますリーダーが危険な方向へ行っているような……いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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