Half an Hourで


※メローネ夢
※クーデレヒロイン
※甘ギャグ





その日、普段からクールで知られる名前は、いつも以上に物静かだった。

理由はとても単純なもので、



「(あーもう、なんで忘れてたんだろ)」



毎週欠かさず録画していた30分ドラマを、彼女は昨日に限って録り忘れてしまっていたのである。


さらに言えば、見逃した回はちょうど話が盛り上がった――いわゆる≪佳境≫。

先週の予告からして、あの部分を知らなければ面白くないと言っても過言ではない。



「はあ……」


自然と漏れるため息。

しかしこんな辛気臭い顔では、仲間にとやかく言われること必至だ(特にあのブロンド組は自分をからかいかねない)。


パシッ、と控えめに両頬を叩いた名前はせめて悟られないようにしよう、と明るめの表情でリビングへ足を踏み入れた。


刹那、目の前に勢いよく現れた、今しがた脳内に思い浮かべてそのまま殴り飛ばしたばかりの≪金≫色。



「やあ名前! 今日も健康状態は良好かい? ね、オレが直々に確かめていい!? いいよね!」


「……メローネ」



次の瞬間、あっさりと彼女の顔色は≪げっそり≫といったモノに変わる。


もっとも気遣うことなく過ごせる同僚。実は、迫って来る私服姿のメローネに対してそう感じていることを、ついとあらぬ方へ視線をそらす名前自身が自覚していないのだろう。

まさか、こいつに出会ってしまうとは――その唇からもう一度深い息がこぼれた。



「あれ、珍しく元気ないなあ。……ハッ! もしかして……月一のアレ――」


「うるさい。本当にうるさい……このデリカシーなさ男」


「!? ちょ、ちょっとちょっと……いつもはここで決まってオレの顎に左アッパーをかます名前が、動かない……だって!?」



まるで珍獣を見るような目を向ける男に、言葉を返す気力もなくただただ項垂れる。


今日は仕事もないし、さっさとこいつを躱して部屋にでも籠ろう。

そう、彼女は心に決めていた。








メローネがにこやかな笑みを湛えて、再び口を開くまでは。



「あ。もしかしてディ・モールト好きなあのドラマ、録画し忘れてたの?」


「……、はい?」



なぜ知っているのだ。

少しばかり瞳を丸くした名前が、じとりとした視線で彼に訴えかければ――


「名前のことなら、なんでも知ってるぜ?」


返されたのは、なんとも反応し難い回答。



「(答えになってないんだけど……)」


「んふふ、そっかそっかあ……どうりで落ち込んでると思ったよ。なんなら、オレのパソコンに残ってるから、見る?」


「!」



ピクリ

揺れる彼女の肩。


心を支配する≪ぜひ見たい≫という一つの欲求。



「(でも冷静になって、自分。メローネの場合、何か裏がありそうだし……)」


「おやおや? 意外に反応が悪いな……あんたの気が進まないならオレは別に構わないけど」



男が飄々と口にした気遣い。

すると、まさか普段から部屋を覗き見しているメローネが自分のそのドラマへの熱を把握して音を紡ぎ出しているとは知らずに――名前はますます挙動不審になってしまう。



「そっ、そりゃ面白くて好きなドラマだし、見たいよ。見たいけど…………、いいの?」



もっちろん!

瞬きをする間もなくもたらされた、彼のどこまでも素早い頷き。


その翡翠の双眸に、嘘偽りはない。

しばらく彼女は考え込んだものの、ドラマに対する後悔と期待ゆえか≪せっかくだし≫と表情筋を緩ませかけた、そのとき。



「あ、でもちょっと待って」


「……何」







「コレを見るにあたって、名前にオレから一つ条件があるんだッ!」








「……」


≪条件≫。

頬は、やはり引きつる運命にあったらしい。


明らかに怪しい。しかしながら、ドラマを見たいという気持ちは変わらない。



「それって、どんな条件なの?」



念のため、聞いてみることにした。

すると――



「そ・れ・は! 今あんたが履いてるスカートの奥に潜む、パンティを見せ――グエッ!」


「殴るよ」


「ッんふふ……そうそう! 名前は≪口より手が先に出るシニョリーナ≫じゃあなきゃね!」



ブッ殺すと心の中で思ったならッ――で有名な胸元開けすぎ優男ではないが、彼女は嫌だと思った瞬間手や足を即座に動かす節があった。

男の腹筋へめり込ませていた手首をプラプラとさせながら、今日何度目かのため息を床へ落とす名前。


一応慰めようとしてくれたのだと、察知してしまうからこそ、その心は複雑なのである。



「で? 結局、その条件ってなんなの?」



とは言え、≪今はドラマだ≫と胸中のもやもやを断ち切るように尋ねれば、いそいそとソファへ腰を下ろしたメローネ。

そして、彼に続いて右側へ座った自分に、なぜか同じく≪右側≫のイヤホンを差し出してきた。



「?」


あくまで無言で笑む男を一瞥して、疑問符が浮かぶ。

もしかしなくとも、これが条件なのだろうか。


なんというか、かなり拍子抜けだ。

どうせなら≪左側≫を渡してくれた方が――そう言おうと口を開いた途端、メローネの指先があるボタンへ向かった。



「よしッ、再生するからな〜!」


「ッ! ちょっと待って!」


いまだに、不可解な点は残る。

だが今はビデオビデオ、と彼女は慌ててイヤホンを右耳に装着するのだった。








しばらくして、リビングにはなぜか口を一文字に結んだ上に、身体を硬直させている名前が。

それは左側でドラマを楽しそうに見る、彼との距離にあった。



「(なんだか、近いような……)」



デスクトップに映るドラマは面白いはずなのに、まったく頭に入ってこない。


二人の間を繋げているイヤホン。

鼻を擽るシャンプーの香り。

やけに響く鼓動の音。


でもなんだかんだ言って落ち着くし、意外に悪くないかも――ふと脳内を過ぎった考えに、彼女はひたすら小刻みに首を横へと振るう。



「(何考えてるの自分! 相手はあの変態、メローネなんだから……ッ集中集中!)」



心中で唱え続ける単語。

そうしたことで、より画面越しのストーリーに注目できなくなってしまうとは知らずに――








「ふう、来週も楽しみだねえ……って名前? どうしたの?」


「……メローネ。なんで右側を渡したわけ?」



結局、たったの30分だと言うのにあまり集中することができなかった。

ところが、もう一度見せてほしいと懇願するわけでもなく、名前の唇から我先にと溢れたのは、イヤホンに関する疑問だったのである。


すると、不思議そうに首を傾け、ブロンドを揺蕩わせる男。



「え? そりゃあ、遠い耳の方にお互い付けた方が、こうやって至近距離で話せるし。それに――」







「名前とキスするムードも、作りやすいだろ?」


「! はあ? なッ、何言って……、!」



いつものごとく一蹴しようと、恨めしげに見つめていたデスクトップから左隣へ移動させた瞳。

刹那、彼女の視界を埋め尽くしたのは、こちらへ近付いてくるメローネの端整な顔だった。


自分ですら驚く程に、心臓が跳ねる。

脳で必死に行っている状況の整理が、起ころうとしている現実に追いつかない。


普段と同じように、殴るなり蹴るなりすればいいはずなのに――自然と、名前は静かに目を瞑ってしまった。




が。



「なあんてね」


「は?」



パッと瞼を上げれば、彼はイヤホンを外し、顔に浮かべているのはまるで≪イタズラが成功したかのような笑顔≫。


停止する思考。

そんな彼女の心情など露知らず、男はペラペラと話を再び始める。



「どう? ビックリした? もちろんオレは名前と深〜いキスをしたいけどさ、どうせならそれは夜にイロイロできちゃうオレの部屋で……、んんッ? その残念そうな表情は! もしかして、オレとのキッスを期待してくれ――ブベネ……!」


「しッッッんじられない!」


「あは、怒った顔も可愛い……って、ちょっと待ってよ!」


「〜〜っついてこないで!」



羞恥を示すように、ダッと勢いよく部屋から飛び出す名前。

首から上が、ひどく熱い。



「ッ(よりにもよってメローネに……あ、あんな変態に……っ)」



一瞬でも心を奪われるなんて。

あのまま口付けを受け入れてもいい、と思ってしまうなんて。


収まらない激しい鼓動。

悔しさに覆われた彼女の胸の内。

とにかく、リビングから――今の自分を作り上げた≪原因≫からできるだけ距離を置くため、名前は赤い顔のままひたすら歩き続けるのだった。










Half an Hourで
心が変わることも、ある?




〜おまけ〜



カツカツと廊下に響く、いつも以上に早い靴音。

だが、相手はあのメローネだ。


彼女のたった一度の攻撃で、簡単に沈むはずもなく。



「うおおおッ! 名前――ッ!」


「!? ちょ、メローネ! あんた今、本当に気持ち悪いから来ないで……!」


「ハアハアハア、≪来ないで≫とか可愛い声で叫んじゃって! しかもさっきの反応、やっぱり期待してくれてたんだろ!? なんてベリッシモなデレ! ハアッ、名前にそんな態度取られて、追いかけないワケがないッ!」



ザザザザと妙な摩擦音を立てて、こちらに迫る男は――土足で歩く床にも関わらず匍匐前進をしていた。

思わず喉が恐怖で引きつる。

水面のように広がる焦燥。


そのときだった。



「! ギアッチョ……!」


目の前に、名前にとって救世主が現れたのは。


助かった。

休日ゆえか、眼鏡を外している上に眉をひそめたギアッチョへ彼女はすぐさま駆け寄ろうとする、が。



「ふふふ、逃がさないよ……それっ」


「わ……!?」



突然背後から掴まれた右足首。

前へ傾いていく身体。


「おわッ!? ちょ、名前! テメッ――」



ドサッ

驚きに目を見張った彼を巻き込んで、倒れてしまった。


衝撃でひらめくスカート。

当然ながら、あいまみえた≪色≫にメローネは興奮の声を上げる。



「ベネ! 今日のパンティはピンクなんだね! でも、今日初めて見るから……もしかして先週の土曜日に買った新しい奴かな? かな!?」


「いたた……ちょっと、あんたがそれを知っていることは別にして、何してくれるのよ。ギアッチョにまで迷惑かけちゃったじゃない……ギアッチョごめん。でも、どうせスタンドでメッタメタにするならメローネを……、……ギアッチョ?」


「……」



一方ギアッチョは、額から鼻先を包む何か柔らかなモノに疑問を感じていた。

鼻腔を漂う甘美な香り。


だが、このままでは窒息する――男は、生きようという本能に従って、呼吸を阻むそれを手で掴んだ。



ムニ



「ん、っ!」


「…………は?」



すると、耳に届いたやけに艶やかな、少しくぐもった声。


慌ててその密室から抜け出すと、下唇を噛み恥ずかしそうに頬を赤らめる紅一点と目が合った。

そして彼の視界には、柔らかいモノの正体――名前の胸をピンポイントで鷲掴みにする自分の右手。



……。

……。



「――ギョアアアアアアアアッ!?」



刹那、アジト全体を揺るがすほどの絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。




終わり











大変長らくお待たせいたしました!
メローネとクーデレヒロインで甘いお話でした。
と言っても、最後の最後はラッキースケベ・ギアッチョに活躍してもらいましたが……いかがでしたでしょうか?


ノア様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします^^
polka



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