workmate RHAPSODY
※同い年ヒロイン
※ほのぼの






仕事がなく、朝寝坊を存分にしたその日。

いまだ重たい瞼を擦りながら、名前はリビングへと向かう。


「……?」



すると、ソファの背の上から飛び出す見慣れたブロンドが目に映り、小さく首をかしげた。



――メローネ?


何をしているのだろうか。

疑問に思いつつも部屋に足を踏み入れた彼女がそっと近付けば、彼は両耳をヘッドフォンで塞いでいる。

右手が置かれているのは、パソコンとしても扱っているベイビィ・フェイス。

そしてそのディスプレイを見つめる瞳は至って真剣だ。



――もしかして、仕事の下準備かな。


「……」



声をかけるのはやめよう。

そう判断した名前は当初の目的である――エスプレッソを飲むためにキッチンへ行こうと、男の背後を通り過ぎる。


だが、光の具合によってそこでようやく見えた≪画面≫に、両足はぴたりと止まってしまった。



「メローネ……あんたねえ」


こぼれるため息。

視界に映り込むのは、頬を赤らめた2Dの可愛い女の子――いわゆるギャルゲーかエロゲーと呼ばれるもののヒロイン。


それを真っ昼間、しかも誰が通るかもわからないリビングでなぜするのだ。


ギアッチョが目撃すれば、一気に室温は低下するだろう。



「……はあ」


とは言え、人の趣味に口を出すつもりも名前にはない。

長年チームで一つの家に暮らしていると、彼らのさまざまな性癖が見えてくるが、それを声を大にして発表する気は当然ながら起きない。


早くエスプレッソ入れに行こ――心の中で独り言ちた彼女は今度こそ前へ進み始めた、が。



「……ハア……ハア」


「(うわ、息まで荒げ出した……)」


「ハアハアッ……いいよ……ベリッシモ、イイ……」








「今すぐ……今すぐにこのセーラー服を、ハア……着せてあげるからね……ッ≪名前≫……!」


「……」



次の瞬間、停止した脳を叩き起したの反応は早かった。

おもむろに脱いだ片方の靴を握り、名前はメローネの後頭部にめがけて――



バシッ


「!」


「ちょっと〜、それはないんじゃない? 強いて言うならさあ、名前のその爪まで丁寧に手入れされた素足でオレの≪ピ――――≫を揉みほぐしてほしいよ」


「……、一応聞くけどこの女の子の名前……偶然だよね?」



明らかに耳を突き刺した放送禁止ワードはあえて無視して、彼女は冷めた眼差しで彼を見下ろす。


一方、やれやれと言いたげに肩を竦めながら、ニヒルに口端を吊り上げる男。


「あはは、偶然でもここまであんたに似てる子はいないでしょ! オレは名前とあんなことやこんなことをするために、このカスタムタイプのゲームを選んだんだからなッ! ちなみに、ジャッポーネ産だぜ?」


「カスタムって……最悪だ。Rが付きそうな奴に、私を巻き込まないでよ。発言、行動すべてが規制音で覆われてるメローネじゃあるまいし」



言わずもがな、もう一度――今度はさらに深いため息が名前の口から吐き出された。

ところが、ゲームを終了させていたメローネは、その言葉に対して心外だと言うかのように、目を丸くする。


翡翠の瞳の奥にあるのは、驚きとぎらついた熱意。



「チッチッ。ディ・モールトわかってないなあ、名前は。オレの思考は≪R指定≫か否かといった短絡的な区切りでは包み隠すことなどできない……崇高たるエロスなんだぜ!?」


「……お願いだからそんな力説しないでよ。言い出したこっちが恥ずかしくなるじゃない」


「恥ずかしい、だと!? ハアハア、見せて……名前が恥ずかし悶えてる姿、ハアッ……もっと見せてくれよ……!」


「(無視)」



このまま話を続ければこちらが疲れそうだ――そう結論付けた彼女は、いまだ何かを叫んでいる彼の目前を淡々と横切った。


メローネと自分は同い年だ。

とは言っても、彼の方が一年先に参入したこともあり、このチーム内では名前のもっとも近い先輩となる。

背後で相変わらず≪妙な信念≫を語っているその男は、仕事だけはきちんと遂行するので最初は尊敬もした。


もちろん、そんな思いはすぐさま当人の言動によって灰と化し、ひどく吹き荒んだ風に飛ばされてしまったのだが。




「あ、もしかしてエスプレッソ飲もうとしてるのかい? オレもオレも!」


「はいはい」



どうせそう言うだろうと思った――喉から出かかった言葉を飲み込んだ彼女は、キッチンへ同行する≪先輩≫に短い返事だけをして、作業に取り掛かる。


しかし、背中を射す視線がどうしても気になってしまう。



「……メローネ、何も用事がないんだったらリビングに戻ってよ。すごくやりづらいから」


「え、ヤりづらい? わかった、わかったよ! ここは名前に≪上≫を譲ろう……!」


「はあ……」



詳細を聞く気にもならず、ため息と共に黙々と手を動かす名前。

溢れ出すコーヒー独特に苦い香り。


漂うそれをしっかり鼻腔で捉えつつ、そのまま彼女の後ろ姿を凝視していたメローネは、あるとき感慨深そうに口を開いた。



「いやあ……女の子はおマセさんってよく言うけどさ、なんというか名前は大人っぽいよね。ディ・モールト、ベネ!」


「……まずおマセとか、もうそんな年齢じゃないから」



むしろ、見た目に反してメローネが少し子どもっぽいんじゃない?

こちらを一瞥して呟かれたその言葉に、ガタッと棚に付いていた肘を勢いよく彼は持ち上げる。



「えっ、えっ? それはオレがあんたに甘えてイイって合図かい!?」


「そうとは言ってないんだけど……そもそも、メローネが甘えるとかあんまり予想したくな――」


「実はさあ、オレの部屋日当たりが少なくてすっげー寒んだよ。だから一緒に布団へ入って、オレの湯たんぽになってくれッ!」


「話を聞きなさい」



白いカップに注がれる黒。

名前が諌めるように注意を促せど、「ゴム諸々用意しとくから!」などとのたまっている男にはもう通用しない。


その後も、ベタベタとくっついてこようとする≪先輩≫をあしらいながら、それぞれマグカップを片手にリビングへ戻ってきた二人。



「……」


かなり上機嫌なメローネが席に着いたのを見計らい、テーブルを挟んで反対側のソファに彼女も腰を下ろす。

すると――



「……、……あのさ、メローネ」


「んー? なんだい? ハッ、も、もしかして……オレとの子ども、できた?」


「ありもしない事実を普通に言わないで。……そうじゃなくて、なんでこっちに来るの」



隣に並ばないよう場所を選んだにも関わらず、なぜかいそいそと横へ来た彼を睨めつけた。

訝しげな視線。


それにさえ「ベネ」と唱えつつ、男はあっけらかんとした様子で質問に答える。



「え? 寒いからだけど?」


「寒いってねえ……あんたは暗殺時も含めて普段のファッションから改めるべきだと思うよ。それに私は今暑いの。だから離れて」


「だが断るッ! オレは今、名前と恋人みたいに過ごしたい気分なんだ!」


「……」



これは言っても離れてくれそうにない――胸中で悟った名前は、まだ湯気が立った状態のエスプレッソを飲み干す。


ひどく熱を帯びているのは、喉だけのはずだ。



「ねえねえ、名前」


「……何?」


「さっき名前は≪オレが甘えるとか予想したくない≫って言ってたけどさ、オレ実は結構あんたに甘えてるんだぜ?」



――は?

見開かれる瞳。

当然、甘えられていたつもりも、甘やかしたつもりもまったくないのだが、突然すぎるカミングアウトに彼女は少なからず動揺していた。



そのとき。



「――と、いうわけで! 膝枕いただきッ!」


「!? あ、ちょっ、こら……っ!」



ボフン

テーブルにカップが置かれた音とその重みに、ハッと我に返ったときにはすでに遅く、口をパクパクとさせる名前に対しメローネは計画通りと言いたげににやりと笑う。



「そういや、なんで頭を乗っけるのは≪太腿≫なのに、腿枕じゃないんだろうな」


「腿枕って……、理由は知らない」


「あはっ、だよねえ。オレも知らないや」



再開する会話。

こちらを覗き込むように見上げる彼によって調子を乱され、今更ながら「退いて」と乱暴な行動にも出られない。


――もういいや……変なところを触ってこない限り、このままにしとこ。


「はあ……いつもこうなんだから」


文句に潜められた別の想い。

もはや諦めの境地に達した心。

それらに従うようにコクッと頷いた彼女は、ふと己の服に広がったブロンドが目に入り、自然と美しいその髪に手を伸ばしていた。


すると、少しばかり驚いたのか、大人しく撫でられている男が苦笑を漏らす。



「ちょっと名前、かなり擽ったいんだけど……もしかしてオレのこと誘ってる?」


「どうして一々そういう発想に至るの……ただ、メローネの髪は綺麗だなって思っただけだよ」



枝毛もなく、キューティクルに満ち溢れた一本一本。


髪型だけが不思議だが――左右アシンメトリーな姿を見下ろしながらただ指だけを動かしていると、不意にマスクで覆われていない翡翠の双眸と視線が重なった。



「まあ、毎朝プロシュートと洗面所を争ってるだけのことはあるよ。でもさでもさ!」


「ん?」


「名前のその自然な感じ、好きだぜ? ベリッシモイイッ!」



思わぬ返事に黙り込んでしまうが、褒められて嫌な気はしない。

だが、メローネの発言がそこで終わるはずもなく。



「だから、今すぐその香り、コシ、触感を堪能しても――」


「絶対いや」



落ちてきた即答。

「冷たいなあ」と楽しげな声。


彼はそう呟きつつ、寝不足なのかあくびを噛み締める。



「ふあーあ。にしても名前の太腿って、居心地、抜群……だよ、ねえ……」


「えっ? ちょ、ちょっと、メローネ?」


「……」


「っ、もう……あんたが起きるまで動けないじゃない」



どれほど毒を吐けども、自分の足を枕にした男からはすでに反応はない。


けれども、「こういうのんびりした日もたまにはいいな」と、微睡んでいるどこまでも自由奔放な男の指通りの良い髪に手を置いたまま、名前は少しだけ口元を緩めたのだった。










workmate RHAPSODY
――唄えや踊れ、自由の歌を。








お待たせいたしました!
メローネで、同年齢ヒロイン(精神年齢は上)とのほのぼの日常でした。
リクエストありがとうございました!
ほのぼの……というよりギャグに近いような気もしますが、そこはTHE変態・メローネさんがお相手ということで許容していただけると幸いです。


感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひclapへお願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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