Kiss・in・the・Dark


※連載「Uno croce nera...」のヒロイン
※甘
※微々裏







ライトブルーのデニムシャツ。

爽やかな夜風にたなびく、一纏めにした艶やかな黒髪。

そして、白レースのあしらわれたマキシスカートをふわりと揺らしながら、名前は上機嫌で街灯のみが照らす道を歩いていた。

彼女の細く小さな左手を離さないよう、しっかりと握りしめているのは――恋人であるリゾット。


連れ添って前を進む二人は、いわゆる≪デート≫をしていた。



「ふふ、映画館だなんて何年ぶりだろう……実はこの映画、すごく気になっていたんです……!」


「そうか……それはよかった」



こちらを見上げ、歓心を精一杯に表現する少女。

その、花が咲いたような笑みに、リゾットもふっと顔を綻ばせる。


――≪幸せ≫だ。

届く体温、脈動、生命――名前の存在を確かめようと手に力を込めつつ、彼女と出逢うまでは感じられることのなかった安らぎに浸っていた。


だからこそ、この映画デートへ至るまでの経緯は決して告げられない。



「(以前、名前と映画で盛り上がっていたイルーゾォから無理矢理聞き出したとは……さすがに言えないな)」


「……でも、リゾットさん」


「ん?」


「本当に、よかったんですか?」



≪メタリカは許可しないィィィ≫と絶叫する仲間を脳裏に思い浮かべていた彼が、その不安げな声にハッと我に返る。

どんな水晶よりも美しく貴い深紅の瞳に射すのは、一つの影。


おずおずと視線を重ねようとする少女に、男は少しばかり首をかしげた。


「何がだ?」


「え、えと……それは」


「(この反応は……そうか)。名前、性交のことならば安心してくれ。明日の夜にいつもよりたくさんシよう(……いや、名前が疲れていなければ帰宅後に交わるのも――)」


「へ!? 〜〜っ違います! そんな話じゃありません……! というより、いくら真夜中だからって外ではっきり言わないでくださいっ……せっ、せいこーだなんて////」



刹那、暗闇でも見とめてしまうほど真っ赤になる顔。

羞恥を必死に隠す初心な反応は、ある意味過敏とも言える。

しかし、そんな慌てふためく彼女の傍で、リゾットはその色づいた唇から出たたどたどしい言葉だけでなく、名前のすべてに心臓を撃ち抜かれていた。



「(瞳を涙でいっぱいにして、顔をこんなにも真っ赤にして……なんて愛らしいんだ。今すぐ食べてしまいたry……ゴホン)では、名前はいったい何を心配しているんだ?」


「え? そりゃあお仕事とか……その、金銭的な面とか」


眉尻を下げるこの聖女の基本は、アジト――というより自分たちチームにある。

正直もっと己≪だけ≫を見つめてほしい気持ちも否めないが――それを押し殺しながら、彼は空いている左手を自分とは比べ物にならないほど小さな頭へと乗せた。



「ふ……その辺りは気にするな。財政はまだしも、仕事は一段落ついたのを名前もしっかりと目にしているだろう? ……それに」


「?」





「オレは、できる限り名前の笑顔を見ていたい。名前がこうして微笑んでくれたら、オレも楽しい気持ちになれる……だから、遠慮しなくていいんだ」


「!」


向けられる優しいまなざし。

コトン、と胸の奥が音を立てたのを自覚しつつ、



「えへへ……じゃあ、お言葉に甘えてしまいます」


と、はにかんだ名前は男の包み込んでしまうほど大きな手を、キュッと握り返したのだった。












それから、鮮やかなネオンを放つ映画館に足を踏み入れ――


「いらっしゃいませー(……恋、人か? いや、それにしてはかなり……年齢に差があるような)」


店員に訝しがられながら常套句で迎えられ、



「あの……すみません、お釣りをいただけますか?(手を差し出し)」


「(でも彼女さん可愛い……なんというか癒される……)あ、申し訳ないです。えーっと、5000リラのお返しで――」


「(させるかッ!)……オレが受け取ろう」


「!(こ、怖! この人、まさか……そっち系!?)」



一瞬でも鼻の下を伸ばした店員に、名前の前へ立ち塞がったリゾットが殺意――彼のその≪意志≫は洒落にならない――を向けるといった一悶着はあったものの、無事席へ着くことができた二人。



「ふふ、楽しみですね」


「そうだな」


彼らが観る作品は、ジャンルで言えばアクションラブストーリーというものだった。

かなり人気らしいが、時間も時間なゆえか赤色の座席ばかりがやけに目立つ。



「名前……確認するが、別にこの主演男優が気になるわけではないんだな?」


「……もう。その確認、何度目ですか? 出かける前にも聞かれましたし……私は、ストーリーに興味を持っただけですっ!」


そう、この映画は偶然にも主人公が≪ギャング≫なのだ。

しかも暗殺を生業としている。


そんな男と一般人女性の恋に、思うところがあるのも理解はできる、が。



――あまり言えないけど……リゾットさんの方が……か、かっこいいもん////



「そ、そうか……(ホッ)」


「はい。あ、始まるみたいですね……!」


音程のわかりにくいブザー音が鳴り響く。

支配する静寂。

映画館特有の長い予告が終わったかと思えば、ようやく本編が始まる。


大きな怪我を負い、路地裏で倒れた男を偶然助ける女。

最初は互いにつっけんどんだった二人も、徐々に絆を深めていく。


「(男の人の彼女を守るために遠ざける気持ちも、女の人の彼と一緒に居たいっていう気持ちも……わかるな……)」


いつの間にか、感情移入をしてしまっている。


「(切ない、なあ)」


スクリーンでひしと抱き合う男女。

離れたかと思った彼らが再び邂逅を果たす。


そう、ここまではよかったのだ。




「……」


もちろん、ラブストーリーと言うだけあって、ベッドシーンは流れとして予想していた。


しかし――



「〜〜っ(ど、どうしてこんなにも長いの……? それに、す、すごく濃い……っ)」


その場に響く男の欲を潜めた吐息と、女の淫靡な嬌声。

広い背に回る白い腕。

絡みつく肢体。

晒される喉。



「(は……っ早く終わって、ぇ……!)」



押し寄せる緊張と羞恥心のあまり、膝の上で握られる二つの拳。

だが、そそくさと俯いたところでふと名前は考えた。



――リゾットさんは、いったいどんな表情で見ているんだろう……。


真顔?

苦笑?

いや、意外に動揺が瞳から溢れ出している可能性もある。



少しだけ、隣を一瞥してもバチは当たらないだろうか。

当たらないと信じたい。


高鳴る胸を抑えるためにシャツを強く握り締めながら、そろりと右へ視線を移すと――



「!」


「? どうかしたか?」



まるでそれが当然だと言うかのように、目と目がかち合った。


「……えっ、え?」


「名前?」


小声で放たれる己の名前。

おかしい。

明らかにおかしい。



名前が想像していたのは大画面をまっすぐ見据える――リゾットの横顔のはずだ。


「ど、どうして……リゾットさん、映画は……?」


ぱちくりと瞬きを繰り返す彼女の胸中を悟ったのか、彼は小さく笑い、そっと言葉を紡ぐ。



「ふ……隣に映画よりずっと、見ていたい恋人がいるんだ。視線を外せるわけが、ないだろう?」


「ッ! ……/////」



つまり、すべて目撃されていたのか。

今も続くそういったシーンに対する自分の葛藤も。


――うう、恥ずかしい……っ。


室内は暑くない、むしろ快適だと言えるのに、身体だけがひどく熱い。

彷徨う目線。


こちらを映したかと思えばすぐそらそうと試みる少女に、男はただ黙々と手を伸ばし――


「ひゃ……っん」


二人を隔てる肘置きから身を乗り出しながら、陽だまりよりも温かく、ドルチェよりも耽美なキスをした。

柔らかい感触。


それと重なる――スカート越しに太腿を撫で回す無骨な手。



「やっ、ぁ、ダメ、です……っ他にも、人がいるのに――」


「人? オレたち以外誰もいないぞ」


「ん、っ……、え!?」



始まる前にはいたはず――そう思い慌てて見渡すが、確かにいない。


漠然としているが、≪嫌な予感≫でサーッと青ざめる名前。

そんな少女をしっかり視界に収めながら、ひそかにほくそ笑んだリゾットはもう一度顔を近付け、口を開く。



「だから、存分にできる」


「っで、できるって何が……んんッ」



スクリーンからいまだに届く女優の喘ぎ。

それを掻き消してしまうほど、目の前で必死に堪える彼女の艶やかで自分をそそらせる微かな声は、映画館内に刻々と響き渡っていた。











二時間後。生きた心地がしない時間も終わりを告げ、元来た道を二人は歩き続ける。

しかし、なぜか手は繋がれていない。


むしろ名前は不機嫌そうに、これでもかと言うほど頬を膨らませていた。



「〜〜っもう! 一番いいところを見逃しちゃったじゃないですか……!」


「……前置きは長くなるので飛ばすが、結果として万華鏡のようにコロコロと可愛らしく表情を変える名前が悪い」


「わ……私が悪いんですか!?」


当然ながら、男の反応に唖然とする少女。

一方、明るくなった劇場のせいで半分≪おあずけ状態≫を食らっていたリゾットは、すばやく名前の細腕を捕まえ――



「ん!」



抱き寄せた瞬間、その驚愕で薄く開かれた唇をいともたやすく奪った。


「名前……」


「ぁ、ふっ……リゾ、トさっ……んッ、ダメ……!」




絡められる舌。

自然と閉じてしまう瞼。

歯の裏をなぞられ、背筋を走る快感。

もたらされた熱に浮かされ、トロンとした瞳。

口端から伝うどちらのものとも判断の付かない唾液。



「んん、っは……ふ、ぁっ、や……はぁっ」


「……、全然足りないな」


「!? そん、な……んッ!」


空を覆う黒。

横を通り過ぎる人も、仲間という名の監視役もいないからだろうか。


さすがに痺れを切らした彼女が、その逞しい胸板を弱弱しく叩くまで、優しく、意識を奪われてしまいそうな彼からの口付けは続いたようだ。










Kiss・in・the・Dark
影すら生まれない場所で、重なった二つのシルエット。




〜おまけ〜



ツーと唇をつなぐ銀の糸。

色めいた吐息をこぼした名前は、相変わらずこちらを凝視するリゾットに小首をかしげた。



「はぁ、はっ……ん、っどうしたんですか……?」


「……名前、オレは生きる限り何度でも思い至る。……好きだ」


「! わ、私も……好き、です////」


≪好き≫。

めったに告げられることのない彼女の想いが嬉しくて、彼は気の赴くままその熱が帯びた頬を静かになぞる。


すると、驚いたように目を丸くする少女。



「ん、こしょばいですよ、リゾットさん」


「擽っているつもりはないんだ。諦めてくれ」


「ふふ、そんな、横暴です……っん」


竦められた細い肩。

よほど神経を刺激するのか、ひそめられた眉。

そして、≪生きていること≫を再確認させてくれる微笑み。


ああ、なんて幸せなのだろう。


――……名前も、同じ気持ちでいてくれているだろうか?


いや、そうだと信じたい――儚げな光にも似た願いを込めながらそっと額を重ねた。

この少女と視線を合わせ、言葉を交わし、時を共に過ごし、心と身体の隅々までを見つめ――唯一無二の幸福感で満たされていく。



「名前……一つ、いいか」


「んんっ……、? はい」


だが、同時に顔を出すのは――




「……アジトまで持ちそうにない」


「へ?」



これもまた名前にしか向けられることのない、唯一無二の独占欲と支配欲、そして愛欲。


新たな季節を呼ぶそよ風が、音もなく彼らの間を吹き抜ける。


「え……あ、あの?」


困惑に喜びを交えた表情から一変、きょとんとする彼女に対し、あくまで真顔のリゾットは己の願望を淡々と紡ぎ始めた。



「ベッドの上で乱れる姿を瞳に焼き付けたい。オレの手で啼き、翻弄され、快感を淫らに求める君を掻き抱きたい。今すぐ名前のすべてを味わい尽くしたい。……よし、近くのホテルに――」


「行きません!」




終わり










相互記念リクエスト。
リーダーと連載ヒロインのデートでした。

今回は、真夜中の映画館デートをしてもらいました!
イチャイチャ……と感じていただけたら幸いです。
ちなみに余談ですが、このタイトルはカクテルの名前からいただいております。実際に飲んだことはありませんが(笑)。

これからもよろしければ仲良くしてください!
また、感想などもお待ちしております。
らい様、ありがとうございました!

polka



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