刻むAutomatic KISS
※嫉妬甘
※兄貴落ち





日差しが差し込む暖かな部屋にて。

ベッドへ仰向けに寝転んだ名前は、手に掲げた雑誌をじーっと睨んでいた。



「うーん……プレゼント、か」



恋人への贈り物。

それを贈り慣れ、さらには貰い慣れているであろう恋人を思い浮かべ、図らずともため息が漏れる。


かく言う彼女自身も、男――プロシュートから付き合う前も付き合って以降も、ことあるごとにプレゼントを贈られていたのだ。


「プロシュートは……何が欲しいんだろ」



花に始まり、バッグや香水。

自分が遠慮してしまわないよう、ほどほどにリーズナブルなモノを贈るところがまた憎い。

彼の方法に沿って、名前も香水を購入しようとも考えたが、いかんせん本人はその代物を付けたがらない。


ではなぜ自分には贈るのか――それを指摘すれば、プロシュートは鼻で笑い、


「ハン、んなこと気にしてたのか? 付けねえのは、オレのポリシーなだけなんだが……それによ、こうして抱きしめりゃ、お前はオレの好みの香りを纏うし、オレもその香りを共有できる。どうだ? わざわざ付けなくてもいいだろ?」



と、ハグのオプション付きで飄々と返されてしまった。




「っ/////ぐぬぬぬ……」


そのときのことを思い出したのか、顔を真っ赤にしながら唸る、成人済みとはなかなか認めてもらえない少女。

どうにかして、恋人をあっと驚かせると同時に、これまでにないほど喜ばせたい。


そんな想いが行動に直結し、彼女は参考にもならない雑誌を勢いよく放り投げた。



「仕方ないっ……誰かに相談しよう」


暗殺チームは、自分を除いてある種むさ苦しい男たちの集団だ。

中には見返りを求める輩もいるので避けたかったが、目的達成のためだ、致し方あるまい。



「プロシュートをよく知ってるのはペッシだけど……んー、一番≪漢≫って感じなのはホルマジオだよね……リーダーは≪どれも喜ぶ≫とか言いそうだし」



ベッドのそばでへしゃげた憐れな本には見向きもせず、ドアを開け、廊下を歩き出す名前。


しばらくしてリビングに辿り着くと、今日は珍しく静寂に満ちていた。

皆、部屋にいるのだろうか――脳内で浮上した推測に肩を落とし、踵を返そうとしたその矢先、ソファの背から見えた人影。



「? 誰だろう……、ゲッ!」


音を立てないように覗き込めば、そこで居眠りをしていたのはメローネだった。


彼女にとって、色々な面で避けたいナンバーワン。

チームのメンバーとして彼が嫌いなわけではないが、なんせ最上級の変態である(上級下級があるかは別として)。

男がもたらすセクハラや夜這いに、泣いたことも少なくはない。



「……やっぱり自分で考えよ」


ぽつりと言葉が呟かれる。

音となった己の考えに小さく頷いた名前は、今度こそ部屋を出ようと足を動かした、が。



ガシィッ


「ぴぎゃっ!?」



突如、無防備だった腕を掴まれ、驚きのあまり妙な反応をしてしまった。

すると、下から届くからかうような笑声。



「あはは、変な声だなあ……、で? オレじゃダメな理由でもあるワケ?」


「め、メローネ……」


「相談なら、オレも聞くけど?」



なぜこいつは、自分がリビングへ来た理由を知っているのだろうか。

言わずもがな引きつる表情筋。


しかし、残念ながら見逃してくれそうにもないので、起き上がり男が嬉々として空けたそのスペースにおずおずと腰を下ろす。



「さあ! 迷える子羊よ……このメローネ兄さんに思いの丈をぶちまけてごらん!」


「……、プロシュートのプレゼントをさ、考えてるんだけど」


動きが仰々しいのは、この際無視しよう。


一つ一つゆっくりと紡ぎ出せば、考える仕草を見せるメローネ。



「ふーん、プロシュートのねえ……香水とか、付けないんだっけ」


「うん、そうみたい」


「じゃあネクタイピンは?」


「それも一瞬考えたけど、プロシュートって滅多にネクタイしないでしょ? 任務以外は特に」



そう口にしてから、名前は自分のセンスのなさを心の中で嘆いた。

たとえ受け取ってもらえても、使われないのは悲しい。


一方、彼女の言葉を耳にした彼は、改めて脳を働かせ始める。



「んー……あ、バラはどうだい? 白とか黄色とか」


「……、……メローネ、あんた本気で言ってる? それって、父の日でよく贈る色じゃない……!」


「あはっ、さすがにバレたか」


てへぺろと舌を出す男。


親身になってくれているのか、ふざけているのかわかりづらすぎる。

実際正解がどちらなのか――彼の胸中は理解できないが、とにかく話にならない。


――メローネには悪いけど……やっぱり自分で考えよう。


ふう、と今日何度目かのため息をつき、名前がおもむろに立ち上がった刹那。



「……あ。そういえばプロシュート、少し前だけど言ってたな……欲しいもの」


「! 何!? それを先に言ってよっ」


メローネが平然と放った単語に、すぐさまソファへと逆戻りした。

彼女のその食いつきようにあっけらかんと笑ってから、男は口を開く。



「腕時計」


「うで、どけい?」


「そうそう。任務のときに、勢い余ってターゲットを素手でぶっ飛ばしたら、そのせいで壊れたんだってさ……意外かい?」


「いや……そうじゃないけど」



首を横へ振りながら否定を示し、神妙な表情で考え込む名前。


プロシュートの身に着けていたものだ、高いに決まっている。

だが、自分とて生半可な覚悟で少ない給料を貯めてきたわけではない。


心はすでに、決まっていた。


「よし、決めた。プレゼントは腕時計にする……!」


「即決だねえ」


「≪買う≫と思ったなら、だよ。……でも待って」



目的のモノは定まったが、問題はまだ残っている。

店への交通手段――≪アシ≫がないのだ。

再び暗くなった顔色に察したのだろう。やれやれと肩を竦めたメローネが、


「……バイク、乗せてってあげようか?」


と不意に思いついた提案を紡ぎ出した。



「え……ほ、ほんと!?」


「うん。ほら、行くの? 行かないの?」


「あ、えと、行く……!」



席を立った彼を追うように、足を床へと着ける。


それから一旦部屋へと戻った彼女は財布を取り、すでにバイクの前に来ていた男の元に走り寄った。



「ごめんっ、お待たせ!」


「気にしないでいいよ、オレも今来たとこ……って、なんだかデートみたいだね」


「……殴るよ?」


「冗談だって」



冷めた視線を送る名前にヘラヘラと謝りつつ、後ろへ座ることを促すメローネ。


二人分の体重で揺れるバイク。

ところが、座席へちょこんと跨った彼女に対して、思わずため息が溢れる。


「?」


「名前……君さ、バイクを自転車か何かと一緒にしてない?」


「え? いや、別にしてないけど……」


「あのね、オレの腰にそのずっと頬擦りしたくなる滑らかで細い腕を回さなくてどうすんのさ。発進した瞬間、名前後ろに吹っ飛んじゃうよ?」


「!?」



つまり、身体を密着させなければならないということ。

その事実に名前はこれでもかと言うほど目を見開いた。


恋人でもない男とくっついていいものか――と迷う心。

しかし目的を達成するためだ。

自分の中の恥ずかしさより、恋人の喜ぶ顔がどうしても見たい。



「……変なことしないでね?」


「んー? 変なことってなんだい? あ、そうだ。赤信号の間に、名前の指先から肘までをペロペロ舐めていくのも……わかったわかった。そんなことしないから、行くよ?」


「もう……、お願いします」


恐る恐るだが、目の前にいる彼の腹部へ腕を回し、意外に広い背へそっと額を押し当てる。

――メローネあったかい……って、何考えてるの私!


自然と心に浮かんだ思考を叱咤しながら、彼女はバイクが動き出したことで生まれた振動に身を委ねた。



「……名前?」


その光景をアジトの窓からプロシュートが目撃していたとは知らずに。










「ふふ、プロシュート気に入ってくれるかな……」


「ご機嫌だねえ」



数時間後、鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌な名前の手には、小さな紙袋がぶら下がっていた。

自分にお礼を言って、アジトへ向かう彼女の背を見つめながら、メローネは深い笑みを湛えて話しかける。


「ねえ名前、どうせならオレと――」


「断る」


「あっれー? まだ何も言ってないんだけどな」



残念。

そう呟いた彼を振り返り、呆れの表情に見せる名前。


嫌な予感しかしないから断る――そんな言葉を紡ぎ出そうとした、そのときだった。


カツン



「へえ……ずいぶん楽しそうじゃねえか」


「! ……プロシュート」


突然響いた声。

そちらへ目を向ければ、腕を組みニヒルに笑うプロシュートが。


だが、その瞳からは明らかに≪苛立ち≫が窺え、「まずい」と二人は内心で悟る。



「……あは、オレお先っと」


「え!? ちょっ――」


「名前、お前はここにいろ」



そそくさとアジトへ帰ってしまったメローネへ視線を向けようとした途端、恋人に腕を掴まれてしまった。

じんわりと押し寄せる痛み。

かと言って、離してとも言えない。

彼と何か疚しいことをしたわけではないが、現れた罪悪感に思わず俯くと、ますます怒りのこもった声が降りかかってくる。


「……メローネとどっか行ってきたみたいだな」


「そ、それは……」


「いいぜ、何をしてたかは聞かねえよ。大体予想はついてる……だが、白昼堂々することじゃあねえよなァ? おい」


「っ」



まるで浮気を咎めているような口ぶり。

刹那、心を占めるのは彼への配慮が足りなかったという反省と、頭ごなしに言われていることへの悲しみ。


気が付けば、名前は弱々しい声でプロシュート、と恋人の名前を呟いていた。



「あ?」


「私のこと、そんなに信用できないの……?」


「……名前、お前なあ。そうとは言ってねえだろ。オレは立ち回りをもっと上手くしろって言いてえんだよ。隠し事はちゃんと隠せ」


「……ッ」



要するに、疑っているのではないか。

彼のさまざまな感情を混在させた声色に、彼女はきゅうと胸が締め付けられるのを感じ、瞼を閉じる。


――確かに疑われることだったかもしれない……けど私には、プロシュートしかいないのに……っ。


その想いが脳内を支配した次の瞬間、腕を振り払った名前は持っていた紙袋を男の胸元に押し付け、アジトへ走り出していた。



「おわッ、おい何寄越して……名前!?」


悪いのは自分。

けれども、もう少し信用してほしいのだ。


想いが先行してひどい言葉を吐き出してしまわないためには、プロシュートから離れる以外、術が見つからなかった。











その後、戻っていた仲間たちの間をすり抜け、自分の部屋に入った途端、ベッドの隅で布団にくるまった名前。

口からは、自分への罵倒だけが飛び出している。


「ばか……っ私のばか……」



軽率な行動もそうだが、それ以上に押し寄せるのはプレゼントへの後悔。

贈り物であるあの腕時計は、あんな風に――感情に任せて渡したくはなかった。



「バカバカバカ……っ」


見た目は豪快でありながら箇所によっては繊細なデザイン。

利便性も高い。

ぴったりだと思ったモノを、いきなり押し付けたのだ。


彼はあれを落としてしまったかもしれない。

もしかすると――いや、もしかしなくともプレゼントは壊れただろう。



「っ、……」


今にも涙腺から分泌されそうな液体。

それを必死に抑えるため、強く下唇を噛んでいると――



コンコン


「!」



突然ノック音が耳を劈いた。


「名前、オレだ」


「……」



そして次に届く、恋人の先程とは別の色を交えたテノール。

だが、自らドアを開ける気にはなれない。


すると、彼女の胸中を察したのか、ガチャリと扉の動く音が聞こえ、背後に人の気配を感じた。



「……悪かった。らしくねえだろうが、お前とメローネが出て行くとこを見て、カッとなっちまったんだ……詳細はメローネに聞いた。本当に悪い」


「いいよ、もう。悪いのは私なんだし」


「……、……名前」



今度こそ眼球を覆う水分。

自己嫌悪を隠すように、体育座りをした膝へと顔を埋めた瞬間――



「ッ」


ベッドが軋んだと同時に、身体を何か温かいものに包まれる。

その正体はよく知っていた。


どうして――今は一人にしてほしいと、少しばかり顔を上げれば、視界に映ったプロシュートの左手首。


そこには、自分が確かに選んだ腕時計が。



「これ、似合ってるか?」


「……ムカつくぐらい似合ってる」


「そうか、安心したぜ」



本当に安堵を打ち明けるように、彼が小さく笑う。

それから、今も視線を落としている名前に対し、男はもう一度彼女の名を呼んだ。


「なあ名前」


「今度は何?」









「今、何時か教えてくれ」


「へ?」


「秒針まできっちりと読めよ」



思いもしなかった要望。

いったい、何をしたいのだろうか。

しかし、頼まれたものは仕方がないと、彼女は時計を一瞥して呟く。


「……3時17分45秒」


「ああ、そうだな」


「?」



頭上に浮かぶクエスチョンマーク。


ところが、プロシュートはそれをかき消そうともせずに、名前を後ろから抱きしめながら再び口を開いた。



「名前」


「ッ、何回も呼ばな――」


いで。

振り返りながら紡ごうとしたその願いは、突如重なった唇によって飲み込まれてしまった。


驚きで口を開けていたせいか、すぐに差し込まれる彼の舌。


「んっ、ふ……ぁ、んん……!」


丹念にねぶられる歯列、上顎、舌下。

その急すぎる濃厚なキスに、対処しきれない唾液が口端から首筋へ伝う。


「っ、ん……、はっ、はぁっ……」



どれほどの時が経ったのか――窒息寸前で朦朧とした意識下ではわからない。

乱れた息、潤んだ瞳のまま男を見上げれば、自分が映り込んだ美しい蒼の瞳。


そして、ゆっくりとプロシュートの口から音が紡がれる。



「3時19分27秒、仲直りのキスだな」


「!」


そう言って、彼は珍しくあどけない笑みを浮かべた。

刹那、意地を張っていた心が萎んでいく。



「……プロシュートの、バカ」


「ハン、他の奴に言われると癪に障るが、お前になら悪くねえ」


「もう……そういうこと言わなくていい、っん!」


再び妨げられる呼吸と会話。

どれほど睨みつけても、返ってくるのは笑みばかり。


二人の間に、わだかまりはもうない。



「大切にすっからな」


「……当然。ターゲット殴って壊したりなんかしたら、もう絶対に口利かないから」



なんだ、知ってたのか――苦虫を噛み潰したような顔をすれば、名前がクスリと笑声をこぼす。

その仕返しと言うかのように、彼女のこめかみへキスを贈りながら、プロシュートはおもむろに感謝の気持ちを口にするのだった。



「グラッツェ、名前」


「……プレーゴ」









刻むAutomatic KISS
外れても歯車を噛み合わせれば、再び刻み出す。




〜おまけ〜



「やあ、名前」


翌日、名前がソファで読書をしていると、突然メローネが顔を出した。



「……メローネ」


「いやあ、仲直りできたみたいでホッとしたよ」


「あ……うん、まあ……ありがと」


「どういたしまして。でもオレは、言葉よりもっと欲しいモノがあるんだけどなー」



欲しいもの?

首をかしげた彼女が顔を上げた瞬間、間近にあったのはずいぶん唇を尖らせた彼の顔。


「名前、んーっ」


「え、ちょっ――」



ガシッ


「よお、メローネ……名前に何してんだ? え?」



次の瞬間、恋人から引き離すように、額に青筋を立てたプロシュートがメローネの頭を左手で鷲掴みにした。

その手首に煌く時計に、名前は嬉しそうに破顔する。


だが、今にも脳みそが潰されそうな男にとっては、それどころではない。



「あはは……プロシュート、どうかした?」


「ハッ、しらばっくれる気か。ならこっちもそれ相応のことはしねえとなあ? つっても、もう時計は壊したくねえし……利き腕でぶちのめしてやるよ」


「え、ちょ、いだだだだだッ! あっ、でもベネ……!」



般若のような顔の恋人と、なぜか恍惚とした表情の変態。

その後、一人だけ戻ってきたプロシュートのやけにスッキリといった様子に、彼女が首をかしげたのは言うまでもない。












大変長らくお待たせいたしました!
兄貴落ちで、兄貴がメローネに嫉妬するお話でした。
深様、リクエストありがとうございました!
兄貴が身に着けているものは高そうだな、というイメージの元書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?


感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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