鏡の中の小鳥


※イルーゾォ夢
※一般人ヒロイン
※病み気味





「んっ……あ、れ?」



気だるげな身体に鞭を打ちつつ、そろりと瞼を開けば――視界を埋め尽くす見知らぬ部屋。

きょろきょろと周りを見渡しては、自分の手を凝視して、名前は動揺する。


「……っ、ここ、どこ……?」



――私はいつも通りあの道で花を売っていたはず。

――常連さんや今日初めて来たお客さんに、合う花を選んでいて、それから……。

――……何か、≪おかしい≫。



「目が覚めた?」


「!」



突如聞こえた穏やかな声。

彼女が勢いよく振り返れば、こちらを見つめる男――イルーゾォと目が合った。










鏡の中の小鳥
その鳥は、飛び立つための羽を奪われてしまいました。









彼はよく花を買いに来てくれる、いわば常連さんだった。

日によってガーベラ、ミモザ、チューリップと種類はバラバラ。

しかも、言葉数も少ない方であまり話すことはなかったんだけど、照れくさそうな表情から≪恋人さんにでも贈るんだろうな≫とあまり気にしていなかった。


だからこそ、この状況が理解できない。



「ッ、イルーゾォさん! あのっ、ここはど――」


コツン


「!?」


知り合いがいたという安堵から再び動揺へ。

男にすぐさま近付こうとすれば、目の前を覆う透明で、きらりとしたモノ。

伸ばした手が、彼に届くことはない。


不安を交えた視線を彷徨わせる彼女に対して、安心させるようにイルーゾォは優しく微笑み返す。



「オレの≪許可≫がなきゃ出られないよ? ソコは……オレの世界だから」


「え? イルー、ゾォさんの、せか、い?」


「うん。≪おかしい≫って感じない?」



店で会う時より、ずいぶん饒舌だ。

そんな発想を頭の隅に追いやりながら、自分の腕をもう一度見下ろして――違和感に気付く。



「逆……?」


「そう」


左の手首に着けていたはずの腕時計が、右手にある。

いや――こちらが≪左手≫なのだ。


「簡単に言えば、ソコは≪鏡の世界≫なんだよ」


――鏡?

――そもそも、鏡の中に人は入られるの?


頭を過るいくつもの疑問。

だが、一つ理解できたことがある。



「……ど、どうしてですか?」


「? 何が?」



それは、彼が自分をここに閉じ込めたということ。


「どうしてこんなこと……っ」



お願い、出してください!

目には見えない壁を、拳が痛みを帯びることすら気にせず叩く。

すると、あからさまに瞠目するイルーゾォ。


まるで名前の言っていることが≪信じられない≫と告げるかのように。



「どうしてって、名前が好きだから」


「……え、?」


「名前を、オレだけのモノにしたかったんだ」



浮かべられたのは、これまでにない純粋な微笑。

≪好き≫。


その想い一つで、なぜこの監禁に似た行動を起こそうと思い至ったのだろうか。

男の感情論、行動論に同調ができず、混乱でぐちゃぐちゃになる心。


そして、それに追い打ちをかけるかのごとく、イルーゾォはもう一度口を開いた。




「ただ仕事で使うだけなのに、誰に贈るのかを想像して一生懸命花を選んでくれた名前が好き」


「冬の水が凍えるほど冷たくて指先が荒れても、毎日花と向き合う名前が好き」


「老若男女。出逢うすべての人に嫌な顔一つせず親切な名前が好き」



語られていく愛の言葉。

聞き流そうとしても、それらは容赦なく彼女の脳を侵していく。




「陽だまりみたいな温かい笑顔も、困った人を放っておけない優しい人柄も、透き通るような声も、繊細な手も、髪も瞳も唇も……全部好き、全部愛してる」



――≪怖い≫。

彼に店員として出逢ってから、今日初めてそう感じた。



「……、……」


「愛ってのは、≪相手への寛大さ≫だって仲間から聞いた。だから名前、君の≪浮気≫もさして気にはしなかったよ」


「? うわ、き?」



なんの話だろうか。

浮気など、一度もしたことはないし、そもそも彼の口調は≪自分と付き合っている≫かのようだ。


客と店員――当然だが、名前はこの関係をそうとしか捉えていなかった。

一方、目を丸くする想い人を見据えながら、イルーゾォはこんこんと話し続ける。


「あ、そうだ。これから一緒に住む奴が何をやっているのか、知らなかったら不安だよね」



――≪一緒に住む≫? いったい、この人は何を言って――


「実はオレ、≪ギャング≫なんだ。この辺りを占めてる組織――≪パッショーネ≫の」


「…………え?」



ギャング。

パッショーネ。




それらの単語に、嫌というほど聞き覚えがあった。



「!? ……あ、ああ……っ」


「ん? どうかした?」


一歩、また一歩と後ろへ下がる鏡越しの彼女に一瞬首をかしげたものの、その潤んだ目に現れた≪畏怖≫にすべてを悟る。


「ああ、そっか」









「≪浮気相手≫がギャングに殺されたんだっけ?」


「――」



――ち、違う。彼と私は≪恋人同士≫で、それで――


恋人は――彼は、無惨な姿で路地裏に打ち捨てられていた。

自分と彼の両親は必死に警察へ訴えかけたが、捜査はできないとはっきり言われたのである。




その裏には、ある組織。






組織の名前は――≪パッショーネ≫。



「ぁ、ああ……そんな……ッ!」



ワッと泣き崩れる名前に、イルーゾォは憤りも妬みも見せず言葉を紡ぎ出す。


「へえ……あんな最低野郎にも泣いてあげるなんて。やっぱり優しいんだね、名前は」


「!」


まるで、彼を知っているかのような口ぶり。

そろりと顔を上げれば、相変わらず人のよさそうな笑顔の男が。


――まさか。


押し寄せる≪推測≫と恐怖。

自分は、彼の仇とも呼べる人とほぼ毎日言葉を交わしていたのか。


怒り?

悲しみ?



何に震えているのかすら理解できぬまま、再び俯いた彼女を見つめて、彼はおもむろに鏡に手をかける。


「ッ、ぁ……いや、いやっ、助け――」


「大丈夫。ちょっと驚かせちゃったけど、言ったよね? ≪これから一緒に住む≫って」



名前を殺したりなんかしない。


自分の世界へ戻り、小刻みに揺れる小さな身体をそっと抱きしめた。

そのあくまでも静穏な瞳に、光が宿ることはない。



「ふ、ぅ、っぐす……≪    ≫っ、≪    ≫……ッ!」


怯えゆえか、抵抗を見せることなく彼女はただただあの男の名を呼び、大粒の涙を零す。


だが、いつかそのどちらもが止まるだろう。

そして、名前が美しい鳥の囀りのように口遊むのは、自分の名前だけになる。



――ああ、名前……。


何度も頭の中で想像した通りの柔らかさと温かさに、イルーゾォは深い笑みを浮かべながら一言、呟いた。





「やっと、手に入れた」



もう――≪絶対に逃がさない≫。











お待たせいたしました!
キリリクで病み気味イルーゾォでした。
ご期待に添えられたかどうか不安ではありますが……捧げさせていただきます!


百合様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひ!
polka



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