パリトキシンの果て


※イルーゾォ夢
※病んでます




イルーゾォと名前。

その二人は、同じチームで恋人同士だった。



「イル……、好き」


「! オレも」


「(あー、どっかで爆発してきやがれ)」



珍しく苦いエスプレッソを飲みたくなるほど、甘い雰囲気でイチャつく二人。


リビングに漂う空気に、誰もがため息をつく。

そんな、あまりにも仲の良い彼らに対して、仲間の誰かがからかい交じりに呟いたことがあった。


≪どちらかが別れてなんて言ったら、もう一方は気が狂ってしまうんじゃないのか≫、と。

そのとき、男は恋人を抱きしめながら、こう返した。


「縁起でもないこと言うなよ。それに……オレは絶対に名前を手離したりしない。≪別れて≫なんて言わせないから」



当然、それを聞いた仲間は≪お熱いこって≫と笑い飛ばす。

そして、宣言された彼女も幸せそうに微笑んでいた。







だが、いつからだろう。



もともとからヤキモチ妬きだったイルーゾォ。


その彼の行動に、≪異常さ≫を感じ始めてしまったのは――





「ッ……イル、どうしたの? 腕、痛いよ……っ」


今日は仕事もなく、のんびりとリビングで過ごし、ふと名前が自室へ戻ろうと廊下を歩いていたとき――突如開いた恋人の部屋に引き込まれてしまった。

さらに、ドアへ押し付けられているかと思えば、両手首まで掴まれている。


こちらを見下ろす鋭い眼光。

足が竦み、力が入らない。



「ねえ名前」


「な、に……?」


「さっきまで、何してたの」




最近、よく放たれる質問。

以前は「可愛いな……」とだけ捉えていたが、今は少し怖い。



「え? 何って……リビングで雑誌、読んでただけだよ?」


「……」


「ね、ねえ……イル、お願い。手、離して?」



強い力で握られ、すでに痕が残ってしまっているだろう。


響く、骨が軋む音。

それに小さく眉根を寄せながら、名前が≪お願い≫を口にすると――



「ウソだ」


「えっ? イル、何言って――」


「……オレにウソ、つくなよ……ッ!」


「きゃあ!?」



次の瞬間、視界は天井で埋め尽くされ、衝撃を受けた背中が悲鳴を上げた。

一方、彼女をベッドへと組み敷いた男は淡々と言葉を紡ぎ始める。



「さっき見た。名前、プロシュートと話してただろ」


「!」



確かに、偶然リビングへ入ってきた彼とは話をした。

けれどもそれは、ほんの一言、二言だ。


違う、聞いて――誤解を解こうと、名前は慌てて己の恋人を見上げた、が。


「ひ……っ」



二本の手首を容易に纏め上げている左手。

もう片方の――右手には、カーテンと窓の間から射す光でギラリと煌く小型のナイフ。



「や、だ……ちがっ、違うのイル! 私、プロシュートとは何も――」


「黙れよ」


「!?」


「名前……言っとくけど、オレは≪浮気≫なんて絶対に……絶対に許さないから。名前はすごく優しい子だからさ、知ってるよね? オレ、裏切られるのがすっげえ嫌いって……なのに、なんで浮気するんだよ。オレを弄んで、そんなに楽しい?」



連ねられていく想いに、どうすればいいのかわからない。

強いて言うならば、ただただ狼狽えることしかできないのだ。


静かに息をのみ、眼が恐怖一色になった彼女を凝視しつつ、光を一切宿していない瞳を細めたイルーゾォは、そっと白い透き通るような肌へ近付ける。



「だから……浮気者の名前には、罰をあげなきゃね」


「! いや……っ」


「≪嫌≫なんて言わないでよ。悪いことをした子には、お仕置きが必要だろ?」



そう呟いた刹那、刃先を優しく首筋に添わせた。

当然、暗殺者の一員だとしても、恋人がこれからしようとすることに怯える名前。



「ぁ、っ」


「……まずは喉かな。オレ以外の名前を呼んだもんね……もう要らないや。それと――」


次に冷たさを捉えたのは、耳たぶ。

広がる恐怖。

張り詰めた空気に、呼吸さえ忘れてしまいそうだ。



「オレ以外の声を聞いたんだよね……これも要らない」


「それから、オレ以外の香りも嗅いだんだろ? なら、ここも要らない」


「あとは……ここか」




数ミリでも動けば、肌を突き刺すであろう痛み。


最後にそれへの怖気を余儀なくされたのは、涙が滲み始めた≪瞳≫だった。


「イ、ル……おね、が……っ」


「名前の目、すごく綺麗で好きだったんだけどな……オレ以外をどれほど映したんだろう。≪オレだけ≫にならないなら……こんなモノ要らない」


「や……やだ、っいやぁ!」



ついにポロポロと目尻から零れ落ちる雫。

しかし、ナイフの先が瞼から離れることはない。


今、もし彼が手を少しでも下へ動かせば――想像しただけでゾッとした。



やめて。

イル、やめて。

お願い……!





「ごめ、なさいっ」


「……名前?」


「ひ、っぅ……ぐす、イル以外見ない……も、浮気なんてしな、いからぁ……っ!」



自己防衛。

それはときに、身に覚えのないことでさえ≪認めさせてしまう≫。


暗殺者なのに情けない。


そう自分を叱咤しながらも泣きじゃくっていると、おもむろに刃が離れた。



「……本当に? もう、しない?」


「(懸命に首を縦に振り)」







「よかった」



刹那、カランという金属特有の音が床に響いたと同時に、優しく抱きしめられる。

その解放されたという安堵と、元に戻ってくれたという喜心。


二つに心は支配され、名前は≪恐怖≫も忘れ恋人の肩に顔を埋めた。



「イル……っ」


「名前……一つ、提案があるんだけど」


「な、に?」



ゆるりと撫でられる頭。

瞼が腫れてしまっていることすら気に止めぬまま、男を見上げれば――


「名前も、この部屋に住みなよ」



カチャ


「……、え?」



突然、首を包んだ冷たい感触。

それ――歪な首輪を、愛おしげに見つめながら、イルーゾォはぽつりと呟く。


「言っただろ? ≪手離したりしない≫って……」


「そ、だけど……こんなの」


「今までは堪えられたんだけどさ、もう仲間にも名前を見せたくない。だから、仕事はオレに任せて? 大丈夫だよ、オレたちが一緒なのは前からだろ? 誰も不審に思わない」


「っ」




いつからだろうか。


彼の心を、≪毒≫が侵し始めたのは――



「い、イル……わた、し……」


「ねえ名前」










「まさか≪別れて≫なんて、言わないよね?」


冷ややかな眼差し。


ゾクリ

背筋を走り抜ける悪寒。


この恋人も、やはり≪暗殺者≫の一人なのだ。



「……そん、なこと……思ってない……思ってない、よ?」


「はは、そうだよね。安心した」


「う、ん……っ」



一瞬、心を掠めた≪離れたい≫という気持ち。


その想いと、消えることのない金属の冷たさを必死に抑えつけながら、名前は今できる精一杯の笑顔を男に見せるしかなかった。


≪もう、戻れない≫――











パリトキシンの果て
解毒剤の行方さえ、わからない。







お待たせいたしました!
リクエストで、思いきり病んだイルーゾォでした。
思いきり……になっていたでしょうか?
そう感じていただけると嬉しいです……!


リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします^^
polka



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