アマレッティ


※イルーゾォ夢
※甘裏





それは、本当に偶然の出来事だった。



「ほんと、名前って可愛いよなー」


「ハン! 今更何言ってやがる」


「!?」



水でも飲もうとイルーゾォが、リビングの鏡からそこへ出ようとしたときに聞こえた会話。

鼓膜を震わせたある単語に、思わず己の世界へ逆戻りしてしまう。


――名前? 確かに任務の疲れが吹っ飛ぶぐらい可愛いけど、なんであいつらがそんな話して……。



そして、必死に身を隠しながら、仲間の発言に片耳をそばだてた。

一方、久々の休暇ということもありリラックスタイムのメローネとプロシュートは、話題の中心である名前について相変わらず軽口を交し合っている。



「いや、聞いてくれよプロシュート〜! オレが挨拶代わりに≪今日も可愛いね! チューしたい! ね、していい?≫って聞くと、顔を真っ赤にしながら≪も、もう……そんなお世辞はいいから早く任務行って!≫って返すんだぜ? ベリッシモ可愛い。本音なのにって言っても頑なとこもまたベネ!」


「ふ……テメーが気持ち悪いのは別として、名前はすげえ可愛いじゃねえか。オレなら、俯いたあいつの顎を取ってすぐにキスするな、ぜってえに」


「うわっ、出たね百戦錬磨発言。あんた、そのテクニックでどんだけの女泣かせてきたんだよ」


「お前の言う≪泣かせ≫たはどの≪なかせ≫だ? それによって答えが違う」


「(どういう意味だよ、それ……!)」



吐き出してしまいそうなツッコミをなんとか抑え付け、グッと鏡の中で堪え続けた。

いまだに盛り上がる二人。

言いたいことはたくさんあるが、今出て行けば変に弄られるのがオチだ。




――出るに出られないから、早く部屋に戻るかしてくれよ! というか名前の話をやめろよ、この伊達男ども……ッ!



そんな念を送ってから数分後。

名前の恋人――ではなく彼女に片思いをして今日から一週間後で3年目に突入するイルーゾォが小さく歯ぎしりしたタイミングで、彼らはおもむろに口を揃えて、




「「あー……名前可愛い、≪今すぐ食べたい≫」」



願望――いや、イルーゾォにとっては衝撃的な欲望を言い放ったのである。




ガッシャーン

ドンガラゴロゴロゴロ



「ん? 何か聞こえたけど……?」


「ハッ、どうせホルマジオがシニョリーナ(猫)に振られたか、ギアッチョがゲーム機に対してキレただけだろ。気にすんじゃあねえよ」


「だな。でさでさー!」



音の出所さえ気にせず、再び話し始める男たち。

しかし、己の世界ですっ転び、痛みに悶絶した彼が平然としていられるはずがなかった。



「(ヤバい……やばいやばいやばい……!)」


このままじゃあ、名前が、名前があいつらに食われる!!!

次の瞬間、別の鏡から外へ足を踏み入れたイルーゾォは、体力のない彼にしては珍しい素早さで廊下を駆け出していた。


目指す場所は――当然、あの子の部屋。









コンコンコンッ



「? はーい」


性急に叩かれたドア。

仲間の中で一番可能性があるのはリーダーだが、そのあまりにも焦燥を交えた音から考えるならば彼では、なさそうだ。


――誰だろ? イルーゾォだったらいいな……って、何考えてるの、私っ!

脳内を過った内弁慶だが、本当は優しくてずっと≪恋愛対象として≫気になっている男を消すため、勢いよく頭を横へ振ってからドアノブを引く。


すると――



「え? い、イルーゾォ?」


「……よ、名前」



目の前には、まさかまさかの片手を挙げたイルーゾォ。

名前は、首筋から旋毛までせり上がってくる熱を無視しながら、おずおずと口を開いた。



「えと……どう、したの? 仕事で何かあった?」


「いや、違うんだけど……えーっと、あー……うん」



あれほど急ぎの用かと思わせるほど扉を叩いたにも関わらず、彼が気まずそうに口を濁す。

その態度にますます首をかしげつつも、立ち往生させるわけにはいかないと彼女は身体を横へ移し、男が部屋に入れるほどのペースを作った。



「よくわからないけど……まあ、入って?」


「えッ!? いい、のか?」


「(なんでそんなに驚くんだろう……)うん、ここじゃ言いにくい話なんだよね?」



言いにくい、言いやすいの問題では――喉からこぼれかけた言葉を寸前で止め、こくりとイルーゾォが頷く。


好きな子の部屋。

一歩踏み出した途端、鼻を擽る甘い香りに、胸はまるで思春期のようにひどく高ぶってしまう。


いや、彼はそもそも全体的に思春期真っ盛りなのかもしれない。


「あの、イルーゾォ。この部屋、そんな物珍しいモノなんてないよ? それに……あんまり見られると、恥ずかしいな///」


「! ごっ、ごごごごめん!」



気が付けば、名前の私物を見渡していたらしい。


――な、何やってんだよオレ! これじゃあ、あいつら変態と変わんないじゃねえか……!



自分を罵倒する男に対して、その胸の内を知らない彼女は真っ赤になった顔を隠すように手でパタパタと扇ぎながら、ベッドを指差す。



「あは、は……謝る必要ないのに。あ、ここ座って?」


「っ……わかった」



ボスン

二人して腰を下ろしたせいか、四本の脚が小さく悲鳴を上げた。


漂う気まずい空気。


それを切り裂くために、イルーゾォは静かに口を開く。



「名前」


「ん?」


「いや、ここに来たのは……実はメローネとプロシュートが、さ」


「? あの二人がどうかした?」


「……」



今更。

本当に今更だが、思った。


自分は彼女に何を伝えて、どう反応してほしかったのか、と。


――≪名前を食べたいってあいつらが言ってた?≫ そんなの、信じる信じないは別にして引かれるだろ、たぶん。

――それに、想像したくないけど名前はあいつらのどっちかが好きかもしれないし……、……ああああッ、ダメだ。なんのために来たんだよ、オレ!


考えても考えても、思い通りの言葉は出てきやしない。

お菓子のように甘く、だが中毒性の高い空間に、脳髄まで侵されてしまいそうだ。


そんな言い訳にもならない言い訳を自身にしつつ、そもそも――と心配そうにこちらを見る名前を横目に考え続ける。



――そもそも、食べるってことは、抱くってことだよな? つまり、今隣にいるかなり困惑した表情の名前を押し倒して――



「ねえイルーゾォ、ほんとに大丈夫?」


「!」


突如現れた、自分を窺い見る彼女の顔。


さらりと重力に添って流れる艶やかな髪。

ほんのり薄紅色に染まった柔らかそうな頬。

少しだけ開かれたつい先程己の名を紡いだ唇。



刹那、イルーゾォは心を占めた欲に従っていた。


「ん……っ!?」



驚きに見開かれた名前の瞳をじっと見つめながら、口腔を舌で荒らしていく。


恐怖や怯えは、今の彼にはない。



「ふ……んっ、ぁ……いる、ぞ……ッんん」


クチュリ

逃げる舌を追いかけ、唾液が絡まる。


歯列、舌下、粘膜を刺激された彼女は、押し寄せる快感にビクリと肩を震わせた。

目尻に浮かぶ生理的な涙。



「ッ」


「ぁ……っ」



気が付けば、男は恋い慕う女をシーツに組み敷いていた。

足を乗り上げたゆえか、静寂が包んだ空間で軋むベッド。


ようやく解放した彼女の唇から伝い落ちる銀の糸に、身体の芯が自然とこれまでにない熱を持つ。


「は、ぁっ、はぁ……、イルー、ゾ……?」


「……」



しかし、イルーゾォの動きはそこで停止してしまった。

まるで電池切れのロボットのように。


ただただこちらを見下ろす彼に、名前は息を乱したまま小首をかしげる。



「……っ」


「あ、の……」


「!」



現れたのは動揺。

キスをされているときに薄らと見えた肉食獣のような瞳は、もはやない。

かと言って、≪やってしまった≫という表情でもない。


――もしかして……。

むしろ、男の目に宿っているのは後悔というより――



「もしかして……イルーゾォ、初めて……?」


「なッ! そ、そっ、そんなことない!」



どうすればいいのかわからない――行為への≪当惑≫だった。

図星をつかれて焦ったのか、視線を彷徨わせる自分の上に跨っている人。


その可愛らしさと安心に、


「……ぷっ、ふふ……」



彼女は場を支配していた緊張感も忘れて、吹き出していた。

一方、突如笑い始めた名前に、イルーゾォはますます顔を赤くして憤る。



「〜〜っわ、笑うことないだろ!? ……悪かったな、その……なんていうか初めてで……!」


「ふふ、っごめんごめん。あのね? 私だけが……ドキドキしてるのかなって不安だったの。だから、今のイルーゾォを見て安心しちゃった! 私も、えっと……初めて、だから……っ」


「え……マジ……?」


「(コクン)」



告げられた事実。

当然、湧き上がるのは≪喜び≫。


「なんか……すげえ嬉しい」


「!」


「ほんとに、オレでいいの?」



次に浮かんだのは不安。

それを見上げて、彼女はおもむろに唇を尖らせた。


「い、いいからこうして暴れてないのっ」



恥ずかしさゆえか視線をそらす名前に、カタンと心臓が再び音を立てたのを感じながら、彼はそっと彼女の服の裾に手をかける。


「(まずは……)服、捲し上げるから」


「うん……ん、っ////」



どこかで知った手順。

一通りではないにしろ、参考になるそれを必死に思い出しつつ、上着一式をたくし上げた。


すると、


「あ……」


「っど、どうかした?」


「いっ、いや! 気にするな!」



どうやらブラジャーですら共に上がってしまったらしい。

思いがけず登場した、ふるんと揺蕩う丸みを帯びた二つの膨らみにばかり目が行ってしまう。


だが、名前の不安げな視線にハッと我に返った男は、脳に浮上した考えをすぐさま行動に移した。


「ぁっ……ぐにぐにしちゃ……んッ、や、ぁ!」


「可愛い、名前……」



自分の手のひらに収まった乳房。

五本の指すべてを使って柔らかさと弾力の両方を堪能していると、彼女はいやいやと首を振りながらも甘い悲鳴を上げる。


そして、しばらくマシュマロのような触感に酔いしれていたイルーゾォが、ふとあることに気が付いた。



「あれ? 名前、ここ赤くなってるけど……?」


「っ、あん!」


示したのは、先程より腫れぼったくなっている乳首。

そこを二本の指先で摘まみ、攻め立てれば、どこまでも白い肢体は小刻みに揺れる。



「ひぁっ、ぁっ……ソコばっかり、っいやぁ」


「え? おかしいな……どんどん固くなってるから、気持ちいいんだと思ったんだけど、違うの?」


「! はぁ、っそ、れは……ぁッ! いじわ、るしなっ、でぇ……!」



覚束ないながらも的を射た手つきにますます名前の躯体は熱くなり、コントロールが利かなくなっていた。


――っ……どうしよう、すごく熱い……。


快楽を受け入れて動揺する彼女に対し、彼は右手を突然スカートの中へ忍び込ませる。


「!?」


「こっち、どうなってるんだろ」



ダメ――その言葉が喉を震わせて音になる前に、足を持ち上げられ、抵抗する間もなく下着を取り払われてしまった。

ひやりと空気を捉えた秘部に、頬を突き刺す燃えるような羞恥と焦熱。


一方、涙目の名前を見つめたイルーゾォは、滑らかな内腿に手をゆっくりと這わせ、ついに奥の秘境へと辿り着く。



「あ、濡れてる」


「! 〜〜っ//////」


「次は……こうすれば、よかったんだよな」


「ひゃっ……!?」



下肢から響く淫靡な音。

恐る恐る膣口を広げる指。


それが肉壁を擦り、快感と同時に小さな恐怖を感じた彼女は腰が引けてしまう。

すると、その様子に気付いた彼が、室内の光を帯びる頭へ不意に左手を寄せた。



「っは、はぁ……っ? イルー、ゾォ?」


言葉はない。

返ってくるのは、自信はなさそうだがとても優しい笑みだけ。


たとえそうであっても、名前の強張っていた身体からは力が抜けていた。


「ぁ、っん、はあ、はあ……ぁあッ」



自然と指は二本、三本と増えていく。

そして、思い出したかのように親指でクニクニと弄られる赤くなった陰核。



「ぁっ、やぁっ……いる、ぞ、っ何かきちゃ……ぁっ」


「ほんと? じゃあ……」


「あん……!」


クチュ

そんな音を立てて、名残惜しそうに肉襞はヒクヒクと離れた刺激を求めた。


なぜ――朦朧とする中彼女が視線を男へ向けると、ちらりと映った≪肌色≫にすぐさま目を伏せる。



「名前……?」


「あ、えっと……ごめん、ちょっとびっくり、しただけ」


「謝らなくていいけど……」


「(思ったより筋肉あった、なんて言えない……!)」



再びベッドが二つの体重で軋むのを感じながら、言いよどんだ名前はとっさに、



「イルーゾォ、や……優しく、してね?」


「!」


と呟いていた。

当然ながら、鼓動が一層速まったイルーゾォは彼女の上へ覆い被さり、顔を真っ赤にしながら頷く。


「うん、する……痛かったら、言って?」


「〜〜っう、うん」



次の瞬間、持ち上げられた両足が広げられ、スカートははらりと腰元にずれた。


喜びと不安。

その二つの交わった瞳が重なり合う。

そして、名前の蠢く花弁が熱い感触を覚えたかと思えば――


「ぁっ、ぁあああ……っ」


「っく……名前、力……抜い、て」


「ん、っはぁ、はぁ、ッ……むり、ぃ」



膣内を徐々に押し拡げる性器。

思わず目の前の彼に縋り付くと、ゆるりと腰が動かされた。


「ふ、ぁっ……動かしちゃ、ああっ」


「ッ名前……」


「ぁっぁっ、やだ……ぁ、っ奥ダメ、ぇ!」



モノ全体を包み込む粘膜。

その心地よさときつさに、男は名前を一片の理性で気遣いつつ、眉を苦しげにひそめる。


ジュブリ

パチュン

室内に響き渡る生々しい水音。


「っは……名前のナカ、熱い」


「いやっ、ぁッ……言わないで、っ……あん!」



ひどく擦れる肉と肉。

最奥の子宮口を時折抉る一物にただただ意識までもが委ねられ、彼女は何かしらの≪予感≫を悟った。


「あっ、ぁっ、ぁっ……いる、ぞ……ダメ、らめぇっ! さっきの、来ちゃ、うの……ぁあ!」


「名前……ッく、いいんだよ? イって……」


「い、く? はぁ、っん、あんっ……わた、しイっちゃ……ッ、やぁあああっ!」


「うッ……!」



熱い体液が、勢いよく溢れ出す。

それを悦んで誘い込む子宮の筋肉。


迫る甘く刺激の強い痺れに、ビクリビクリと骨盤を震わせながら、名前はもたらされた快感の余韻に浸っていた。









「あ」


「っん……?」



シーツに寝転がる二つの一糸まとわぬ身体。

突然、声を上げたイルーゾォに何事かと視線を移せば、申し訳なさそうに眉尻が下げられている。


「順番が逆だけどさ……オレ、名前が好き」


「…………今更すぎない?」


「! ご、ごめん! ただ――」


「なんてね」


「え?」



彼が目を丸くした瞬間、頬を掠める柔らかな――薄紅色の唇。

混乱一色だった顔は見る見るうちに≪驚き≫を歓迎した。


そんな男の表情を見つめながら、彼女はにこりと微笑んで見せる。


「嬉しいから、いいの。私も……イルーゾォが好き」


「名前……あのさ、もう一回キスしていい?」


「……もう。さっきみたいに≪不意打ち≫でいいのに」


二つの笑みに浮かぶのは、幸せ。

しばらく至近距離で瞳を交わらせていた二人は、引き寄せられるままそっと唇を重ねた。



「それで……結局、イルーゾォは私の部屋に来て何を話すつもりだったの?」


「……いや、知らなくていいよ」










アマレッティ
偶然と焦燥。それが恋の成就に繋がる時もある。







大変長らくお待たせいたしました……イルーゾォで甘裏でした!
かなりのウブーゾォになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
ちなみに、「アマレッティ(Amaretti)」とはイタリアのお菓子だそうです。


ハノ様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします。
polka



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