※携帯擬人化パロ
「名前……起きろ名前」
なかなか布団から抜け出す気になれない朝。
それを助長するように、ゆりかごより心地の良い目覚ましが私の耳を擽る。
「んんっ……だめ……あと5分、いや5時間……むにゃ」
「5時間? オレは構わないが……もう8時になるぞ」
「8時……? あはは、なら起きるのは1時…………って、えええ!?」
当然、まだ寝ていいわけではなく。
≪携帯≫が教えてくれた時間に、私は勢いよく飛び起きた。
目の前では、エプロンを着た私の携帯ことリーダーが苦笑を漏らしている。
「おはよう、名前」
「おはよー……ごめんね? また起こしてもらっちゃった」
「ふ……気にするな。お前を起こすのがオレの仕事だ。朝ごはん、できてるぞ」
「はーい」
寝癖でひどいであろう髪を少しなでたかと思えば、キッチンに戻っていくリーダー。
それを見送った私は、そそくさと着替え始めた。
彼――リーダーの本名はリゾット・ネエロ。
上は真っ黒で、下が白黒で横縞の折り畳み式だ。
可愛らしく伸びるアンテナ(メタリカ)に、少し――いやかなり自己主張気味の保護カバー(頭巾)。
どうやら彼と少し似た配色で、キレやすい後輩くんがいるらしい。
あと、オプションか何かはわからないけど、なぜかムキムキ。
「わあ……! 今日も美味しそう! いただきます!」
「ああ。召し上がれ」
28年という年月の中、研究に研究を重ねた末に世へと出されたこともあり、正直機能的に非の打ち所がない。
それに性格も――
「名前、今日は少し寒いからこっちのコートがいいと思うぞ。あとマフラーも忘れずにな」
「あ、ありがとう! リーダーはほんと優しいね……私が少し甘やかされ過ぎなのかもしれないけど」
「そうだろうか? オレは名前の笑顔が見たいだけなんだが」
「! ……えへへ」
過保護とも言えるが、すべての所作が懇切丁寧。
ドの付く天然さんなのか、たまにきょとんと首をかしげる姿は可愛いし、しかも料理も上手。
しっかりと朝食を平らげた私は、彼に言われた通りマフラーを首に巻きながらスケジュールを見直す。
「えっと、今日は確か……」
「今日は3時から友人と喫茶店だぞ」
「そうだった! リーダー、ありがとー」
満面の笑みでお礼を口遊めば、すぐに「遠慮はいらない」と返ってきて、思わずにやけてしまう。
リーダーは表情筋が少し鈍いものの、思慮深い素敵な私の相棒だ。
同じ研究所で育った仲間はかなり個性溢れる人たちだったらしいけれど、それを束ねていた彼――リーダーに対して、私は特に衝撃を受けることもなかった。
ある≪性能≫を知るまでは。
「トリッシュ!」
「あ、名前!」
「ごめんね? 遅くなっちゃって」
「ううん、気にしないでいいのよ。さ、入りましょ」
午後3時過ぎ。
オススメだという喫茶店に入り、互いにカフェを注文した途端、可愛い友人――トリッシュは目を輝かせつつ私に問いかけてきた。
「ねえ、名前。名前って今、恋人いないわよね?」
「恋人? 今というよりずいぶんいないけどねえ」
「……(ピクリ)」
そう返せば、なぜか私の隣で小さく反応したリーダー。
一方、机越しの彼女はますます表情を明るくするばかり。
どうしたんだろう。
「じゃあよかったら、今度一緒に合コンへ行かない?」
「へっ? 合コン?」
≪合コン≫、つまり合同コンパ。
まったく私には縁のない単語に当然聞き返すと、トリッシュはうんうんと華やかな笑みで頷く。
「ええ。どうかしら……?」
「う、うーん……名前は聞いたことがあるんだけど、行ったことはなくて……どんな人たちなの?」
「……」
そんな会話をしているうちに届いたカフェ。
白いコーヒーカップに恐る恐る口を付けながら、彼女へ質問を投げかけた。
横に座るリーダーがやけに静かだけれど、いつものことなのであまり気にしない。
すると、パッと何かを思いついたようにトリッシュは顔を上げたものの、すぐに目を伏せてしまう。
「写真、見る?」
「え? あるならぜひ見せてほしいけど……」
「もちろんよ。ちょっと待ってね? 今メール送るから」
「うん……って、メール?」
自分たちはこうして顔を合わせているし、画面を見せてくれたらいいんじゃ――
私のそんな思考を察したのか、彼女は携帯をきちんと手入れされた指先で弄りつつ、申し訳なさと怒りを交えた顔色を浮かべた。
「見せた方が早いんだけど……父親が勝手に設定したせいで、アクセス制限が凄まじいのよ。だからパソコンから取ったURLだけ送るわ。……まったくあのカビ親父、娘の交友関係にまで干渉するなっての」
「あはは、なるほどね……たぶんお父さんはトリッシュのことが心配なんだよ」
「……フン、どうだか!」
プスプスと怒ってる姿も可愛いなあ。
頬杖を突き、トリッシュを見つめていると、不意に隣のリーダーが微かに動いた。
≪ロオオオド≫
≪ロオオオオオド≫
着信音だ。
メールを知らせるそのメロディに、彼女はビクリと肩を揺らす。
「! 不思議な着信音ね」
「そう? なんだか可愛くて、結構気に入ってるんだ! ほら、このアンテナもすっごく可愛い!」
「ふーん……名前ってば、ほんと変わってる」
そう言いつつも、友人の穏やかな声音をBGMに、小さく口元を綻ばせた私はリーダーと向き合い、今到着したばかりのメールを開いた。
しかし、
「あれ?」
画面に記されたURLを押せども――繋がらない。
「あら、名前も制限されてるの?」
「ううん。そんなことないはずなんだけど……リーダー、原因わかる?」
「……」
「リーダー?」
無反応。それに少なからず動揺する私。
もしかすると、充電し忘れていたのだろうか。
――なら、仕方ないよね。
「ごめん、トリッシュ。帰ってから見てもいいかな?」
「あたしは構わないけれど……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ……」
たぶん。
じっと見つめてもかち合わないリーダーの瞳。
脳内を過る嫌な予感。
それが一時間後に的中してしまうなど、私はこのとき思いもしていなかった。
「あ、そろそろ行かなきゃ。名前、今日はありがとう……本当に楽しかったわ」
4時過ぎ、おもむろに席を立ったトリッシュに続くように私も立ち上がる。
テーブルには、コーヒーカップとフィルムの乗った白いお皿。
「ううん、私こそありがとう。すごく楽しかった……そうだ、ここのケーキ美味しかったし、買って帰ろうかな……って、あれ!?」
「ど、どうしたの?」
視界に、≪黒≫がない。
おかしい。
少し前までいたのに――どうして?
「いない……」
「え?」
「リーダーがいない!」
トリッシュとの挨拶もそこそこに、私は脱兎のごとく駆け出していた。
一番の候補は、自宅。
けれども――
「いない……っ」
私を迎えたのは、閑散とした空気ばかりで、リーダーの姿は見えない。
胸の中に蔓延る不安。
「……っダメ、ここで弱気になってどうするの」
探さなくちゃ。
散乱した本の中から説明書をなんとか取り出し、パラパラと捲っていく。
そこで目に止まったのは、≪好み≫という場所。
「静かな所……そうだ、確かにリーダーは静かな所が好きだ……静かな所、静かな所」
たとえ機能的に優れていても、彼だって無敵ではない。
もし水に浸かってしまっていたら――そう思っただけでゾッとした。
「! ……水?」
刹那、ふっと浮かんだ一つの候補。
リーダーと一緒に散歩した場所。とても静かな所。
条件と発想が一致した瞬間、私はまた走り出していた。
彼の特徴≪ステルス≫を胸に刻んで――
「っ……リーダー! リーダーどこ!?」
辿り着いたのは、近所の河原。
美しいせせらぎを聞きながら、ただただ叫ぶ。
でも、あの黒い姿は出てこない。
――こうなったら……!
少し、いやかなり恥ずかしいが、リーダーを発見するため、私は深く息を吸い、精一杯声を張り上げた。
「ッきゃあああああ! へ、変なアイマスクをしたブロンドの変態がっ、襲ってく――」
「名前! ……あ」
次の瞬間、今にも人を殺めそうな勢いで右から飛び込んできた大男――リーダーだ。
しかし、その悲鳴が自分をおびき寄せるためだったと悟ったのか、バツの悪そうな表情を見せる彼に、私はすぐさま近付き、
「よかったあ……どこも怪我してない?」
「……、ああ」
屈強な身体をポフポフと触り始めた。
「うん……本当に怪我はない……よし、帰ろ?」
私たちの家に。
そういう想いを込めて呟けば、動揺を潜めた瞳がこちらを凝視してきた。
「怒らないのか?」
「え? 怒るわけないよ。だって、ちゃんと説明書を読んでなかった私の不注意だもん」
まさか≪ステルス≫――姿を隠しちゃう機能もあるなんてねえ。
さすがリーダー。
ケラケラと笑う私に、しばらく呆気にとられていた彼は、ようやくふっと頬を緩ませて――
「……名前」
突然私の手を握り、引き寄せた。
「わわっ」
傾く身体。
でも、嫌な気はまったくしない。
リーダーの手、すごく温かい。
「……ところで」
「ん?」
「行くのか? その……合コンとやらには」
「断っちゃった」
言葉を紡ぎ出すと、丸くなる目。
トリッシュには本当に申し訳なかったんだけど――「気にしないで、また今度行きましょ」って言ってくれたし、よかった。
「でも、どうして繋がらなかったんだろう……?」
「……」
二人仲良く帰路に着きながら、ふと疑問に思った私はぽつりと呟く。
黙り込むリーダー。
けれども、寡黙な携帯の彼が静かなのはいつものことで――まさか、彼自身が≪メタリカ≫という機能でサイトへと繋がるリンクを内側から切っていたとは、私は知る由もないのだった。
ステルス携帯の憂鬱
持ち主が隙アリなら、過保護にもなる……?
〜おまけ〜
「だがオレも、腹を括らなければならないな」
放たれた自嘲気味の言葉。
その真意を問うように視線を向ければ、切なげな眼差しと目が合う。
トクリ、と跳ねる心の臓。
「携帯とて、どれほどお前のように大事に扱ってくれても最後は消耗品だ。バッテリーも食う他、今はスマートフォンなどもある。持って十年、とはわかっているんだ」
「ッ、リーダー……」
十年?
そんなの――嫌だよ。
ギュウッ
「! 名前?」
「バカ。リーダーの大バカ。十年なんて区切らないでよ……私はリーダー以外もう考えられないし、スマホに替えるつもりもないよ? だから、もしリーダーが嫌って言っても……私は絶対に、意地でも手放してやらないんだから」
「……本当か?」
上から降ってくる彼の確認に頷くと、もう一度耳を掠める声。
「オレはお前の携帯で、いられるのか?」
「……ふふ。うん、本当だよ?」
「じゃあオレたちは、ずっと≪一人と一機≫なんだな?」
「……、……うん?」
「名前は男と付き合うことも、世間一般に言われる≪彼氏≫とやらを一切この家に招くことも、どこかへ嫁ぐこともなく――つまり、結婚しないでいてくれるのか!?(迫真)」
「け、結婚!? 突飛だなあ……えと、それは……」
「それは?」
どうしてそっちの方向に行ったんだろう。
ちらりと見上げれば、先程とは違ってやけに瞳をぎらつかせたリーダーがいる。
――うーん……。
そして、いつの間にかしっかりと二本の腕に抱かれていることに気付かぬまま、少しだけ眉尻を下げた私はおずおずと口を開いた。
「えっと、リーダー……それはさすがに、ね? 親も心配するだろうし、一生独身なのはちょっとだけ寂しい――って、わああああっ! リーダーごめん! 今はリーダーがいるから全然寂しくないし! まだそんな予定、まったくないから姿消さないで……!」
かなり過保護で独占欲の強い携帯電話と、その契約者の少女。
彼らの楽しい(?)生活は、まだ始まったばかりだ。
お待たせいたしました!
リーダーで携帯擬人化パロでした。
式様、リクエストありがとうございました!
このパロもご好評いただき、いつの間にかもう第4弾……いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひお願いいたします!
Grazie mille!!
polka
>
「名前……起きろ名前」
なかなか布団から抜け出す気になれない朝。
それを助長するように、ゆりかごより心地の良い目覚ましが私の耳を擽る。
「んんっ……だめ……あと5分、いや5時間……むにゃ」
「5時間? オレは構わないが……もう8時になるぞ」
「8時……? あはは、なら起きるのは1時…………って、えええ!?」
当然、まだ寝ていいわけではなく。
≪携帯≫が教えてくれた時間に、私は勢いよく飛び起きた。
目の前では、エプロンを着た私の携帯ことリーダーが苦笑を漏らしている。
「おはよう、名前」
「おはよー……ごめんね? また起こしてもらっちゃった」
「ふ……気にするな。お前を起こすのがオレの仕事だ。朝ごはん、できてるぞ」
「はーい」
寝癖でひどいであろう髪を少しなでたかと思えば、キッチンに戻っていくリーダー。
それを見送った私は、そそくさと着替え始めた。
彼――リーダーの本名はリゾット・ネエロ。
上は真っ黒で、下が白黒で横縞の折り畳み式だ。
可愛らしく伸びるアンテナ(メタリカ)に、少し――いやかなり自己主張気味の保護カバー(頭巾)。
どうやら彼と少し似た配色で、キレやすい後輩くんがいるらしい。
あと、オプションか何かはわからないけど、なぜかムキムキ。
「わあ……! 今日も美味しそう! いただきます!」
「ああ。召し上がれ」
28年という年月の中、研究に研究を重ねた末に世へと出されたこともあり、正直機能的に非の打ち所がない。
それに性格も――
「名前、今日は少し寒いからこっちのコートがいいと思うぞ。あとマフラーも忘れずにな」
「あ、ありがとう! リーダーはほんと優しいね……私が少し甘やかされ過ぎなのかもしれないけど」
「そうだろうか? オレは名前の笑顔が見たいだけなんだが」
「! ……えへへ」
過保護とも言えるが、すべての所作が懇切丁寧。
ドの付く天然さんなのか、たまにきょとんと首をかしげる姿は可愛いし、しかも料理も上手。
しっかりと朝食を平らげた私は、彼に言われた通りマフラーを首に巻きながらスケジュールを見直す。
「えっと、今日は確か……」
「今日は3時から友人と喫茶店だぞ」
「そうだった! リーダー、ありがとー」
満面の笑みでお礼を口遊めば、すぐに「遠慮はいらない」と返ってきて、思わずにやけてしまう。
リーダーは表情筋が少し鈍いものの、思慮深い素敵な私の相棒だ。
同じ研究所で育った仲間はかなり個性溢れる人たちだったらしいけれど、それを束ねていた彼――リーダーに対して、私は特に衝撃を受けることもなかった。
ある≪性能≫を知るまでは。
「トリッシュ!」
「あ、名前!」
「ごめんね? 遅くなっちゃって」
「ううん、気にしないでいいのよ。さ、入りましょ」
午後3時過ぎ。
オススメだという喫茶店に入り、互いにカフェを注文した途端、可愛い友人――トリッシュは目を輝かせつつ私に問いかけてきた。
「ねえ、名前。名前って今、恋人いないわよね?」
「恋人? 今というよりずいぶんいないけどねえ」
「……(ピクリ)」
そう返せば、なぜか私の隣で小さく反応したリーダー。
一方、机越しの彼女はますます表情を明るくするばかり。
どうしたんだろう。
「じゃあよかったら、今度一緒に合コンへ行かない?」
「へっ? 合コン?」
≪合コン≫、つまり合同コンパ。
まったく私には縁のない単語に当然聞き返すと、トリッシュはうんうんと華やかな笑みで頷く。
「ええ。どうかしら……?」
「う、うーん……名前は聞いたことがあるんだけど、行ったことはなくて……どんな人たちなの?」
「……」
そんな会話をしているうちに届いたカフェ。
白いコーヒーカップに恐る恐る口を付けながら、彼女へ質問を投げかけた。
横に座るリーダーがやけに静かだけれど、いつものことなのであまり気にしない。
すると、パッと何かを思いついたようにトリッシュは顔を上げたものの、すぐに目を伏せてしまう。
「写真、見る?」
「え? あるならぜひ見せてほしいけど……」
「もちろんよ。ちょっと待ってね? 今メール送るから」
「うん……って、メール?」
自分たちはこうして顔を合わせているし、画面を見せてくれたらいいんじゃ――
私のそんな思考を察したのか、彼女は携帯をきちんと手入れされた指先で弄りつつ、申し訳なさと怒りを交えた顔色を浮かべた。
「見せた方が早いんだけど……父親が勝手に設定したせいで、アクセス制限が凄まじいのよ。だからパソコンから取ったURLだけ送るわ。……まったくあのカビ親父、娘の交友関係にまで干渉するなっての」
「あはは、なるほどね……たぶんお父さんはトリッシュのことが心配なんだよ」
「……フン、どうだか!」
プスプスと怒ってる姿も可愛いなあ。
頬杖を突き、トリッシュを見つめていると、不意に隣のリーダーが微かに動いた。
≪ロオオオド≫
≪ロオオオオオド≫
着信音だ。
メールを知らせるそのメロディに、彼女はビクリと肩を揺らす。
「! 不思議な着信音ね」
「そう? なんだか可愛くて、結構気に入ってるんだ! ほら、このアンテナもすっごく可愛い!」
「ふーん……名前ってば、ほんと変わってる」
そう言いつつも、友人の穏やかな声音をBGMに、小さく口元を綻ばせた私はリーダーと向き合い、今到着したばかりのメールを開いた。
しかし、
「あれ?」
画面に記されたURLを押せども――繋がらない。
「あら、名前も制限されてるの?」
「ううん。そんなことないはずなんだけど……リーダー、原因わかる?」
「……」
「リーダー?」
無反応。それに少なからず動揺する私。
もしかすると、充電し忘れていたのだろうか。
――なら、仕方ないよね。
「ごめん、トリッシュ。帰ってから見てもいいかな?」
「あたしは構わないけれど……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ……」
たぶん。
じっと見つめてもかち合わないリーダーの瞳。
脳内を過る嫌な予感。
それが一時間後に的中してしまうなど、私はこのとき思いもしていなかった。
「あ、そろそろ行かなきゃ。名前、今日はありがとう……本当に楽しかったわ」
4時過ぎ、おもむろに席を立ったトリッシュに続くように私も立ち上がる。
テーブルには、コーヒーカップとフィルムの乗った白いお皿。
「ううん、私こそありがとう。すごく楽しかった……そうだ、ここのケーキ美味しかったし、買って帰ろうかな……って、あれ!?」
「ど、どうしたの?」
視界に、≪黒≫がない。
おかしい。
少し前までいたのに――どうして?
「いない……」
「え?」
「リーダーがいない!」
トリッシュとの挨拶もそこそこに、私は脱兎のごとく駆け出していた。
一番の候補は、自宅。
けれども――
「いない……っ」
私を迎えたのは、閑散とした空気ばかりで、リーダーの姿は見えない。
胸の中に蔓延る不安。
「……っダメ、ここで弱気になってどうするの」
探さなくちゃ。
散乱した本の中から説明書をなんとか取り出し、パラパラと捲っていく。
そこで目に止まったのは、≪好み≫という場所。
「静かな所……そうだ、確かにリーダーは静かな所が好きだ……静かな所、静かな所」
たとえ機能的に優れていても、彼だって無敵ではない。
もし水に浸かってしまっていたら――そう思っただけでゾッとした。
「! ……水?」
刹那、ふっと浮かんだ一つの候補。
リーダーと一緒に散歩した場所。とても静かな所。
条件と発想が一致した瞬間、私はまた走り出していた。
彼の特徴≪ステルス≫を胸に刻んで――
「っ……リーダー! リーダーどこ!?」
辿り着いたのは、近所の河原。
美しいせせらぎを聞きながら、ただただ叫ぶ。
でも、あの黒い姿は出てこない。
――こうなったら……!
少し、いやかなり恥ずかしいが、リーダーを発見するため、私は深く息を吸い、精一杯声を張り上げた。
「ッきゃあああああ! へ、変なアイマスクをしたブロンドの変態がっ、襲ってく――」
「名前! ……あ」
次の瞬間、今にも人を殺めそうな勢いで右から飛び込んできた大男――リーダーだ。
しかし、その悲鳴が自分をおびき寄せるためだったと悟ったのか、バツの悪そうな表情を見せる彼に、私はすぐさま近付き、
「よかったあ……どこも怪我してない?」
「……、ああ」
屈強な身体をポフポフと触り始めた。
「うん……本当に怪我はない……よし、帰ろ?」
私たちの家に。
そういう想いを込めて呟けば、動揺を潜めた瞳がこちらを凝視してきた。
「怒らないのか?」
「え? 怒るわけないよ。だって、ちゃんと説明書を読んでなかった私の不注意だもん」
まさか≪ステルス≫――姿を隠しちゃう機能もあるなんてねえ。
さすがリーダー。
ケラケラと笑う私に、しばらく呆気にとられていた彼は、ようやくふっと頬を緩ませて――
「……名前」
突然私の手を握り、引き寄せた。
「わわっ」
傾く身体。
でも、嫌な気はまったくしない。
リーダーの手、すごく温かい。
「……ところで」
「ん?」
「行くのか? その……合コンとやらには」
「断っちゃった」
言葉を紡ぎ出すと、丸くなる目。
トリッシュには本当に申し訳なかったんだけど――「気にしないで、また今度行きましょ」って言ってくれたし、よかった。
「でも、どうして繋がらなかったんだろう……?」
「……」
二人仲良く帰路に着きながら、ふと疑問に思った私はぽつりと呟く。
黙り込むリーダー。
けれども、寡黙な携帯の彼が静かなのはいつものことで――まさか、彼自身が≪メタリカ≫という機能でサイトへと繋がるリンクを内側から切っていたとは、私は知る由もないのだった。
ステルス携帯の憂鬱
持ち主が隙アリなら、過保護にもなる……?
〜おまけ〜
「だがオレも、腹を括らなければならないな」
放たれた自嘲気味の言葉。
その真意を問うように視線を向ければ、切なげな眼差しと目が合う。
トクリ、と跳ねる心の臓。
「携帯とて、どれほどお前のように大事に扱ってくれても最後は消耗品だ。バッテリーも食う他、今はスマートフォンなどもある。持って十年、とはわかっているんだ」
「ッ、リーダー……」
十年?
そんなの――嫌だよ。
ギュウッ
「! 名前?」
「バカ。リーダーの大バカ。十年なんて区切らないでよ……私はリーダー以外もう考えられないし、スマホに替えるつもりもないよ? だから、もしリーダーが嫌って言っても……私は絶対に、意地でも手放してやらないんだから」
「……本当か?」
上から降ってくる彼の確認に頷くと、もう一度耳を掠める声。
「オレはお前の携帯で、いられるのか?」
「……ふふ。うん、本当だよ?」
「じゃあオレたちは、ずっと≪一人と一機≫なんだな?」
「……、……うん?」
「名前は男と付き合うことも、世間一般に言われる≪彼氏≫とやらを一切この家に招くことも、どこかへ嫁ぐこともなく――つまり、結婚しないでいてくれるのか!?(迫真)」
「け、結婚!? 突飛だなあ……えと、それは……」
「それは?」
どうしてそっちの方向に行ったんだろう。
ちらりと見上げれば、先程とは違ってやけに瞳をぎらつかせたリーダーがいる。
――うーん……。
そして、いつの間にかしっかりと二本の腕に抱かれていることに気付かぬまま、少しだけ眉尻を下げた私はおずおずと口を開いた。
「えっと、リーダー……それはさすがに、ね? 親も心配するだろうし、一生独身なのはちょっとだけ寂しい――って、わああああっ! リーダーごめん! 今はリーダーがいるから全然寂しくないし! まだそんな予定、まったくないから姿消さないで……!」
かなり過保護で独占欲の強い携帯電話と、その契約者の少女。
彼らの楽しい(?)生活は、まだ始まったばかりだ。
お待たせいたしました!
リーダーで携帯擬人化パロでした。
式様、リクエストありがとうございました!
このパロもご好評いただき、いつの間にかもう第4弾……いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひお願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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