気まぐれ仔猫はどこまでも
※小悪魔(?)ヒロイン
※ギャグ





「はあ……っはあ……」



あるよく晴れた昼下がり、チームの紅一点である名前は一人アジト内を逃げ回っていた。




「待ちやがれェェエエエエッ!」


男たちのあらゆる魔の手から。

なぜ少女が追いかけられる羽目になってしまったのか――話は、約一時間前に遡る。









「あ、イルーゾォだ!」


「名前……今日も元気だね。オレ、今からコーヒー入れようとしてんだけど……飲む?」


「うんっ、飲む! イルーゾォのコーヒー、美味しくて好きなんだあ!」


よく≪好き≫という言葉を使う名前。

もちろん、嫌いなものに対しては言わないし、言うつもりもない。

ただ好きだから、好きと口に出すだけなのだ。


しかしこれは男だけではないが、ヒトはその発言の中にある≪意図≫に期待を膨らませてしまう悲しき性を持っている。



「ッ……そ、そう?」


「そうだよ?」



照れるな――思わずにやけるイルーゾォの口元。

しかし、おめでたいまでに幸せそうだった彼の思考は、次の瞬間止まることになった。




「あっ」


「? どうかした?」


「私、今ダイエットしてて砂糖控えてるんだった……でも、砂糖なしのコーヒーはさすがに苦いし……」


「ダイエット? 名前は全然する必要ないと思うけどな……じゃあ、紅茶にする?」



そう言って、ティーパックを用意し始める男に、彼女はしゅんと眉尻を下げながら頷く。


「うん……ごめんね? 無理言って」


「はは、気にしないで」


「……あ!」



カップを取り出した途端、再び届いた声。

何事だと振り返れば、ますます申し訳なさそうにした少女が。



「あの……イルーゾォのコーヒーは特別だから、やっぱりコーヒーを飲みたいと思ったり……」


「! う、うん。いいよ」



特別や一番に弱い。

その性分が功を奏したのか、彼はまったく気にしていない様子で首を縦に振った。


ところが――



「あ、でもやっぱり……」


「え!?」


「だ、ダメ……?」



名前の潤んだ瞳に思わず「いいよ」と言ってしまったものの、毎回すべてを替えるため新しい粉とティーパックばかりがシンクに増えていく。

これ以上はもう無理だ――胸中で限界を察したイルーゾォは、覚悟を決めて背後を振り返った。



「名前、ごめん。そろそろどっちかに決め――って、ええッ!?」



すると、どうしたことだろうか。


少女が今にもキッチンを出ていこうとしているのだ。

それも水の入ったペットボトルを手に握って。



「たくさん飲んでね!」



その発言、その笑顔に男はすべてを悟る。

要するに、嵌められたのだ――イタズラ好きな彼女に。


「……、名前ーッ!」










次に、憐れにも標的となってしまったのは、内容が気に入らなかったのか、ソファに座り本を真っ二つにしようとしていたギアッチョ。



「ギアッチョっ!」


「うおッ!? て、テメー、いきなりくっつくんじゃねえよ!」


突如現れた名前と自分との距離の近さに、彼の顔は言うまでもなく紅潮した。

一方、会って早々毒を吐く男に対して、少女は抱きつくことをやめない。



「えへへ、だってギアッチョひんやりしてて、気持ちいいから」


「〜〜ッだからって安易に男の身体にベタベタすんじゃねえ、このボケがッ!」


「えー」



しかし、目を吊り上げつつ「いいから離れろ」と告げられ、不満そうに彼女は唇を尖らせる。


「……じゃあ、もういいよ。ギアッチョなんて嫌いっ」


「なッ」



するり、と手触りの良い布のように消える柔い感触。

自分が言ったにも関わらず押し寄せる口惜しさと、名前から放たれた単語への衝撃で、さすがに悪かったとギアッチョは慌てて手を伸ばした。


――刹那、帰ってきた温もり。


「!」


「なんてね? びっくりした?」


「ッ、テメエエエエエ!!!」


「お、怒らないで? ほんとは……ギアッチョのこと大好きだから」



ピタリ


その音に、喉が静かに上下する。

感情をなんとか抑えるあたり、彼も満更ではなさそうだ。

赤くなった耳を目に留めた少女は嬉しそうにはにかみ、そっと顔を寄せる。


「!?!?」



これは――いわゆる、≪そういうこと≫だろうか。

今にも触れてしまいそうな唇に、動揺した男は咄嗟に目を瞑った、が。



ピトッ


「ん……、?」


覚えたのは、想像していたものとは少し違う、強いて言うなら固めの感触。

不審に思い薄ら瞼を上げれば、眼鏡越しに映った――にこにこ笑う名前と自分の口元付近にある二本の指。



「ふふ、残念でした!」


「(ブチィッ)……クッソ、このアマァアアア!」


期待から羞恥へ変わったゆえか。

純情を弄ばれたゆえか。


いや、その両方に憤怒した瞬間、すぐさま逃亡した彼女から一切視線を外さぬまま、ギアッチョはホワイト・アルバムを身に纏っていた。








その頃、偶然通りかかったペッシの背後へサッと隠れてしまう少女。

当然ながら、彼は驚きで目を丸くするばかり。



「わっ、名前? どうしたんですかい?」


「ペッシ! お願い、助けてほしいの!」


「え?」



いったい何から?

相手が誰かも、追われている理由もわからず、ただただ首をかしげていると、リビングの方からその≪何か≫が迫ってくる。



白い(猫耳)スピードスケーター――ギアッチョだ。



「あ、あとはよろしくねっ?」


「ちょ、ちょっと名前!?」


「ペッシィィイイ! そこをッ、退きやがれェェェエエエ!」


「う……うわあああああ!?」



ドガシャーンッ








どこかから届く轟音を耳に収めつつ、それをもたらした張本人の名前はひょこひょこと歩き続ける。

すると、今日は仕事だったのか、髪をいつものように結ったままのプロシュートが目の前からやってきた。



「ん? よお、名前。えらくご機嫌じゃねえか」


「あ、プロシュート兄貴だ!」


「おう、オレだぜ。……っと、そうじゃなかった。お前、どっかでペッシ見てねえか?」



静かな問い。彼が呟いたそれにしばらく逡巡して見せた彼女は、あっけらかんと答える。



「えっと、さっきギアッチョと≪遊んでた≫よ?」


「遊んでた、だァ? へえ……珍しいこともあるもんだな」



だよねえ。

コクコクと同調するように縦へ振られる首。


そして、交わった視線が合図であったかのように、少女はおもむろに男へと抱きついた。



「ハン。どうしたんだよ、バンビーナ……今日はずいぶん甘えたじゃあねえか」


だが、プロシュートはそう簡単には動じない――むしろ気を抜けば、こちらが引っ掛けられてしまいそうだ。

その危険性はよく把握しているので、すりすりと胸元に頬を寄せ、恍惚とした表情を浮かべる名前。



「んー……やっぱりいい香り〜」


「ほーう……よくお前はそう言うけどよ、そんなにイイか?」



特に香水などを付けているわけでもないのか、眉をひそめながら彼が問いかけてくる。


「うん、そんなにだよ? プロシュート兄貴はね、すごく優しい匂い……この香りを嗅いでると……胸が、きゅうってなるの。病気ではないと思うんだけど」


「! ……名前」


「えへへ、変だよね……どうしたんだろ」


「……」



照れ臭そうに微笑むこの少女に、男は今すぐにでも正体を教えてあげたかった。

それは≪恋≫なのだと。


しかし、自ら気付いてほしいという思いから口にはせず、ただ胸部を擽る髪を大きくも繊細な手つきで撫ぜる。

すると――



「ふふ……プロシュート兄貴に包まれてると、なぜか懐かしくなって、切なくなって……すごく似てるんだ」


「似てる……?」


「うん!」







「私の≪おじいちゃんの匂い≫に!」




ピシリ

言い放たれた瞬間、固まるプロシュート。

作戦成功――にたりと口端を吊り上げた彼女は瞬く間に彼と距離を置き、タッタッと逃げ去ってしまう。


当然、短気という性格に自分が振り回されたという事実が助長されて、ハッと我に返った男がゆらりと己のスタンドを背後に出したのは言うまでもない。








その頃、名前は次なるターゲット――ホルマジオの部屋を訪れていた。



「マジオさん、マジオさん」


「んー? どうしたんだよ、名前」


「実は……」



そこで彼女が少しばかり言いよどむ。

しかし、自分は急いでいるわけでもないので猫と戯れつつ気長に待っていると、不意に鼓膜を震わせた声。



「あのね? 最近、シャワーを浴びてると、はあはあって荒い息がどこからともなく聞こえてきて……怖いから、今から一緒に入ってくれない?」


「(荒い息ってまさか……いやまさか、なあ?)……ほォ、そりゃあ大変じゃねェか……、……ん? 今なんつった?」



フシャーと暴れる飼い猫の鋭い爪を避けていた彼が、最後のフレーズに≪嘘だろ≫と聞き返した。

だが、嘘ではない。


少女は本当に、毎日聞こえる謎の吐息に悩まされているのだ。


「シャワーをね、一緒に浴びてほしいの」





――先に行ってるから。

そう言って微笑み、己の部屋を出て行った名前。


「ったく、しょうがねェな〜〜!」



正直、それに乗ってしまう自分も自分だが、誘ってきたのは彼女の方だ。


そーっとドアを開ければ、浴室に響く水音。

本当にいいのだろうか――かと言って、こんな絶好の機会は滅多にない。


逸る鼓動。熱くなる身体の奥。欲に促された覚悟。


――よッし、邪魔すんぜ……!



一人頷いたホルマジオは、クリーム色のカーテンを勢いよく右へずらし、




「「……ん?」」



シャワーを浴びる少女――ではなく≪変態≫と出逢った。


なぜなら――




「名前ッ……今日はなんて大胆なんだ!」


変態ことメローネも、彼女に誘われていたのである。



つまり、ダブルブッキング。


「やあ、ホルマジオ。今日も良好かい?」


「……」



一つの絶叫がアジト内に轟いた。









そして、現在に至る。



「名前! いい加減、潔くオレらに捕まれ!」


「ハアハア、そうそう。今足を止めたら悪いようにはしないからさッ! オレの腕に、ハアッ、ずっと捕まってなよ……!」


「お、お断りですぅぅうう!」



ぐちゃぐちゃになったアジト。

いくつもの障害物をなんとか越えていく名前。

ただし、この結果は自業自得とも言える――いや、そうとしか言えないだろう。



「……はあっ……はあ」


こうなること、追いかけられることは予想はしていた。

が、さすがに走り続けるのは、一応暗殺者である彼女も辛いらしい。

覚束ない足取り、さらに息も絶え絶えな状態で玄関へと向かう。


そのときだった。




「ただいま」


「! リーダー! おかえりなさい!」



視界の中央を埋めた黒に、少女は今までの疲労感も忘れリゾットの元へと駆け寄る。


「名前? いったいどうしたんだ。ずいぶん汗を掻いてるようだが」



だが、やはり暗殺チームのリーダーなだけあり、着眼点が鋭い。

ほんの少し表情を強ばらせた名前は、それを見せぬようにブンブンと頭を振った。



「ちょっと、≪軽い運動≫をしてただけだよ?」


「ふむ……そうか」


「うん。……あっ、それより! 帰ってきていきなりで申し訳ないんだけど、リーダーに買い物に付き合ってほしいんだあ」



作戦を仕掛ける相手としては最後の砦――リゾットを見上げ、懇願するようにその深みを帯びた瞳を見つめれば。




「買い物? ……まあ、これといった予定はないので構わないが」


「ほんとっ?」


これでしばらくは捕まらないだろう。

パアッと顔色を明るくさせた彼女はくるりと背を向け、外とアジトを繋ぐ扉のドアノブに手をかけた。



「よし! そうと決まれば早速」




「――待て」


「ひにゃっ!?」



ところが次の瞬間、後ろから制止の声が聞こえたと同時に素早く首根っこを掴まれ、両足がぷらーんと少しだけ浮いてしまう。


そう、まるで猫のように。



「リーダー? ど、どうしたの……?」


「名前。隠さない方が懸命だぞ。お前がオレを頼るのは大抵≪問題を起こした≫ときだからな……大方、あいつらに何かしたんだろう?」


「! そ、そんなことな――」


「ハッ! ないとは言わせねえぜ?」



突如響いた第三者の声に、捕まったままなので視線だけを向けると、そこには被害者である六人の男たちが立っていた。

どうしてやろうかとほくそ笑んだり、「拷問」やら「お仕置き」やら怪しい単語を口にしたり――と反応は多種多様だが、男たちの明らかにまともではない眼差しに、さすがの少女もたじろぐ。


一方、地に足は着かせてくれたものの、リゾットも逃がしてくれる気はないようだ。

きょろきょろと目線を彷徨わせる自分を見下ろしながら、彼は淡々と口を開いた。



「最後に何か、言うことはあるか?」


「……」


「…………」


「………………にっ」




「「「「「「に?」」」」」」








「逃げるんだよォ――――!」



刹那、どこかで聞いたことのあるセリフと共に、脱兎のごとくドアを突き破る名前。

アジトに響き渡った仲間の「待て!」という叫び。

背中に焼き付いて離れない、いくつもの足音。



彼女の逃亡劇は、まだまだ始まったばかり。









気まぐれ仔猫はどこまでも
まっしぐらに突き進む、それが信条。




〜おまけ〜



結局、捕獲されてしまいました。


「ううっ、恥ずかしいよぉ……!」



十四の瞳に囲まれた、正座で小さくなる少女――名前。

項垂れる彼女は服の上からではあるものの、縄で口には出せないような縛り方をされている。

ちなみに、それを実行したのはリゾットだが――その手の動きがやけに熟れていることについては、あえて誰もツッコミを入れなかった。


一方、自分の行動にまさか仲間の胸中でさまざまな疑惑が飛び交っているとは露知らず、おもむろに説教を始めるチームリーダー。



「はあ……これで何度目になるんだ。毎回同じ手に引っかかるお前たちもお前たちだが、名前ももう少し修理を要するほど壊されるアジトのことを考え……名前、聞いているのか?」


「っ! き、聞いてる!」



とは言え、脳は眠気を訴え、否応なしに白く霞んでいく。


――はう……ダメ、だ……リーダーの、お小言が、どんどん……子守……唄、に……――



「……」


「大体お前は、もっと暗殺者としての自覚を……名前?」


「…………すぅ」



男たちの耳を劈いた安らかな寝息。

その思いもしなかった態度に、皆が皆ずっこけた。



そんな中、ようやく床から戻ってきたホルマジオが苦笑気味に呟く。



「おいおい、いつの間にか寝てんじゃねェか。ったく、捕縛されたまま熟睡するとか、どこまでマイペースなんだ、この仔猫ちゃんはよォ」


「ん……むにゅ……んん、っ」



ツンツン、と指先で柔らかな頬を一定のテンポでつつけば、身を捩りながら小さく眉を寄せる少女。

その愛らしさにすぐさま反応する男が一人。



「あー、もう! イタズラっ子で小悪魔ちゃんだけど、ほんと可愛いんだから……! よしッ、ここはオレが部屋まで運んで――」


「そーかそーかァ、よっぽど凍らされてえみてえだな、テメーはよオオオオ!」


「ちょっ、ギアッチョ静かにしろって! 名前が起きちゃうから!」


「ハン! こうして大人しく寝てりゃ、可愛いバンビーナなんだがな。普段がじゃじゃ馬すぎて困るぜ……なあ?」


「あはは……そうっすね」



何に怒っていたのかも忘れ、全員が眠りこける紅一点を視界に収めた。

リゾットも、言葉を発するわけではないが、自分たちを覆う空気に少しだけ頬を緩ませている。


まるで春の午後のような雰囲気。


ある種殺伐とした状況を強いられることも多い彼らの間には、珍しく穏やかなそれが広がっていたのであった。



「ところでお前たち、名前の寝顔を見つめるのは一向に構わないが……アジトの修復も忘れるなよ」


「「「「「「……へーい」」」」」」











お待たせいたしました!
暗チと人を振り回すのが好きなヒロインのお話でした。
リクエストありがとうございました!
暗チのみんなが存分に振り回されている様子を、感じていただけたら幸いです。


感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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