道理適いし、恋せよ乙女
※兄貴夢
※同僚ヒロイン
「ねえ」
路地裏に響いた一言。
小銃を握る女の口から放たれた、たった二文字の音が妙に緊迫したその場を支配した。
どうしたのだろうか――緊張気味の面持ちで振り返ったペッシに名前はにこりと微笑んでから、もう一度言葉を紡ぎ出す。
「かなり気になってたんだけど」
「あ? おい名前、今何やってると思ってんだ。仕事だぞ? 終わってからにしろよ」
「いや」
本日の仕事は、いつもと変わらずターゲットの始末。
つい先程自分たちを横切った相手は、まさか殺されると思っていないのかひどく無防備だし、三人がかりでやる必要はなかったのでは――と思わず飛び出しかけた文句を飲み込み、彼女は冷めた眼差しを目の前のプロシュートへ向けた。
「で、その気になったことの話だけど……ペッシって、本当にマンモーニなわけ?」
「えっ!?」
ここでまさか自分の名前を挙げられるとは。
仰々しいほどに揺れる肩。
目を丸くするペッシ。
そんな弟分を背に、プロシュートは舌打ちをしながら右隣の同僚を睨めつける。
「はあ? 何言ってんだ、お前」
「そのまんまの意味よ。ペッシよりマンモーニな奴がいるんじゃないかってこと」
「……ほーう」
誰だよ、言ってみろ――挑発的な蒼い視線。
ふうとため息を一つこぼした名前は、真っ向からそれを見据えた。
そしてビシッと音を鳴らすように突き立てる人差し指。
「あんたよあんた」
「あ……兄貴がマンモーニ!? ちょ、名前さん!」
まさかそんなはずはないだろう。
ペッシが目をぱちくりとさせていると、それを一瞥しつつも面白そうにプロシュートが口元を歪める。
「ハン、ずいぶんな指摘だなァ、おい。なんだ? お前のあのプリン勝手に食ったこと、まだ根に持ってんのか?」
「違う。それは関係ない。確かにそのときはムカついたけど、珍しくプロシュートが焦った顔で高級プリン買ってきてくれたからいい。許した」
「(そりゃオメーが泣きそうな顔するから)……じゃあなんなんだよ、何を恨んでやがる」
「だから恨んでも憎んでもないって。本当に前から思ってたことなの。あんたって、ペッシから兄貴と呼ばれてるわりにはマンモーニだなってね」
しばらくの間。
ギアッチョがいるわけではないのに、冷え始めた空気。
自分たちは今ターゲットを見張っている――その事実を忘れそうになりながら、あわあわとペッシは焦燥をにじませた顔で対峙する二人へ交互に視線を移した。
一方、ママっ子と宣言された彼も、さすがに笑い事にはできなくなったらしい。
くつくつと喉を鳴らすこともせずに、男は漂う静けさに添えるかのごとく音を紡いだ。
「マンモーニ、ね」
「そうよ、マンモーニ。いつもペッシにギャングの教訓だかなんだか知らないけど、それを伝えるたんびにマンモーニマンモーニって息を吐き出すように言って……そのペッシを仕事に関わらず毎回連れ回してるあんたこそマンモーニなんじゃないの? 私たち暗殺のチームに入ってずいぶん経ったペッシが、今も脱マンモーニできてない一つの原因はプロシュート、あんたにあると思うよ、私は」
思わぬマシンガントーク。
それと内容に頬を引きつらせたプロシュートが反論する暇も与えずに、名前は矢継ぎ早に己の考えを述べていく。
「それと。あんたね、付き従ってくれる子分が可愛くて仕方がないのはわからなくもないけど、いくら成長してほしいからって殴る蹴るはどうなのよ。あんただけじゃないけど、みんなが外で思い切り暴れるせいで、リーダーの胃に穴が空きそうなんだから」
つまり、私が言いたいのは――
「プロシュート。あんた……そろそろ子離れならぬ、子分離れしたらどう?」
「子分離れ……?」
「ヒィッ(兄貴の顔に……い、色がなくなって……!)」
まるで自分を諌めるような口ぶり。
――名前。お前……言うようになったじゃねえか。
≪ぶっ殺すと心の中で思ったならッ≫。
ピクリと額に青筋を立てた彼は、拳銃を握った右手をゆっくりと掲げ――
パァンッ
少しばかり驚いた表情の名前越しにいる、ターゲットへ狙いを定めて、引き金を引いた。
銃口の先の男は、今更ながら狼狽え始める。
だが、逃げようと足掻いているところから見れば、銃弾は片足を掠めなかったようだ。
響き渡る舌打ち。
「チッ、外したか」
「へえ……珍しい。もしかして、マンモーニって言われて動揺した?」
「うるせえ。つーか、テメーが持ってんのはなんだ? 見た目に凝った水鉄砲か? 使わずじまいはやめてくれよな」
「Va bene(もちろん)。言われなくともそうするつもり」
彼女が微かな笑みを浮かべた瞬間、カチャリと轟く金属音。
それから後は、ペッシが息をすることすら忘れてしまいそうになるほど、怒涛の如く通り過ぎていった。
男の悲鳴と、烈々たる銃声に重なる二人の冷静な口論。
「とりあえずあんたは……ペッシに一人で任務へ行かせるべきなんじゃない? あの子のためを思うなら、ね? それに、タバコぐらい一人で買いに行きなさい。買いに行かせてないだけマシだけど」
「…………おい、それとこれとは話が別だr――」
「あと、マンモーニマンモーニって構いすぎると、いつかペッシに『兄貴……いつまで付いてくるんすか?』とか『兄貴と一緒に晩御飯食べたくないっす』とか言われるかもしれないよ? 思春期の女の子が父親に対して『お父さんの下着と私の一緒に洗わないで、気持ち悪い』って淡々と告げるようにね」
「きッ……気持ち悪いって、オレが父親になっても……可愛い可愛い娘を授かっても言われんのか!?」
「……あのね、必ずしもそうなるとは言ってないでしょ。意外に妄想力が逞しいんだから……大体そんなこと心配するぐらいなら、口説く女を一人に定めたらどう? ……って、そうじゃなかった。要するに、あまりにも世話焼いてたら鬱陶しがられるよ、ってこと! 世の中のお父さんと同じ気持ちを味わいたくなかったら、ペッシより先にマンモーニを脱した方がいいんじゃない?」
「……ハッ」
プロシュートの形の良い唇から漏れた嘲笑。
その顔色からは残念ながら一つの≪強がり≫が、垣間見える。
「ハン! いつもはあんま喋んねえお前が、今日はずいぶん減らず口じゃねえか。……惚れ直したぜ」
「……まったく、昔っからあんたのもはや癖に近い口説き文句と長ゼリフを、何も言わずに聞いてあげてる私の身にもなりなさい。ほんと、どうしてこんなのがモテるんだか――」
「ふ、二人とも!」
刹那、弟分の焦りを交えた声が四つの耳を劈いた。
すると、互いに銃を手にしたまま、そちらを振り返る男女。
その目は、かなり据わっている。
「あ?」
「どうかした?」
怖い。何か一つ間違いを犯した途端、すぐさま自分の心臓を二つの弾丸が貫いてしまいそうだ。
しかしもうすでに出た≪結果≫を報告しないわけにもいかない――覚悟と共にグッと息をのんだペッシは、申し訳なさそうにおずおずと話を切り出した。
「あのー……大変恐縮なんすけど……もう…………、ターゲット死んでやす(かなり穴だらけで)」
「「あ」」
数分後。リゾットへの報告を終えたのか携帯をポケットへ戻した女の姿を視界に入れ、おもむろに踵を返す男。
「ふっ……終わったな。おし、ペッシ! 帰ん――」
「はあ、やっぱりマンモーニね」
「……お前な、まだ続いてたのかよ」
再び顔を強ばらせたプロシュートが、ガクリと肩を落とす。
とは言え、指摘されている事柄はすべて事実なのだから、反論のしようがない。
むしろ、普段はあまりマシンガントークをかまさない名前に言われたからこそ、抗議する気力が削がれてしまったと言った方が正しいのかもしれない。
だが、言い負かされっぱなしで終わらせるつもりもない――小さく笑った彼は不意に同僚へ歩み寄り、彼女だけに聞こえるよう耳元で囁きかけた。
「ま、そういうとこがオレの好みなんだけどな」
「なッ……!?」
まさかこのような形で反撃されると思わなかったようだ。
発火したように紅潮した耳を一瞥しつつ、男は口元を緩ませる。
そして――
「あ、あのねえ……あんたの≪それ≫は信用できな、ぁっ――――ちょっと!」
次の瞬間、強引に腕を引かれ、首筋に響いたリップ音と小さな痛み。
どうして付き合ってもいない男に――何をされたのか、その答えが脳内へようやく辿り着いたと同時に、女は羞恥という名の感情に従うがまま、叫んでいた。
「〜〜っペッシ! こんな伊達男放って帰ろう!」
「? え、えっと……了解っす……?」
方向も顧みずにずんずんと路地裏を歩き始めれば、自分の後を付いてくる二つの気配。
自ずと背後へ投げかけてしまう鋭い眼光。
≪警戒≫をありありと含めるそれと彼女のガードの高さに、やれやれと肩を竦めながら彼はおもむろに口を開く。
「……名前」
「こ、今度は何……!?」
「お前……道間違ってんぞ」
……。
アジトはあっちだろ、と反対方向を指差すプロシュートに対して、見る見るうちに表情を固くさせた名前。
刹那、
「ッ」
「あ、名前さん!?」
恥ずかしさのあまり、ダッと駆け出してしまった。
その細い背をじっと見つめ、言うまでもなくペッシが狼狽していると、彼の横に並んだ男が意地悪く笑う。
「ククッ、さっきまでの豪快っぷりが嘘のようだな」
一体何があったのだろうか。
隣をちらりと見れば、これまでにない勝ち誇った笑み。
シニカルな笑顔も、声の調子も、人をからかう雰囲気も、兄貴はいつもと変わらない≪兄貴≫だが、意外にこういった――負けず嫌いというか、子供じみた面もあるのか。
「……おいペッシ。今オメー、心の中で余計なこと考えなかったか?」
「!? か、考えてない! 考えてないっすよ!? 別にいつも女を骨抜きにしている兄貴なのに、意外に名前さんには弱いな、なんて思ってないっすから……ッ!」
突き刺すじとりとした視線。
じわじわと吊り上がっていく口端。
男の背に現れたザ・グレイトフル・デッド。
丸聞こえだぞ、と静かな怒りを滲ませるプロシュートに対し、首を横へ振って否定を示すと同時に、「名前さん、また道に迷ってないかな」と思わず不安になってしまうペッシであった。
道理適いし、恋せよ乙女
それから数分後、彼女は顔を真っ赤にしながら彼らの元へ戻ってきたらしい。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1610_w.gif)
大変長らくお待たせいたしました!
プロシュート兄貴と、兄貴を言い負かすクールなヒロインのお話でした。
親離れ子離れということで書かせていただいたのですが……いかがでしたでしょうか?
リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
polka
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※同僚ヒロイン
「ねえ」
路地裏に響いた一言。
小銃を握る女の口から放たれた、たった二文字の音が妙に緊迫したその場を支配した。
どうしたのだろうか――緊張気味の面持ちで振り返ったペッシに名前はにこりと微笑んでから、もう一度言葉を紡ぎ出す。
「かなり気になってたんだけど」
「あ? おい名前、今何やってると思ってんだ。仕事だぞ? 終わってからにしろよ」
「いや」
本日の仕事は、いつもと変わらずターゲットの始末。
つい先程自分たちを横切った相手は、まさか殺されると思っていないのかひどく無防備だし、三人がかりでやる必要はなかったのでは――と思わず飛び出しかけた文句を飲み込み、彼女は冷めた眼差しを目の前のプロシュートへ向けた。
「で、その気になったことの話だけど……ペッシって、本当にマンモーニなわけ?」
「えっ!?」
ここでまさか自分の名前を挙げられるとは。
仰々しいほどに揺れる肩。
目を丸くするペッシ。
そんな弟分を背に、プロシュートは舌打ちをしながら右隣の同僚を睨めつける。
「はあ? 何言ってんだ、お前」
「そのまんまの意味よ。ペッシよりマンモーニな奴がいるんじゃないかってこと」
「……ほーう」
誰だよ、言ってみろ――挑発的な蒼い視線。
ふうとため息を一つこぼした名前は、真っ向からそれを見据えた。
そしてビシッと音を鳴らすように突き立てる人差し指。
「あんたよあんた」
「あ……兄貴がマンモーニ!? ちょ、名前さん!」
まさかそんなはずはないだろう。
ペッシが目をぱちくりとさせていると、それを一瞥しつつも面白そうにプロシュートが口元を歪める。
「ハン、ずいぶんな指摘だなァ、おい。なんだ? お前のあのプリン勝手に食ったこと、まだ根に持ってんのか?」
「違う。それは関係ない。確かにそのときはムカついたけど、珍しくプロシュートが焦った顔で高級プリン買ってきてくれたからいい。許した」
「(そりゃオメーが泣きそうな顔するから)……じゃあなんなんだよ、何を恨んでやがる」
「だから恨んでも憎んでもないって。本当に前から思ってたことなの。あんたって、ペッシから兄貴と呼ばれてるわりにはマンモーニだなってね」
しばらくの間。
ギアッチョがいるわけではないのに、冷え始めた空気。
自分たちは今ターゲットを見張っている――その事実を忘れそうになりながら、あわあわとペッシは焦燥をにじませた顔で対峙する二人へ交互に視線を移した。
一方、ママっ子と宣言された彼も、さすがに笑い事にはできなくなったらしい。
くつくつと喉を鳴らすこともせずに、男は漂う静けさに添えるかのごとく音を紡いだ。
「マンモーニ、ね」
「そうよ、マンモーニ。いつもペッシにギャングの教訓だかなんだか知らないけど、それを伝えるたんびにマンモーニマンモーニって息を吐き出すように言って……そのペッシを仕事に関わらず毎回連れ回してるあんたこそマンモーニなんじゃないの? 私たち暗殺のチームに入ってずいぶん経ったペッシが、今も脱マンモーニできてない一つの原因はプロシュート、あんたにあると思うよ、私は」
思わぬマシンガントーク。
それと内容に頬を引きつらせたプロシュートが反論する暇も与えずに、名前は矢継ぎ早に己の考えを述べていく。
「それと。あんたね、付き従ってくれる子分が可愛くて仕方がないのはわからなくもないけど、いくら成長してほしいからって殴る蹴るはどうなのよ。あんただけじゃないけど、みんなが外で思い切り暴れるせいで、リーダーの胃に穴が空きそうなんだから」
つまり、私が言いたいのは――
「プロシュート。あんた……そろそろ子離れならぬ、子分離れしたらどう?」
「子分離れ……?」
「ヒィッ(兄貴の顔に……い、色がなくなって……!)」
まるで自分を諌めるような口ぶり。
――名前。お前……言うようになったじゃねえか。
≪ぶっ殺すと心の中で思ったならッ≫。
ピクリと額に青筋を立てた彼は、拳銃を握った右手をゆっくりと掲げ――
パァンッ
少しばかり驚いた表情の名前越しにいる、ターゲットへ狙いを定めて、引き金を引いた。
銃口の先の男は、今更ながら狼狽え始める。
だが、逃げようと足掻いているところから見れば、銃弾は片足を掠めなかったようだ。
響き渡る舌打ち。
「チッ、外したか」
「へえ……珍しい。もしかして、マンモーニって言われて動揺した?」
「うるせえ。つーか、テメーが持ってんのはなんだ? 見た目に凝った水鉄砲か? 使わずじまいはやめてくれよな」
「Va bene(もちろん)。言われなくともそうするつもり」
彼女が微かな笑みを浮かべた瞬間、カチャリと轟く金属音。
それから後は、ペッシが息をすることすら忘れてしまいそうになるほど、怒涛の如く通り過ぎていった。
男の悲鳴と、烈々たる銃声に重なる二人の冷静な口論。
「とりあえずあんたは……ペッシに一人で任務へ行かせるべきなんじゃない? あの子のためを思うなら、ね? それに、タバコぐらい一人で買いに行きなさい。買いに行かせてないだけマシだけど」
「…………おい、それとこれとは話が別だr――」
「あと、マンモーニマンモーニって構いすぎると、いつかペッシに『兄貴……いつまで付いてくるんすか?』とか『兄貴と一緒に晩御飯食べたくないっす』とか言われるかもしれないよ? 思春期の女の子が父親に対して『お父さんの下着と私の一緒に洗わないで、気持ち悪い』って淡々と告げるようにね」
「きッ……気持ち悪いって、オレが父親になっても……可愛い可愛い娘を授かっても言われんのか!?」
「……あのね、必ずしもそうなるとは言ってないでしょ。意外に妄想力が逞しいんだから……大体そんなこと心配するぐらいなら、口説く女を一人に定めたらどう? ……って、そうじゃなかった。要するに、あまりにも世話焼いてたら鬱陶しがられるよ、ってこと! 世の中のお父さんと同じ気持ちを味わいたくなかったら、ペッシより先にマンモーニを脱した方がいいんじゃない?」
「……ハッ」
プロシュートの形の良い唇から漏れた嘲笑。
その顔色からは残念ながら一つの≪強がり≫が、垣間見える。
「ハン! いつもはあんま喋んねえお前が、今日はずいぶん減らず口じゃねえか。……惚れ直したぜ」
「……まったく、昔っからあんたのもはや癖に近い口説き文句と長ゼリフを、何も言わずに聞いてあげてる私の身にもなりなさい。ほんと、どうしてこんなのがモテるんだか――」
「ふ、二人とも!」
刹那、弟分の焦りを交えた声が四つの耳を劈いた。
すると、互いに銃を手にしたまま、そちらを振り返る男女。
その目は、かなり据わっている。
「あ?」
「どうかした?」
怖い。何か一つ間違いを犯した途端、すぐさま自分の心臓を二つの弾丸が貫いてしまいそうだ。
しかしもうすでに出た≪結果≫を報告しないわけにもいかない――覚悟と共にグッと息をのんだペッシは、申し訳なさそうにおずおずと話を切り出した。
「あのー……大変恐縮なんすけど……もう…………、ターゲット死んでやす(かなり穴だらけで)」
「「あ」」
数分後。リゾットへの報告を終えたのか携帯をポケットへ戻した女の姿を視界に入れ、おもむろに踵を返す男。
「ふっ……終わったな。おし、ペッシ! 帰ん――」
「はあ、やっぱりマンモーニね」
「……お前な、まだ続いてたのかよ」
再び顔を強ばらせたプロシュートが、ガクリと肩を落とす。
とは言え、指摘されている事柄はすべて事実なのだから、反論のしようがない。
むしろ、普段はあまりマシンガントークをかまさない名前に言われたからこそ、抗議する気力が削がれてしまったと言った方が正しいのかもしれない。
だが、言い負かされっぱなしで終わらせるつもりもない――小さく笑った彼は不意に同僚へ歩み寄り、彼女だけに聞こえるよう耳元で囁きかけた。
「ま、そういうとこがオレの好みなんだけどな」
「なッ……!?」
まさかこのような形で反撃されると思わなかったようだ。
発火したように紅潮した耳を一瞥しつつ、男は口元を緩ませる。
そして――
「あ、あのねえ……あんたの≪それ≫は信用できな、ぁっ――――ちょっと!」
次の瞬間、強引に腕を引かれ、首筋に響いたリップ音と小さな痛み。
どうして付き合ってもいない男に――何をされたのか、その答えが脳内へようやく辿り着いたと同時に、女は羞恥という名の感情に従うがまま、叫んでいた。
「〜〜っペッシ! こんな伊達男放って帰ろう!」
「? え、えっと……了解っす……?」
方向も顧みずにずんずんと路地裏を歩き始めれば、自分の後を付いてくる二つの気配。
自ずと背後へ投げかけてしまう鋭い眼光。
≪警戒≫をありありと含めるそれと彼女のガードの高さに、やれやれと肩を竦めながら彼はおもむろに口を開く。
「……名前」
「こ、今度は何……!?」
「お前……道間違ってんぞ」
……。
アジトはあっちだろ、と反対方向を指差すプロシュートに対して、見る見るうちに表情を固くさせた名前。
刹那、
「ッ」
「あ、名前さん!?」
恥ずかしさのあまり、ダッと駆け出してしまった。
その細い背をじっと見つめ、言うまでもなくペッシが狼狽していると、彼の横に並んだ男が意地悪く笑う。
「ククッ、さっきまでの豪快っぷりが嘘のようだな」
一体何があったのだろうか。
隣をちらりと見れば、これまでにない勝ち誇った笑み。
シニカルな笑顔も、声の調子も、人をからかう雰囲気も、兄貴はいつもと変わらない≪兄貴≫だが、意外にこういった――負けず嫌いというか、子供じみた面もあるのか。
「……おいペッシ。今オメー、心の中で余計なこと考えなかったか?」
「!? か、考えてない! 考えてないっすよ!? 別にいつも女を骨抜きにしている兄貴なのに、意外に名前さんには弱いな、なんて思ってないっすから……ッ!」
突き刺すじとりとした視線。
じわじわと吊り上がっていく口端。
男の背に現れたザ・グレイトフル・デッド。
丸聞こえだぞ、と静かな怒りを滲ませるプロシュートに対し、首を横へ振って否定を示すと同時に、「名前さん、また道に迷ってないかな」と思わず不安になってしまうペッシであった。
道理適いし、恋せよ乙女
それから数分後、彼女は顔を真っ赤にしながら彼らの元へ戻ってきたらしい。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1610_w.gif)
大変長らくお待たせいたしました!
プロシュート兄貴と、兄貴を言い負かすクールなヒロインのお話でした。
親離れ子離れということで書かせていただいたのですが……いかがでしたでしょうか?
リクエストありがとうございました!
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