パスワードの先にあるもの


※イルーゾォ夢
※携帯擬人化パロ





とある部屋にて。


「ねえ」


「……」


「ねえ、イル君!」


「……なんだよ」



空気まで動きを止めるほど、緊迫した空気が漂っている。

正座をして目の前の≪スマホ≫を睨み上げる名前。

そして、そんな視線を気にすることなく、自分に内蔵された曲を聴いているのは彼女のスマートフォン、イルーゾォ。



「何って……わかってるでしょ?」


「さあ? 名前の心を読む機能は、さすがに付いてないし」


「(ぐぬぬぬ……っ)」



素知らぬ顔で呟く彼に、思わず歯ぎしりをしてしまう。


「〜〜っ」


――ほんと頑固なんだから……!



そもそも、なぜこのような状況になったのか。

それは――




「イル君! いい加減、機嫌直して画面開いてよ……!」




名前が、スマホのパスワードを忘れたことから始まった。

基本起動し続けていることが多いため、すっかり頭から消えてしまったのである。


一方、よっぽど気に入らないのか不機嫌そうに唇を尖らせた男は、目を剥く少女に対し決まった言葉を紡ぎ出す。



「ダメ。セキュリティの問題があるから許可しない」


「ケチ! 一回忘れただけでしょ!? 私が持ち主だってイル君わかってるんだから、開い――」


「だーかーらー! 許可しない許可しない許可しないィィィイ!」


「ッ……こんなときだけ、その口癖使って……!」



相変わらず攻防戦を繰り広げている二人。

そんな、今にもどちらかが激高しそうな雰囲気の間に、スマホ・イルーゾォについて紹介しておこう。



黒を基調としたフォルム。

特徴的なイヤホンジャック(髪型)。

なぜか付属品として、紫色のもこもこカバーまで付いていた優れ物。


機能的には、着うたに力を入れているタイプらしい。



だが、店のディスプレイに並んでいた男と、名前の出会いは本当に偶然だった。



「あ、このデザイン好きかも」



言うなれば、直感。

一度こうすると決めたら、テコでも動かない性格の彼女は、ちょうど買い替えを考えていたこともあり、すぐさま店へ足を踏み入れた。


そして帰宅した途端、上機嫌でそのスマートフォンを起動させる。



すると、かち合う瞳。

少女の心はますます高揚した。



「ふふ、よろしくね」


しかし――



「……ねえ、本当にオレでいいの?」


「え?」



返ってきたのは、かなり謙遜に満ちた反応。

当然、目を丸くする持ち主に、イルーゾォは慌てた様子で口を開く。



「いや……その、店にはオレ以外にもあっただろ? 今なら、交換も――」


「ううん。私は君がいい」


「!」


「選んだ理由は確かに直感だけど、それで今まで後悔したことなんてないの。……それとも、ここにいるのは嫌?」



不安交じりの苦笑。

驚きに全機能が停止していた彼は、その質問に勢いよく否定を示した。


――よかった。

小さく安堵の息を漏らした名前は、すかさず男の前に右手を差し出す。


「ならこの話は終わり! もう知ってると思うけど、私の名前は名前。君は……」


「オレはイルーゾォ」


「イルーゾォ……うん、イル君だね! よろしく!」



しっかりと交わされた握手。

最初は内気で、電子マネーなど何かにかざすことも嫌がり、自分の後ろに隠れていたイルーゾォ。




なのに――



「ねえ……お願いだから許可してよ」


「……(ツーン)」



今ではパスワード一つ忘れるだけで、即座にシャットダウンしそうなほどの横暴っぷりだ。

セキュリティー的には万全かもしれないが、少しばかりの猶予が欲しい。


――うーん……パスワード、なんだっけ。

あくまで淡々と音楽を聞き、無言を貫き通すつもりのようだ。



こうなったら自分で解決するしかない、と意気込んではみたものの、


「うーん……誕生日?」



なかなか思い出すことができない。




「いや、誕生日じゃなかった気がする……じゃあ何? 結婚記念日……って、まだ結婚してなかった」


「生まれた時の体重……はないよね。そもそも、パスワード≪四文字≫だっけ?」


「あああ、もっとわからなく……!」



己の記憶力のなさを恨み、さらに眉根を寄せる名前。

その様子を一瞥して、「はあ」とおもむろにため息をついた彼がぽつりと呟く。



「ほんとに忘れちゃったわけ?」


「忘れたから困ってるの!」


「……ふーん」


「(あれ?)」



不意に脳内を過ぎった疑問。

なぜ、パスワードを忘れてイルーゾォはここまで≪不機嫌≫なのか、と。


つまりそれは、この男が関係するという意味で――



「……あーッ! 思い出した!」


「はあ……やっとか。ほら、打ってみなよ」


「うん!」



数字のボタンを、一つ一つ丁寧に押していく。


そうだ。

設定をするときに、このパスワードに決めたのだ。



スマホを購入した日。≪イルーゾォと出会えた年月日≫に――






「って、開かんのかーい!」



ところが、画面に現れたのは、パスワードが違いますの文字。

西暦から打ち込んだのだが、おかしい。

再び頭を抱えた彼女に対して、彼はもう一度大げさなため息をこぼした。



「あー……すごく惜しい」


「え、惜しい? でも、これ以上何が……」



先程より機嫌が直ったらしい。

ディスプレイから視線を外し、少し口元を緩ませた男を見つめれば、イルーゾォはやおら言葉を紡ぎ始める。


「ほら、もっと詳しく決めただろ」


「く、詳しく?」


「うん」






「起動した時間四文字も入れて、合計十二文字だよ。パスワードは」


「……」


思い出した?

と、彼がこちらの顔を覗き込んでくる。


ブチッ


どこかで響き渡る、何かが切れた音。



次の瞬間、




「十二桁なんて、思い出せるか……ッ!」


「うぐっ!?」



自分が決めたにも関わらず、我慢の限界だった名前がカバーも着ず無防備だったスマホ――イルーゾォにアッパーをかましたのは、言うまでもない。












パスワードの先にあるもの
わかりやすい、かつ自分にしかわからない数字にしましょう。




〜おまけ〜



〜♪


「! イル君が歌ってる……!」



しばらくして、怒り心頭だった彼女は、ふと届いた着うたに表情を変え、瞳を輝かせる。


一方、その何度着信やメールが来ても同じように笑顔を見せている少女に、男はヒリヒリと痛む顎を手でそっと押さえながら、小首をかしげた。



「また言ってる。オレの歌、そんなに好きなの?」


――って何言ってんだろ。

恥ずかしい。


首から上が燃えるように熱いと感じた彼が、焦燥を表情に浮かべて発言を訂正しようとする、が。



「うん、好き」


「ご、ごめん。今の冗談だから! 別に好きになってほしいとか思って――は?」


「?」


「えっ、好き……なの?」



すると、間髪入れずに返ってきた肯定。


「好きだよ? って言っても、好きなのは歌だけじゃないけど」


「……、!?」


吐き出されたのは、思わぬカミングアウト。

当然、イルーゾォのすでに赤かった顔はますます紅潮し――


「〜〜ッ!」


「ちょ、どうしたの? ねえ、イル君!」



バッと名前へ向けられたのは、細身と言える背中。

突然のことに彼女がきょとんとしつつ、自分を追ってくるが気にしてはいられない。



「な、なんでもない!(こんな顔、見せられるわけないだろ……っ)」


いつか。

いつか「オレも」と言いたい――密かな願いを胸に抱きながら、彼は飛び出してしまいそうなほど高鳴る心臓を必死に抑え込んでいた。











お待たせいたしました!
イルーゾォで携帯擬人化パロでした。
普通パスワードは四文字のイメージがありますが、イルーゾォ君の少し気難しそうなところも踏まえて書かせていただきました!


リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひclapへお願いいたします。
polka



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