渇愛ドレサージュ


※20000hit『La ragazza e specchio』続編
※微裏







以前から、名前にはひどく気がかりなことがあった。




「……ね、ねえイル」


「? 名前? どうしたんだよ」



それは初めて≪大人のオモチャ≫という未知の領域に手を出して以来、じわじわと続けられている調教に関することではない。

むしろ、彼女は植え付けられる快感を――無自覚ではあるが――淫らに受け入れている。



「あの……その、えっと……」



ベッドの上で手鏡を磨くイルーゾォの隣へおずおずと腰を下ろした名前が、これでもかと言うほど口ごもる理由。


実は、最近彼が口付けをしてくれないのだ。

行為中であっても、唇が触れ合うことはない。彼女はとにかく恋人の胸中を知りたくて仕方がなかった。



しかしその疑問を、ハグですら赤面していた初心な少女がぶつけられるはずもなく。



「(〜〜っどうしよう。すごく切り出しにくいんだけど……!)」



互いに仕事の関係で夜出かけては朝帰宅することが多く、今日は久々に重なった休日だ。

せっかくなので、この横で平然と商売道具の手入れをする男に、真意を尋ねてみたい。


けれどもなかなか言い出すことはできない。

イルーゾォがこの恋に冷めてしまったのかもしれない、という不安が付き纏うせいか、どこまでもチキンな心臓を持つ己にがくりと項垂れる。



一方、横目に手を忙しなく動かしていた彼はふっと湧き出た≪予想≫にまさか――と唇を歪め、今も百面相をしている可愛い恋人の方へようやく顔を向けた。



「あの、名前さ……身体モジモジさせてるけど、もしかしてセックスがシたい?」


「! ちがっ! 違うから!」


「……なんだ、違うのかよ。オレはてっきり……昨日も腰をいやらしく振りながらあんなに悦んでたし――」


「い、言わなくていいってば! その……え、エッチのことじゃなくて、ね?」



――チャンスは今しかない!


心を急き立てる衝動。

唾を飲み込むために上下した喉は、自然と震え始める。



「この頃、イルが……きっ、キスをしてくれない、から」


「……キス? オレが?」


「うん……」



こちらを見つめる男の目が少しばかり丸くなった。

その顔色からして、自覚はなかったのだろう。


だが、ここで引くわけにもいかない。

そう自分を叱咤した名前は、恋人が口を開く間も与えず矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出していく。



「前までは結構……して、くれてたでしょ? だから、なんでかなって」


「……そっか」



刹那、二人の間に漂う沈黙。


今更ではあるが、先程の発言が自ずからキスを強請ったようで恥ずかしい。




いや、本当は心の底から乞うているのだから、それはある種正しいのかもしれない。



「(ど、どう思われたのかな……)」



胸の内に蔓延るモヤモヤを払拭するために言ったというのに、さらに広がってしまった不安。


押し寄せてくるいたたまれなさに、彼女がただただ絨毯の編み目を数えていると――



「!」



――え?


次の瞬間、皺になってしまうほどシーツを強く握っていた手に、男にしては少々ほっそりとした手が重ねられた。

ドキッと仰々しいまでに跳ねる心臓。

ひどくか細くなる声。



「い、イル……?」


「名前」


「ッ」



他の人に呼ばれてもなんとも思わないのに、どうして彼に口遊まれると、こんなにもときめいてしまうのだろう。

離さないと言いたげに手に力を込められ、グッと寄せられた彫りが深めな顔。



トクン


トクン



左胸の裏側でいつもより速いテンポを刻む鼓動に導かれるがまま、名前は顎を少しばかり上げ静かに瞳を閉じた。






が。




「オレはキス以上のことで気持ちを表してるつもりだったんだけど……足りなかった?」


「!?!?」



久方ぶりのキス。

夢心地の中で囁かれた言葉。

それに思い切り目を見開いた彼女は、眼前でにっと笑う男にようやく今起きたことを悟る。



自分は罠に嵌められたのだと。




「〜〜っイルのバカ! 意地悪しないでよ……!」


「あははは、ごめんごめん。けど、キスを強請ったかと思えば目を瞑った名前が悪いんだからな? 名前があまりにも可愛い表情するから……」


「っ、はあ? そ、そんな顔してないし!」



怒りゆえなのか、羞恥ゆえなのか。

耳と頬をこれでもかと言うほど真っ赤にした名前。



そのからかいがいのある反応に破顔しつつ、イルーゾォはもう一度恋人を見据えた。



「で? 続きはするの? しねえの?」


「! あう、それは……っ」



沸騰してしまったかのようにますます紅潮する肌。


だが、その表情に加虐欲がそそられた彼は、




「それと、付き合って以来結構してるんだし……名前も≪自分から≫できるだろ?」



と、しれっと言い放った。




「えっ……、え!?」


当然、彼女は目を白黒させるばかり。

率先的にキスを試みたことは、もちろんない。


予想通り、ひどく動揺する名前に、苦笑した男は優しくその手を取る。



「大丈夫。ちゃんとどうすればいいかは、オレが言うから」


「っ……でも」


「オレもさ、たまには名前からキスしてほしいし……な?」


「…………う、ん……」










「まずは……ほら、ちゃんと舌出して」


「わか、た……、……んっ」



おずおずと触れた唇。

そして、≪命令≫に従い少女はあえて作られた隙間へと舌を忍ばせた。


唾液が混じり、クチュリと響く水音。

恥ずかしさに思わずきゅうと瞼を下ろせば、少なからずくぐもった恋人の声が届く。



「こうやって絡ませる……、ん」


「っんん……、ぁ……はぁ、っ……ふ」


「……そう、上手」



イルーゾォの服の襟元を掴む指先に、ゆっくりとこもった力。


ピチャ

レロ


三半規管を震わす生々しい音にゾクリと体内の奥底から駆け上った痺れが子宮を襲い、彼女の腰は自然と揺蕩った。



「(えっと、次は……こうして)ふ、ぅっ……ん、んン、っ……ぁ、……っは」


「うん、上出来。……何度もしすぎて自然と舌が覚えたんだな」



上顎、頬の裏、歯列、舌下。

普段されている≪キス≫を朦朧とした脳で思い出しながら、丁寧にそれら粘膜を舌先で舐っていく。


しかし、これほど深い口付けに慣れないせいか、名前が必死に続けていた鼻呼吸にも限界が来たらしい。



「ふ……っん、ぅ……! ……はっ、はぁっ」


部屋の空気を飾る甘やかな吐息。


窓越しの日差しによって煌く銀の糸が、二人を繋いでいた。




「……んッ。よっぽどキスしたかったんだね……」


「ぁっ、はぁ……っ、は……ん、だって、ぇっ」


「ホント、可愛いなあ。名前は……オレとのキス、好き?」


「んんっ……うん、ッ……はっ、ぁ、ん……イルとのきす、しゅき、ぃ」



己の思う色にますます染まっていく恋人。


――実はしたくてしたくてたまらなかったキス。それをしばらく≪我慢≫しておいて、本当によかった。

黒髪で含み笑いを隠した彼は、そっと彼女と額を重ね合わせつつ、答えのわかりきった質問を呟く。




「じゃあ、もっかい……する?」


「ッ、……//////」



焦熱に浮かされ、トロンとした瞳。

つー、と口端から首筋へ伝っていく唾液。

自ら距離を縮める名前の赤く濡れた婀娜っぽい唇。


身体の芯を溶かす≪欲≫に対して従順になっている――快感を求め小刻みに震える恋人の細い腰をしっかりと支えながら、大きな喜びでさらに口端を持ち上げるイルーゾォだった。










渇愛ドレサージュ
行く着く先は、≪彼好み≫……?










大変長らくお待たせいたしました!
イルーゾォで『La ragazza e specchio』の続編でした。
以前のお話と同じく、徐々にヒロインが調教されていく雰囲気を感じ取っていただけたら幸いです^^


リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひ!
polka



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