奪われた白い羽
※give&get『鏡の中の小鳥』の続き
※病んでおります
名前をこの世界に歓迎して、三日が経とうとしていた。
「名前」
「!」
夕飯を持ってきたと知らせるために呼びかけると、隅で縮こまっていた彼女はビクリと肩を揺らす。
潤んだ瞳。
赤く腫れている瞼。
何かで濡れた服の裾。
また≪あいつ≫のこと?
ほんと、名前は優しくて、可愛いなあ。
でも、オレのことそんなに怖がらなくていいのに。
「ご飯だよ。今日は……ちょっと失敗しちゃってさ、時間かかっちゃったけど食べて」
今晩はうちのリーダーじゃないけど、リゾットを作ってみた。
めったに包丁なんて使わなかったから、かなり指とか怪我をしたけれども、≪名前のため≫だから気にしない。
すると、オレの絆創膏だらけの指を一瞥して、また泣きそうになるほど顔を歪めた彼女は、ふるふると小さく首を横に振った。
もしかして、心配してくれてるのかな。
「ッ……いり、ません……」
「なんで? お腹すいてない?」
「(コクン)」
「……そっか」
名前のために必死に考えて。
名前のために必死に作り方覚えて。
名前のために必死に挑戦してみたけど――ダメなんだ。
≪何が≫いけないんだろう。
ここへ来てから、彼女はまだ一度も食事に手を付けていない。
元からびっくりするぐらい細いのに、腕や足はどんどんやせ細っていく。
「ねえ名前」
「! な……なんです、か……?」
「このままだと、本当に餓死しちゃうよ?」
まさか。
まさかだけど、≪死にたい≫とか考えてるのかな?
そんなわけないよね。
――だって、オレも名前も一緒に居られて幸せなんだから。
「ねえ名前。何してほしい?」
「え……?」
訝しげにひそめられる眉。
視線を彷徨わせる彼女を見つめながら、オレは一歩皿を持ったまま近付く。
「言ってほしいんだ。名前のしてほしいこと。≪名前のため≫だったら、何でもできるよ。ううん、やってみせる。名前にビルの屋上から飛び降りろって言われたら正直怖いけどするし、敵対する組織に一人で立ち向かえって言われたらそれもちゃんとする。だって、≪名前のため≫だから」
話せば話すほど、開かれていく彼女の美しい瞳の奥の瞳孔。
感動してくれてるのかな。
「ねえ名前。この世界のインテリアが気に入らないの? だったら、今までできるだけシンプルにしてたけど変えるよ。何を飾ってほしい? 本? 絵画? ……ああ、花はいいかもね。名前が≪前に≫働いてた店から買ってくるよ。たくさん飾ろう、きっと華やかになる」
「それとも何か欲しい? 別の食べ物? 服? 化粧品? 何でも言ってよ……すぐにとってくるから。鏡を行き来できるから本当にすぐだよ?」
「……っ」
「それから、それから……あとはなんだろう? ねえ名前――」
「っ、もうやめてください!」
刹那、空間を切り裂く透き通るような声。
その叫びに名前へ目を向けると、彼女はひどく悲しそうに、ひどく苦しそうに――そして泣いていた。
「名前? なんで泣いて……なあ、何が君を――」
「来ない、で……!」
オレの言葉を遮り、ブンブンと首を横へ振る名前。
ぽたりぽたりと頬を伝う雫が、オレが選んだ服に落ちていく。
「イル、ゾォさん……っなんでもするって、言いました、よね?」
「! うん、するよ! ≪名前のため≫ならなんでもする……!」
ずっと見つめてきた女性が、
愛しい彼女が、
名前が、
オレの名前を久しぶりに呼んでくれた……!
嬉しい。
すげえ嬉しいよ。
このとき、オレはこれまでにないほどの悦に浸っていた。
――次の名前の発言を聞くまでは。
「なら……≪ここから出して≫」
「……え?」
「ここから出してください、イルーゾォさん」
おもむろに立ち上がってこちらを見据える彼女に、身体が、心が、脳が全て停止する。
――なんで?
わけがわからないって表情をするオレに対して、名前は微かに震えながら言葉を紡ぎ出した。
「お願い、です……っ、私……私もう堪えられない……出して、出してください……!」
「それができないなら――」
――いっそ殺して、ください。
≪殺す≫?
名前が涙声で放った一言。
殺すってどういうこと?
死にたいの?
オレから離れたいの?
オレが嫌いなの?
「……なんでだよ」
次の瞬間、目の前にあった華奢な肩を感情に従うまま、両手で掴んでいた。
すると、痛みか何かで眉間に刻まれる皺。
「ッ! ぁ……!」
「なんで……なんでだよ、名前。なあ名前。なんでなんでなんでッ! なんで殺してとか言うんだよ。オレに名前を失えって言うの? それこそ堪えられない、堪えられるわけないよ。名前は優しいからさ、オレを残すなんてしないよね? しないって言ってくれよ。死なないって言ってくれよ。……死ぬなんて許可しない。絶対に許可しない。あんな男の元に行くなんて許可しない。許可しない許可しない許可しない許可しない……!」
「っ……」
歪んでいく名前の顔。
それを目にして、ようやくオレは我に返った。
「あ、ごめん……」
静かに彼女から手を離す。
「はは、オレ何やってんだろ」
寛大でいなきゃ。
名前に見捨てられちゃうな。
そんなの、堪えられるはずがない。
「ごめんね? 本当にごめん、名前……もうしないよ。…………で」
≪何の話だっけ?≫
「……っ何でもない、です」
ゆっくりと、すべての考えを消し去るように彼女が頭を振るう。
「ほんとに? 無理してない?」
「いい、んです。……ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。名前、夕飯食べよう……少し冷めちゃったけど」
ふらついている身体、足。
ほら、やっぱり食べないとダメだよ。
「ね? オレも一緒に食べるからさ」
いつまでも壁に添おうとする名前の右手を、しっかり握りしめ引き寄せた。
ああ、滑らかで柔らかい。
「……、……は、い」
やっと頷いてくれた。
オレ、すげえ幸せ。
「――ねえ名前」
これからもずっと≪一緒≫だからね?
奪われた白い羽
彼の≪愛≫は、飛び方すら忘れさせてしまいました。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1610_w.gif)
大変長らくお待たせいたしました!
イルーゾォで「鏡の中の小鳥」の続きでした。
マシンガントーク、精一杯書かせていただきました……いかがでしたでしょうか?
百合様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
polka
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※病んでおります
名前をこの世界に歓迎して、三日が経とうとしていた。
「名前」
「!」
夕飯を持ってきたと知らせるために呼びかけると、隅で縮こまっていた彼女はビクリと肩を揺らす。
潤んだ瞳。
赤く腫れている瞼。
何かで濡れた服の裾。
また≪あいつ≫のこと?
ほんと、名前は優しくて、可愛いなあ。
でも、オレのことそんなに怖がらなくていいのに。
「ご飯だよ。今日は……ちょっと失敗しちゃってさ、時間かかっちゃったけど食べて」
今晩はうちのリーダーじゃないけど、リゾットを作ってみた。
めったに包丁なんて使わなかったから、かなり指とか怪我をしたけれども、≪名前のため≫だから気にしない。
すると、オレの絆創膏だらけの指を一瞥して、また泣きそうになるほど顔を歪めた彼女は、ふるふると小さく首を横に振った。
もしかして、心配してくれてるのかな。
「ッ……いり、ません……」
「なんで? お腹すいてない?」
「(コクン)」
「……そっか」
名前のために必死に考えて。
名前のために必死に作り方覚えて。
名前のために必死に挑戦してみたけど――ダメなんだ。
≪何が≫いけないんだろう。
ここへ来てから、彼女はまだ一度も食事に手を付けていない。
元からびっくりするぐらい細いのに、腕や足はどんどんやせ細っていく。
「ねえ名前」
「! な……なんです、か……?」
「このままだと、本当に餓死しちゃうよ?」
まさか。
まさかだけど、≪死にたい≫とか考えてるのかな?
そんなわけないよね。
――だって、オレも名前も一緒に居られて幸せなんだから。
「ねえ名前。何してほしい?」
「え……?」
訝しげにひそめられる眉。
視線を彷徨わせる彼女を見つめながら、オレは一歩皿を持ったまま近付く。
「言ってほしいんだ。名前のしてほしいこと。≪名前のため≫だったら、何でもできるよ。ううん、やってみせる。名前にビルの屋上から飛び降りろって言われたら正直怖いけどするし、敵対する組織に一人で立ち向かえって言われたらそれもちゃんとする。だって、≪名前のため≫だから」
話せば話すほど、開かれていく彼女の美しい瞳の奥の瞳孔。
感動してくれてるのかな。
「ねえ名前。この世界のインテリアが気に入らないの? だったら、今までできるだけシンプルにしてたけど変えるよ。何を飾ってほしい? 本? 絵画? ……ああ、花はいいかもね。名前が≪前に≫働いてた店から買ってくるよ。たくさん飾ろう、きっと華やかになる」
「それとも何か欲しい? 別の食べ物? 服? 化粧品? 何でも言ってよ……すぐにとってくるから。鏡を行き来できるから本当にすぐだよ?」
「……っ」
「それから、それから……あとはなんだろう? ねえ名前――」
「っ、もうやめてください!」
刹那、空間を切り裂く透き通るような声。
その叫びに名前へ目を向けると、彼女はひどく悲しそうに、ひどく苦しそうに――そして泣いていた。
「名前? なんで泣いて……なあ、何が君を――」
「来ない、で……!」
オレの言葉を遮り、ブンブンと首を横へ振る名前。
ぽたりぽたりと頬を伝う雫が、オレが選んだ服に落ちていく。
「イル、ゾォさん……っなんでもするって、言いました、よね?」
「! うん、するよ! ≪名前のため≫ならなんでもする……!」
ずっと見つめてきた女性が、
愛しい彼女が、
名前が、
オレの名前を久しぶりに呼んでくれた……!
嬉しい。
すげえ嬉しいよ。
このとき、オレはこれまでにないほどの悦に浸っていた。
――次の名前の発言を聞くまでは。
「なら……≪ここから出して≫」
「……え?」
「ここから出してください、イルーゾォさん」
おもむろに立ち上がってこちらを見据える彼女に、身体が、心が、脳が全て停止する。
――なんで?
わけがわからないって表情をするオレに対して、名前は微かに震えながら言葉を紡ぎ出した。
「お願い、です……っ、私……私もう堪えられない……出して、出してください……!」
「それができないなら――」
――いっそ殺して、ください。
≪殺す≫?
名前が涙声で放った一言。
殺すってどういうこと?
死にたいの?
オレから離れたいの?
オレが嫌いなの?
「……なんでだよ」
次の瞬間、目の前にあった華奢な肩を感情に従うまま、両手で掴んでいた。
すると、痛みか何かで眉間に刻まれる皺。
「ッ! ぁ……!」
「なんで……なんでだよ、名前。なあ名前。なんでなんでなんでッ! なんで殺してとか言うんだよ。オレに名前を失えって言うの? それこそ堪えられない、堪えられるわけないよ。名前は優しいからさ、オレを残すなんてしないよね? しないって言ってくれよ。死なないって言ってくれよ。……死ぬなんて許可しない。絶対に許可しない。あんな男の元に行くなんて許可しない。許可しない許可しない許可しない許可しない……!」
「っ……」
歪んでいく名前の顔。
それを目にして、ようやくオレは我に返った。
「あ、ごめん……」
静かに彼女から手を離す。
「はは、オレ何やってんだろ」
寛大でいなきゃ。
名前に見捨てられちゃうな。
そんなの、堪えられるはずがない。
「ごめんね? 本当にごめん、名前……もうしないよ。…………で」
≪何の話だっけ?≫
「……っ何でもない、です」
ゆっくりと、すべての考えを消し去るように彼女が頭を振るう。
「ほんとに? 無理してない?」
「いい、んです。……ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。名前、夕飯食べよう……少し冷めちゃったけど」
ふらついている身体、足。
ほら、やっぱり食べないとダメだよ。
「ね? オレも一緒に食べるからさ」
いつまでも壁に添おうとする名前の右手を、しっかり握りしめ引き寄せた。
ああ、滑らかで柔らかい。
「……、……は、い」
やっと頷いてくれた。
オレ、すげえ幸せ。
「――ねえ名前」
これからもずっと≪一緒≫だからね?
奪われた白い羽
彼の≪愛≫は、飛び方すら忘れさせてしまいました。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1610_w.gif)
大変長らくお待たせいたしました!
イルーゾォで「鏡の中の小鳥」の続きでした。
マシンガントーク、精一杯書かせていただきました……いかがでしたでしょうか?
百合様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
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