16万リラ生活 in アジト


※暗チ夢(リーダー寄り)
※リラとはイタリアで使用されていた通貨
※16万リラ=(大体)1万円






組織においてその存在感を示す――暗殺チーム。

その報酬はリスクに見合わず、少ないと言っていいだろう。


これは、そんな彼らの怒涛のような日常から部分的に切り離した、ある一風景である。




「……こ、これは」


「おいおいおい、こりゃシャレになんねェぞ……?」



ある日、リビングには苦々しい顔をした10人があるモノを囲んでいた。

その正体はリーダーであるリゾットが管理する、≪アジトの通帳≫。



「これを見てわかると思うが、財政が逼迫している。これでは今月の食費がもつかどうか……」


「ええ!? そんなッ、どうしやしょう! 兄貴!」


「ペッシィ! 狼狽えんじゃねえ! もっと別に考えることがあるだろうが!」


「んー……これは確かにディ・モールトやばいねえ」



頬を引きつらせた名前とホルマジオに続き、事実を告げ項垂れる我らがリーダー。

そして、彼らはさまざまな反応を一人一人見せる。


ただ一つ共通して自覚するのは、≪節約、もしくは別の方法で収入増加の道を選ばなければならない≫ということ。

とは言え、十代の頃からギャングの世界に足を踏み入れた彼らに、≪宛≫たるモノがあるはずもなく――全員が全員眉をひそめていると、ハッと顔を上げたイルーゾォが慌てた様子で言葉を紡ぎ出した。



「そうだ。今月だけは個人的な給料で補うのはどう? オレは無理だけど……」


「いいねえ。後で返してもらえばいいんだし、ナイスアイデア! って言っても、オレらは協力できないけど。ね? ソルベ」


「ああ、無理だな」



彼の案に賛同しつつも、自分は払えないと首を横へ振る男たち。

決まりそうにない方針に、ついにキレやすいギアッチョが声を荒げる。



「チッ、テメーら嬉しそうに賛成しておきながら、結局無理とか言ってんじゃねえエエエエ! オイッ、他の奴はどうなんだよ!」


「ハン、無理に決まってんだろ。つーか、もう使い切った」


「お、オレも使っちまったよ」


「あー……、オレもダメ。ちょっとした入り用で、最新型カメラを購入したからなッ!」



さらりと言ってのけるプロシュート。

申し訳なさそうに肩を落としたペッシ。

なぜか得意げな顔で何に使ったかまで打ち明けるメローネ。


やはり理由は気になるもので――名前はこてんと首をかしげた。



「……ねえメローネ。ちなみに、その入り用って?」


「あ、それあんたが聞いちゃう? 聞いちゃう? もっちろん名前、あんたのお着替えシーンを連写するために――ブヘッ」



聞いてよかった。恥ずかしくてたまらないが。

にやにやと笑う彼の顎へとアッパーを繰り出しながら、彼女はため息をつく。


一方で、≪しょーがねェな〜〜≫という口癖と共に、苦笑を漏らしたホルマジオ。



「ハハッ、これはお先真っ暗だなァ……あ、名前はどうなんだよ」


「私? 私も……ごめん。もう使っちゃった」


「一ヶ月に一回は美容院行ってるもんね。他にも服とかいるし……女の子は大変だなあ」



少女の≪想い≫を知っているからか、イルーゾォは穏やかに笑みを浮かべてくれる。

だが、すでにイライラも頂点に達しているギアッチョにはギロリと睨まれてしまった。



「はア!? 出かけるわけでもねえのに、なんで髪とか服を気にする必要があんだよ! ボケがッ!」



もっとも聞かれたくなかったこと。それが鼓膜を震わせた途端、名前は恥ずかしそうに下唇を噛み、焦燥で目線を彷徨わせる。


「うっ……それは、その……だって……(チラ)」


彼女が一瞥した先――そこにはゼロがもっと欲しい通帳とにらめっこをするリゾットが。


尊敬と思慕。少女は、以前から彼のことが好きなのである。



「?」


「(好きな人の前では、とか言えない……!)そ、そう言うギアッチョはどうなの!?」


あ、こいつ話をそらしたな。

紅一点のわかりやすい反応に、周りは微笑ましげに各々で息をこぼす。


しかし、そんなことは露知らず、自分に話が回ってきたと内心ギクッとしたギアッチョは、≪隠す≫という選択肢を選ぶことなく叫んでいた。



「んなモン、ゲーム代になったに決まってんだろうが! って、名前テメー笑うんじゃねえよ! チッ……ホルマジオ!」


「うおッ、ここで俺かよ。つっても、オメーら知ってんだろ? 俺には可愛い可愛いにゃんこがいるからよォ……そのエサ代とかでダメだ」


「あははは! まあ、あの猫は明らかに嫌がってるけどね」


その発言に対してジェラートがケラケラと笑えば、「なんだと……?」と少しばかり眉根を寄せる男。

一触即発の二人の間に立つソルベが、彼らを止めながらじっとある方向へ視線を移す。



「つまり、頼みの綱は……」


「「「「……」」」」



18の瞳が向かうのは、仲間にも自分にも厳しいことで知られる最後の砦、暗殺チームリーダー。


どうか給料を残していてほしい、という皆の秘めた想い。

明らかに期待されている――眼差しに心の中でため息をついたリゾットは淡々と、おもむろに口を開いた。



「お前ら、過度な期待を抱いているようだが、今月はもうオレも手持ちがない」


「えっ(いつもは自分の服ですら財布の紐をなかなか緩めないリーダーが?)」


「マジかよ……」



珍しさに目を丸くする名前と、ガクリと将来を絶望視する男たち。


――暗殺を生業とする一方で、本当に出稼ぎに行かなければならないのか。


脳内を過ぎる一抹の不安。

どうにかしなくちゃ――その想いが己を急かす。



「(何か……何か食べ物で、自分たちで作れるモノがあれば……、……あ)」


賛同してくれるかどうか、それはわからない。

けれども節約のために、と一人頷いた彼女は突如声を上げた。



「そうだ! 食費だけでも抑えられる方法があるよ……!」



節約。その言葉に、全員の視線がこちらを突き刺す。


「え、マジで?」


「うん。私もテレビで見ただけなんだけどね?」









「捏ねた小麦粉から≪お米≫を作るの!」


「は?」


「ねえ名前……それって米粒型のパスタじゃ――」


「いいの! テレビではお米って言ってたんだから……それをみんなで作ったら、かなり節約になるし。仕事がないときの暇つぶしにもなるし、いいアイデアでしょ?」



リゾットを作ろうよ!

そう言ってにこりと笑う少女に対して、彼らはしばらく動揺を表情に浮かべていた。


が、他に方法があるはずもなく。



「名前の言う通りだな。今からでも作り始めよう」


「だね! ちょうどこの前買ってきた、業務用小麦粉もあるし」


ふっと口元を緩めたリーダーに加えて、メローネがキッチンを指差す。

それに促されるように、皆々が首を縦に振った。









「ちょ、ホルマジオ! それもう≪米≫の大きさじゃないっすよ……!」


「そうかァ? まッ、細けえことは気にすんなって! 男は豪快に、だろ!」



数十分後、リビングとキッチンでは楽しそうに作業を進める10人の姿があった。

無数に出来上がった米(小麦粉)。


それらとこの雰囲気に、提案した張本人である名前は黙々と小粒のモノを生成しながらも、嬉しそうに微笑む。



「ふふ(みんな楽しそう)」


「……名前」


「わ!? り、りりリーダー!」



視界にできた影。

慌てて振り返れば、リゾットが柔らかな表情で立っていた。



「すまない、驚かせたか?」


「ううん! 大丈夫だよ……、どうしたの?」


「いや、お前があのときこれを提案してくれなければ、アジト内でサバイバルが起こるところだった……感謝している」


「そ、そんな……生活のために言っただけだから、気にしないで?」



固まった小麦粉の付いた両手を、胸の前で振る。

――本当に律儀だな、リーダーって……あ。


ふと、頭に浮かんだ疑問。

リーダーは何に給料を使ったのだろうか――自然と、口を動かしてしまう名前。


「あの、さ……リーダー」


「ん?」


「少し……少しね? 気になってたんだけど、今月の給料、リーダーは何に使ったの?」


「……それは」



そこでなぜか男が言葉を切った。

聞いてはならないことだったのだろうか。



「(来月誕生日のお前にプレゼントを、とは言えないな……)いや、大したことじゃあない」


「ふーん、そっかあ……もしかして、恋人へのプレゼントとか?」


「恋人?」



肯定が怖い。

しかし答えがほしい。


目を瞑り、少女がただただ紡がれる音を待っている、と。



「何を勘違いしているのか知らないが、オレに恋人と呼べる奴はいない」


「! そ、そうなんだ……!(よかったあ)」



ホッと心に広がっていく安堵。

その花が咲き誇るような笑みを見つめつつ、彼は不意に喉を震わせる。



「ところで……名前、小麦粉が付いているぞ」


「え、どこに?」


「髪にだ」


「え!? 嘘……!(今まで気付かずに話してたなんて……恥ずかしい!)」



取らなきゃ。

と腕を動かすものの、今触っては逆効果だ。


名前が一人慌てていると、すっと大きな手がこちらへ伸びてきた。



「あ……ありがとっ」


「……」


「? あのー、リーダー?」



髪越しに伝わるリゾットの体温。

自分を包んでしまう、暖かさを交えた眼光。

ドキドキと激しく高鳴りすぎて、心臓が持ちそうにない。


早く手を退けてほしい――その感情に従うように、彼女がおずおずと男を見上げた瞬間、



「この髪型、お前の雰囲気にとても合っているな」


「!?」



耳を掠めたのは、思わぬ感想。

刹那、リビングにはいつも以上に微笑んだリゾットと、彼によって頬を紅潮させた名前の二人だけが取り残されていた、らしい。










16万リラ生活 in アジト
財布はへしゃげど、深まっていく絆。




〜おまけ〜



それから、少女が呟いたのは照れ隠しゆえの言葉。


「〜〜っい、今更言うなんて! 時差ありすぎでしょ……ッ/////」


「……ああ、それは自覚している。確かにあいつらがお前の髪を褒めたときから気付いてはいた。だが――」









「そのうちの一人として、お前に見られることはいただけなかった」


「…………え?」


「オレは特別を望んだ。だから今、こうして伝えている」



再びかち合った瞳。

そのどこまでも深い赤に、嘘偽りはない。


――ど、どういうこと? いつもの天然発言、かな? でもこんなこと言われたら……期待、しちゃうよ……。


いたたまれない。羞恥と不安で名前は視線をそっと男から外そうとした。




そのとき。




「ちょ、なんだよこれ……!」


「クソッ! いちいちふざけやがって! 上は、俺らをナメてんのかアアアアアッ!?」



キッチンから届くイルーゾォとギアッチョの怒声。

一方、リビングや廊下で何事だと目を丸くする8人。


すると、眉を吊り上げた二人が、部屋を繋ぐドアから顔を出す。


「ど……どうしたの? 二人とも」


「名前! 聞いてくれよ! み、水がッ」


「水道が、使えねえエエ……!」




放たれた事実。理解に、どれほどの時間を要しただろう。



「「「「「「……」」」」」」



水道を止められては、小麦粉すら捏ねることができない。

こうして、暗殺チームと組織との間にある確執は、さらに広がるばかりなのであった。











お待たせいたしました!
リーダー中心で、暗殺チームとヒロインの日常でした。
タイトルの16万リラ生活は、某番組の企画名をもじらせていただきました。
あれは1ヶ月という区切りがありますが、悲しきことかな。暗チのアジトではおそらく≪いつものこと≫に違いありません……。


ユウ様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします^^
polka



prev next
29/39
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -