寒暖ナーシング


※暗チ夢
※風邪引きヒロイン






「ずび……っ、うー」



赤らんだ顔で時折鼻を啜る名前。

気だるさ、咳、鼻水、発熱――と風邪を総まとめしたかのような症状に襲われた彼女は、ベッドで一人天井を眺めていた。



「そんな体調で行けると本気で思っているのか? 予定していた仕事はギアッチョに任せる。お前は風邪が治るまで、部屋に戻っていろ」



覚束無い足取りでリビングへ向かった朝、我らがリーダーことリゾットから放たれた厳しい言葉。

でも――と口を開こうとした瞬間、どこからともなく出てきた氷袋を鋭い表情の彼に手渡され、現在に至るのである。


身体を焦がす熱のせいで、いつも以上に瞳を覆う水分。



「……(久しぶりに引いたからかな。すごくだるい……)」



さらに、ここは自分しかいない空間。

リビングにあるはずの怒鳴り声も、笑い声も届かない世界。

襲い来る心細さ。


つまり、身体への不調以上に、名前はこれまでにない寂しさを感じていた。



「ッ、ゴホ(……誰か、この際メローネでもいいから来てくれたら……)」



ううんダメだ。メローネはさすがに――と脳内が白く霞むにも関わらず、自分に対してツッコミを繰り広げていた刹那。



バンッ



「あ、兄貴! 名前は女の子なんすし、さすがにノックした方が――」


「邪魔すっぞ」



ドアが叩かれることなく開いたかと思えば、そこからプロシュートとおろおろしたペッシが入ってくる。


つかつかと音を立てながら長い脚をこちらへ進ませる男。

そして、自分の顔を上から覗き込んで、いつものシニカルな笑みを湛えたまま一言呟いた。



「ふっ、昼食の時間だぜ? 風邪っぴきマンモーナ」


昼食。いつの間にか、ベッドに横たわってからかなりの時間が経っていたらしい。



「焼き魚も持ってきやした! ほぐしといたんで、食べやすいっすよ!」


付け加えるように笑顔のペッシが、両手に持つお盆を示してくれる。

可愛い。その仕草はとても癒されるのだが――残念ながら胃という器官だけが目前の料理に≪No≫と拒絶を訴えていた。



「……ごめん。あんまりお腹すいてない……というか、こんなに食べられないから……」


「はあ……名前名前名前よ〜! 風邪って時に精力付けねえでどうする。おら、さっさと食え」


――なんならオレが、≪あーん≫してやってもいいんだぜ?


ところが、相変わらずしたり顔で紡いだプロシュートの言葉が効いたのか、ギョッとした彼女は重たい身体を慌てて持ち上げ、差し出された食事におずおずと手を付ける。

しばらく響く、咀嚼の音。



「(もぐもぐ)……美味しい」


「本当っすか? 名前の口からそれ聞けて、安心しやした!」


「ったく、マンモーナが。簡単にウイルスにヤられやがって……心配かけさせんじゃあねえよ」



なでなで。

髪を掻き混ぜる優しい手つき。≪心配≫という言葉に思わず名前が目を見張ると、彼はますます口端を歪めた。



「ふ……呆けた顔しやがって。なんだ? ついに惚れちまったか?」


「それはない」



自分が言い終わるより先に、耳を貫いた否定。


男の表情が微妙なものに変わった一方で、彼女は黙々と食べ続けている。

当然、その空気を察したペッシが≪あはは……≫と苦笑を浮かべたのは言うまでもない。



「ハン、オレのアプローチを断る気力があんなら、大丈夫そうだな」



早く元気になれよ。

しかし、ここはさすが彼の憧れる≪兄貴≫である。耳元へ囁き、名前の頭をもう一撫でしてから、プロシュートは颯爽と部屋を後にした。



「あ! 兄貴、待ってくださいよ! 名前、お盆は置いといていいっすから……お大事に!」


「う、うん、ありがと……(なんというか、嵐のようだったな)」






それから、鼻は通るようになったものの、彼女は再び天井を眺めつつ小さく咳き込む。



「ゲホッ……ゴホッゴホッ(何か飲み物ほしいかも……)」


だが、水は先程飲みきってしまった。

せっかくだからキッチンに取りに行こう――と、自身にムチを打った名前は机にあるグラスを手に取る。



「あれ……?」


すると、目の前にはコップの中で揺蕩う緑茶。

一体誰が――きょろきょろと周りを見回せど、そこにはクローゼットと≪鏡≫しかない。


まさか。そう感じたときには、彼女はすでに口を開いていた。



「もしかしてイルーゾォ……そこにいる?」



扉を開けずに、鏡があれば部屋を行き来することができる男。

脳内に候補を思い浮かべた名前がじっとそちらを凝視していると、少し間があって銀の面から顔を出す眉尻を下げたイルーゾォ。



「ごめん。起こさないようにしたつもりだったんだけど……」


「ううん……気にしないで。ちょうど喉渇いてたから、助かったよ」



むしろ、今日はさまざまな形で皆に助けられていた。

仕事の面でもそうだが、かなり迷惑をかけてしまっている。


そう考えれば、自然と彼女の口から溢れるため息。



「……はあ」


ところが次の瞬間、その落ち込みを破壊するかのような強い衝撃が、頭へと走った。



「いたッ!? ちょっと……ゴホ、ッ何してくれてんの」


「え? いや、変に沈んでる名前を叩き起こそうと思って」


「お……起こす、って」



どういうこと――チョップの形をした男の手を睨みつければ、返事として送られる怒りを宿した視線。

何に怒っているというのだろうか。そのあまりにも鋭利なモノに名前は少しだけたじろぐ。



「正直、弱気なお前なんてらしくねえよ。いつもは≪このお茶、渋い≫とかなんとか、姑みたいなこと言うクセに」


「! イルーゾォ……」



するとイルーゾォは、言うだけ言って踵を返したかと思えば、そのまま鏡へと戻ってしまった。

おそらくだが――彼なりに慰めてくれたのだろう。


優しさに小さく顔を綻ばせた彼女は、ごそごそと布団を被り直す。


そのとき。




コンコンコン


「……? どうぞ」



新たな来訪者に首をかしげながら入室を許可すれば、扉を勢いよく開けて飛び込んできたのはメローネだった。


「名前! 聞いたよ、風邪引いちゃったんだって?」


「うん、まあ……。髪乾かさずにゲームし続けたのが、ダメだったみたい」


「あはは、リーダーにもこっぴどく叱られたんでしょ」



彼がそう言葉を吐き出せば、うっと詰まる名前。

やっぱりね――にやにやと笑った男は、熱ゆえか赤らんだ彼女の頬を見て≪熱もあること≫を悟る。



「んー、こりゃあディ・モールト辛そうだねえ……汗もかいてるんじゃない?」


「……ちょっとだけ」



尾を引く熱と気だるさ。

つつ、とあらぬ方へ移す視線。


だからこそ、メローネの瞳が高揚感で光ったことに気付くことができなかった。



「よし! オレが背中を拭いてあげるよ」


そう声を張り上げて、おもむろに服のボタンへ手をかける。

ヤバイ、と直感で理解はするものの、名前の脳内はひどく朦朧としていて、抵抗する力もなかなか出てこない。



「ん、ちょっと……メローネ……?」


「ハアハア、大丈夫! 少し触るだけだよ……ハア、名前の小ぶりだけど白くて柔らかなマシュマロがッ、この布越しに――」







ボカッ



「ベネ……ッ!」


「なァにしてんだ、お前は。マジでしょーがねェな〜」



だが、彼女の貞操はなんとか守られたらしい。

いつの間にか部屋へ足を踏み入れていたホルマジオ。


頭を殴られ、床に倒れ込んだ変態を足で退かしてから、彼は名前の顔色を目にして眉根を寄せた。



「おいおい名前。死にそうな顔して、大丈夫……じゃなさそうだな。生きてっか?」


「ゴホッ、なんとか。……今、みんなの優しさを噛み締めてるところ」


「はァ? ククッ、あいつらから聞いちゃあいたが、確かにお前らしくねェ! 俺の方が寒気で風邪引きそうだぜ」



何それひどい――じとりと彼女がホルマジオへ瞳を向けた瞬間、何かが差し出される。


それは、丸坊主の男とはかなりミスマッチな、可愛い猫のぬいぐるみ。



「うちの愛猫用に買ったやつなんだが……まだまだ部屋にあっから、一匹お前にやるよ。ふわふわで可愛いだろ? これでもう寂しくねェな!」


「ホルマジオ……私のこと、いくつだと思ってる……?」



確かに寂しさを覚えていなかったと言えば嘘になるが、これはこれで恥ずかしい。そうした意味で名前が彼を睨めども、悪びれた様子もない。



「んー? 別にいいだろ! 俺より年下は年下だしよ! それともお前、もこもこ系嫌いか?」


「……き、嫌いじゃないけど。触り心地いいし。でも――」


「ま、こういうときぐらい甘えた方がイイってこった!」


すると、撫でられるというよりは荒々しく揺らされる頭。

思わず見えそうになった花畑に名前が双眸をぱちくりさせれば、男はにっと笑い片手を挙げた。


「じゃ、こいつは回収してくぜ。無理に動くんじゃねェぞ」



ズルズルと引っ張られていくメローネ。

その床に沈んでいた存在を、ホルマジオが示すまで忘れていたのは言うまでもない。










「名前。体調はどうだ」



数分後、再び響いたノック音と共に現れたのはリゾットだった。

思いもしなかった来客に、彼女は堕ちかけていた意識のことも忘れぽつりと呟く。



「まさか、リーダーまで来てくれるなんて……」


「オレが訪れるのは、そんなに意外か?」


「うん」



即答か――ため息と共に喉から飛び出しそうになった言葉をあえて噤む男。


すると、彼が元々あまり喋らない性格ゆえか、その場を包んだ沈黙。

枕元から微かに届く息遣い。

≪出直そう≫。しばらくしてそう判断したリゾットが視線を落とした瞬間、ひどく潤んだだけでなく謝意を浮かべた名前の瞳と目が合った。



「あの……ゲホッ、今日の仕事なんだけど……」


「朝にも言っただろう。その件なら気にしなくていい。少し予定より早いが、今実行されているところだ」


「そっ、か……(迷惑、かけちゃったな……)」


「……はあ、名前。お前には仲間がいる。背中や仕事を預けられる奴らがな。もちろん、仲良しごっこを繰り広げるつもりはない……だがオレたちはチームだ」


――それは理解しているな?


チーム。その単語が、すんなりと彼女の心の奥底に入り込んでくる。

みんな頼れる大切な仲間だ。肯定を示すためこくりと頷けば、≪いい子だ≫と頭を優しく撫でてくれる男。


「ゆっくり休むんだぞ」

そして、そっと手を離した彼は念を押すように紡いでから、仄かに和らいだ表情で部屋を出て行った。











ヒヤリ



どれほど眠っていたのかわからない。

だが、ずいぶん温くなった氷袋を乗せていた額が、突如冷たさを捉える。

誰だろう――ふっと意識を覚醒させた名前が瞼を上げると、特徴的な髪型とメガネがぼんやりとした視界に映り込んだ。



「っん……、ぎあ……ちょ?」


「! ……チッ。タイミングわりーな」



どうやら、自分に知られることなく氷袋を変えようとしてくれたらしい。

暗くなった窓際を一瞥した彼女は、バツの悪そうな顔で椅子に腰を下ろしたギアッチョをじっと見据えた。



「仕事……代わってくれたんだよね?」


「……まあな」


「ッ、ゴホ……ありがと。今度何か、埋め合わせするから……」


「ケッ! 一つ増えたぐらい大したことねえよ。特に、今日のターゲットはSPも付いてねー奴だったからなアア」


彼らしい反応。

すっと軽くなった心。


布団の端で柔らかくなった口元を隠した名前は、さらに言葉を連ねる。



「あと、熱はまだあるんだけど……その氷じゃちょっと寒いんだ」


「はあアアッ!? テメ、人の好意をなンだと思ってやがる! せっかくこっちが氷作って――」




刹那、勢いよく立ち上がりつつ、文句を叫んだ男はハッとした。





今自分は、とんでもない失言をしなかっただろうか、と。



「え……ギアッチョがこれを?」


「……ッ」



見る見るうちに赤くなったギアッチョの顔。

ついに我慢ならなくなった彼は、いつの間にか起き上がっていた彼女の額に手を押し当て――


「!?」



グッと強制的に、身体をベッドへ戻してしまった。


「……」


「? あの、ギア――」


「さ、さっさと寝直して病原菌ぶっ飛ばせよ! この病人がッ!」



少しばかり掠れた声を、男の羞恥を交えた怒声が遮る。

そのあまりの慌て様にしばらく名前は首をかしげていた、が。


額を覆う適温に、自然と口元を緩ませていた。



「ンだよ」


その表情が、ギアッチョにとっては不可解に感じたらしい。

眉根を中央に寄せながら、白い額から手を離そうとした瞬間、それを阻むように彼女が彼の手首を弱々しく掴んだ。



「ギアッチョの手……ひんやりしてて、気持ち……いいね」


「! いや……まあ、スタンドがスタンドだしよ……って! 何テメー、寝ようとしてんだ……!」



まどろみ始めた名前に、押し寄せる焦燥。


だが、その睡魔を男が阻むことはできない。

このままが一番嬉しいかも――そう言ってついに瞳を閉じてしまった彼女を見下ろして、舌打ちを繰り出すギアッチョ。



「だーッ、クソ!」



起きたら、即座に後悔させてやる。

いつもより小声で付く悪態。

動くに動けない状況。


しかしながら、穏やかな表情で眠る名前の額から、その手が退けられることはなんだかんだ言ってなかったらしい。









寒暖ナーシング
寂しさを紛らわす、どこまでも騒がしい仲間。




〜おまけ〜



コンコンコン


「あ?」



誰だ――目を鋭くしたギアッチョが振り返れば、そこには夕飯を手にしたリゾットが立っていた。


「名前の様子はどうだ」


「……寝すぎなんじゃねえか、ってぐれえには寝てる」


「ふむ……疲れもあったんだろう。だがギアッチョ、額を冷やすことは≪あまり効果がない≫という説もあるようだぞ」


効果がない。

それを聞き、顔をしかめた男は淡々と話す後ろの彼に「じゃあ何がいいんだよ」と尋ねる。


すると、










「額ではなく、≪股下≫や≪内腿≫を冷やす方法があるらしい」


と、真顔で呟いた。

刹那、漂う嫌な沈黙。



「…………、はアアアアア!? オイ、リゾット。テメーよオオ、こんなときにザケんじゃ――」


しかし、己の近くで相変わらず眠っている同僚を見て我に返ったのか、グッと黙り込む。

本当は叫びたい。


だが――その葛藤に歯をぎしりと鳴らした彼は、次の瞬間席から立ち上がり、足をドアへと向かわせていた。



「? ギアッチョ、どうした――」


「〜〜ッすぐ戻る!」



バタン

室内に響き渡る音。


それが鼓膜を震わせたのだろうか。

ゆっくりと目を開けた名前は、先程とは異なった光景に首をかしげる。



「……リーダー……?」


「ああ、すまない。起こしてしまったな」


「ううん、それはいいんだけど……、ギアッチョは?」


「心配しなくていい。おそらく用を足しに行ったのだろう……ところで、額を冷やす方法とは違う風邪の治療法があるんだが」



しばらくして、その治療法をリゾットが善意で行おうとした瞬間を部屋へ戻ったと同時に目撃し、目を吊り上げながら騒ぐギアッチョ。

天然な方向で弁明する男とキレ続ける男の応酬に、≪やっぱりもう少し静かな方がいいかも≫と彼女は布団の下で密かに苦笑を滲ませるのだった。










大変長らくお待たせいたしました!
風邪引きヒロインを暗チが看病するお話でした。
落ちは、なんだかんだ言って世話を焼いてくれそうなギアッチョ(とリーダー?)にさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?


リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします^^
polka



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