蜜の罠


※兄貴夢
※甘裏




狭いクローゼット。

密着した身体と身体。

新調された独特の木の香り。

開き扉の隙間から差し込む部屋の光。

それが浮かび上がらせた――妖艶に微笑む恋人。



「くす、何? プロシュートったら、珍しく動揺してるの?」


「……」


自分はタキシードで、彼女は露出の激しい真っ赤なイブニングドレス。

布越しに捉える、柔らかな内腿と乳房。


普段はフェミニンな服を嫌い、マニッシュなモノしか身に着けない名前。


プロシュートは視線をあらぬ方へ移しながら、約二時間前から始まったこの≪任務≫の経緯を思い返していた。










蜜の罠
かけられたのは一人、落ちたのは二人。









≪晩餐会に紛れてターゲット一味を始末する≫。


チームのリーダー、リゾットから告げられた内容は、彼らにとって虫を殺すより容易いモノだった。



「要人でもあるこの男は大の≪女好き≫だと言う。……名前、やれるな?」


資料を片手に彼が、胡坐をかいた名前を一瞥する。

つまり、そのターゲットを誘惑しろということ。

いわゆる≪ハニートラップ≫。


だが、クエスチョンマークの中に命令が含まれていることを、長年の付き合いで把握済みの彼女はにこりと朗らかに笑い、「Si」と頷いた。



「Va bene(もちろん)……プロシュート、ヤキモチ妬いてトチらないでね?」


「ハン、誰に言ってやがる。名前、お前こそオレに惚れ直して仕事をしくじんなよ」


「(イチャつくのは自室でやれ……)」




そんな軽口を叩き合いながら――リゾットにとっては至極迷惑だが――ついに決行の日となり、


「じゃ、会場で」


「おう。……気を付けろよ」


「もう……それこそ誰に言ってるの?」



と、ドレスの入ったカバンを持った彼女と別れたのが、約三時間前。


「さて、オレもそろそろ行くか」


そして、いつものごとく髪を纏め上げ、スモーキング(喫煙服)と呼ばれるタキシードを着用したプロシュートは、紫煙を燻らせていた煙草の火を消し、一時間後に会場へ侵入した。


――名前は確かターゲットと歩いてるんだったな……。


写真で何度も見返した男を探していると――いた。

その、まさに金には困っていなさそうな顔が数時間後には命乞いをする暇もなく歪むのを想像して、彼は思わず嘲笑を浮かべてしまう。


とは言っても、色男とチームでもからかわれるこの男の場合、そんな表情ですら周りの女性(既婚者も込み)を魅了するのだが。

一方、そんな熱の交った数々の誘いをあしらい、プロシュートは淡々とターゲットの元へ近付く。


「(おそらく近くに名前が)……ッ!」


「あ、ごめんなさい」


「いや、オレこそ悪――」



黒の腕が露わになった白い肩を掠めた。

届いた謝罪に、彼もそちらを振り返って――息をのむ。


きちんと施された化粧。

結い上げられた艶やかな髪。

男を誘うように揺れるイヤリング。

陶器のような肌の胸元で輝くネックレス。

深紅のドレスが際立たせる女性特有の曲線美。


男の前には、アジトではめったに見られない名前の大胆な姿があった。


「? あの、どうかされた?」


「!」



――チッ、オレとしたことが。


「ふ……いいや、≪運命の女性≫かと見紛うほど、貴方の眩しさに引き寄せられただけだ。素敵なシニョリーナ、お名前は? オレは≪ジョヴァンニ≫」


「まあ! ふふ、お上手な方……私は≪エルヴィーラ≫よ」



浴びせ合う偽名。

その明らかに著名なオペラから取った二つの名前に、互いに吹き出しそうになりながら、二言三言会話をしていると、ターゲットの男が彼女を呼んだ。


「あら、もう時間みたい。行かなきゃ……≪また≫会いましょう?」



小さく会釈をして、要人の方へ歩み寄る名前。

彼女の曝け出された背中をしばらく凝視していたプロシュートは、ふとニヒルに口端を上げ、おもむろに足を動かし始めた。


目的地は、男のプライベートルーム。

そこに今回始末すべき一味が、揃っているはずだ。



――いいぜ、名前。お前が懸命にやってんだ……オレも応えてやるよ。











「どうだい? ≪エルヴィーラ≫……私のコレクションは」


「ふふ、すごく素敵」



それから、名前がターゲットによって腰に手を回され、連れてこられたのは――煌びやかな寝室。


恋人とは違うすべてに、正直吐き気を催すレベルだが、任務なのでしょうがない。

そう割り切って、時計や貴金属から目をそらした彼女は、艶やかな笑みでそっと男の首に腕を回した。



「ねえ……私のお願い、聞いてくれる?」


「お願い? なんだい? 言ってごらん……おじさんができることなら何でもしよう」



カチャリ


微かに響く、荘厳な扉が開かれる音。

しかし、名前の色気に鼻の下を伸ばしている要人が、それに気付くことはない。


「ほんと? あのね……行ってほしい場所があるの」


「? どこだい? エルヴィーラ、君はどこに行きたいのかな?」


「貴方にぴったりな場所」


「私にぴったり? よくわからないが……いいよ。車を呼ぼう」


「ふふ、優しい人。……だけど――」






カチャリ


今度こそはっきりと――こめかみが捉える感触と共に聞こえた音。

だがそれは、手遅れを示す警鐘。



「――貴方一人で、逝ってね」


「Benvenuto ad inferno(地獄へようこそ)」



刹那、ターゲットが振り向く暇も与えずに、歓迎を吐き出したプロシュートは拳銃の引き金を引いた。

倒れ行く男。

絨毯に広がる赤。



ベッドの下へと遺体を押し込み、ふっと息をついた名前は先程までとは一変して、のんきな笑みを浮かべた。


「あー、疲れた……で、全員終わったの?」


「当然だろ。それにしてもお前……」


「ん?」



何だろうか――珍しく視線をこちらへ向けず、言いよどむプロシュートに首をかしげたそのとき。


「「!」」


二人の鼓膜を靴音が震わせる。

それは明らかにこの部屋へ向かっていた。


寝室へ訪れるということはターゲットの関係者――始末すべき人物のうちの一人である可能性が高い。


「チッ」


――おかしい。全員グレフルで沈めたはずだ……。

少しばかりの動揺を舌打ちで隠す男。


しかし、恋人のその様子に気が付いたのだろう。



「っ、とにかく……来て!」


「は? おわッ」



彼の腕を強めに引き、部屋のクローゼットへ自分も含めて身を投じる。

パタン、とそれが閉まったと同時に、寝室のドアが開けられる音が響き渡った。


「……おい、名前――」


「シッ。静かに」


「ッ」


おそらく、外を窺う彼女は気に留めていないのだろう。

だが、密着する身体と首元を掠める名前の吐息に、プロシュートの理性は危うくなっていた。


「プロシュート……プロシュート!」


「……あ?」


「あの男も始末の対象。グレフル、できる?」


「! あ、ああ。そうだな」



至近距離で自分を見上げる彼女にすぐさま頷いた彼は、動揺を悟られまいと攻撃を始める。

しばらくして、一枚の板越しに周りを見渡している男を、妖しげな紫煙が包んだ。










ゴトン

老い、命が尽き果てたのだろうか。


クローゼットから足を一歩踏み出した名前は、男の死を確認し、ターゲットと同様ベッドの下へ押し入れた。

この際、粗雑なのは目を瞑ろう。



「ふー、今度こそ本当にお疲れ様。早く脱出しないと…………あれ? プロシュート、いつまでそのクローゼットに居座るつもり?」


自分が出たにも関わらず、なぜ動かない。

そんな意味を込めて見据えれば、少し前屈みのプロシュートが鼻で笑った。



「ハンッ、んなこと言われなくとも……つか、お前って結構胸あるよな。今日改めて感じさせられたぜ」


「……セクハラで訴えられたいの? 色男が台無しじゃない……、何? まさか、私のこの姿に動揺しちゃったとか?」


「!? そんなんじゃあねえよ、ッ」


「ふーん……じゃあその盛り上がったズボンは、なあに?」


クスクスと笑声を上げながら、彼女は相変わらず微動だにしない彼へ詰め寄る。

当然、図星と明かさないために視線をそらす男。


「ッ、うっせえ」


「でも、こうなってるのは事実でしょ? すごく辛そうだし……せっかくだから、私が治してあげる」



そして、わざとらしく身体を密着させた名前は、空いている片手で内側からクローゼットの扉を閉めた。

再び二人を覆う闇。

一方、微かな光しか射し込まない小部屋で目を丸くするのは、プロシュートの方である。



「は? おいおい、治すってお前……、!?」


次の瞬間、全身を走り抜ける甘い痺れ。

膝が崩れそうになるのを堪えながら視線を落とせば、彼女が彼の性器をトランクスから取り出していた。


「ッ、やめ、ろ……おい名前」


「くす、やめてほしいなら私をひっぺ剥がせばいいじゃない。まあここ狭いし、難しいんだろうけど」


「はッ……お前」



きっと男の眼光は鋭いに違いない。

しかし、ビクビクと反応するモノに、名前はただただ嬉しそうに微笑み、右手を上下させ始める。


一室に轟く摩擦音。

しばらくすると、彼の熱のこもった吐息が彼女の耳に届いた。


「ふふ……気持ちいい? そうだと嬉しいんだけど」


「……クソ、ッ……お前、あの要人にもしたのかよ、これ……ッは」


「え? ……バカね、恋人のプロシュートだからしてるに決まってるじゃない。貴方も見たでしょ? あのオジサマには抱きついただけ」


「……へえ」


快感の中に滲む微かな安堵。

さらに肥大した一物をそっと握りつつ、笑みを深めた名前はプロシュートに寄り添った。


「どうしたの? やっぱり、ヤキモチ妬いてたんだ?」


「ッ……違え、よ」



明かりが映し出す不貞腐れた表情の恋人。

その顔は少しばかり紅潮している。

苦悶ゆえに寄せられた細い眉。


いつものように強引で、乱暴で、横暴な彼からは想像もつかない色に彼女は――


「クス。プロシュート、可愛い」


と、小さな声で呟いていた。


「……」


「脱出もしないといけないし、少し待ってね……」



――早く楽にしてあげないと。

それから、黙り込んだ男に気付くことなく、ますます手の動きを速める名前。


そう、わざとではないのだ。

彼女が紡ぎ出した言葉は、心から漏れ出た感想だった。


しかし――




ダンッ


「わっ……、ん!?」


両手首を掴み上げられ、すぐ後ろの壁に押し付けられたかと思えば――荒々しいキスが名前を攻め立てる。


「ん、っふ、ぁ……プロシュ、ト……んんッ、待、ぁっ」


待って。

そう言いたくても、言わせないというかのように口腔を巧妙に刺激する舌。


自然と彼女は当初の目的も忘れて、プロシュートの耽美な口付けに応えてしまっていた。



「は、っはぁ……っ」


そして、瞳をトロンとさせた名前に対し、男はあくどい笑みを浮かべる。


「ハン、名前ちゃんよお……オレが簡単にイかされると思ったか? 調子に乗ってんじゃあねえぞ。え?」


「ッ」


どうやら、先程の呟きがスイッチを押してしまったらしい。

驚愕と混乱で潤む目をぱちくりさせた彼女を見下ろしながら、彼がするりと滑らかなドレス越しに脇腹を撫で回した。


「ぇ、っ……ちょ、何し……あんっ」


「何ってナニだろうが……、ん?」



ドレスの裾をたくし上げ、下着を重力に従わせるように足首まですとんと落とす。

それから、内腿の間に潜んだ秘部へ手のひらをゆっくり這わせると、明らかにぬめりとした触感を指先が捉え、プロシュートは静かにほくそ笑んだ。


「グチョグチョだな。まさか、オレの扱いて濡らしたのか? それに、欲しくて欲しくてたまらねえって感じに花弁がヒクついてやがる」


「ぁっ、違っ……そ、そうじゃな……っひぁ!」


「ククッ……名前、すげえ可愛い」


「!」



仕返しと本音。

それら二つを織り交ぜて吐き出した言葉に、名前がパッと頬を薄紅色に染めた。


そんな彼女にますます劣情を掻き立てられた男は、その華奢な肩を掴み後ろを向かせ、クローゼットの壁に手をつかせる。


「ッ……ほんとに、ぁっ、乱暴なん、だから……ッん」


「ハン、ターゲットの死体が転がってるとこでのんびりしてられっかよ。……ま、ある意味スリルがあってイイかもしれねえけどな」



白く丸みを帯びた双丘に擦り付けられる焦熱。

ビクリと身体を揺蕩わせた名前の腹部に腕を回しながら、彼が切迫した声色で囁いた。


「なあ、ッ……挿入れて、イイか?」


「! こんなときだけ……はぁっ、聞かな、でよ……、んっ、はぁ」


「……ふっ、だよな」


「っぁ、あああ!」



膨張した亀頭が膣口を押し拡げ、熱さを求めてうねるナカを徐々に侵食していく。


止めどなく溢れ出す愛液が肉棒に絡みつくのか、グチュリグチュリと下から響く卑猥な音。

赤くなった耳を掠める、官能的なプロシュートの吐息。

素肌が鮮明に感じるシャツ越しの鼓動と体温。


男のすべてに、全身を囚われる感覚。


「あ……ぁっぁっ、ん……ふっ、プロ、シュート、ぉ……んっ」


「名前……」


「! んっ、ふ……、ぅ……ぁっ、やぁ、んんッ」



巧みな腰遣いに翻弄される中、クイッと顎を人差し指と親指で取られ、再び唇を塞がれた。


舌先で愛しげに歯列をなぞってくる彼に、骨盤の奥がきゅんと疼く。


「ふ、ぁ……ん、んん……はぁ、っ」


「ん……名前」



口端から伝う唾液を気にすることなく、淫靡な音を立てて互いの口内を貪り合っていた刹那――





カチャリ


「ッ! っぁ……」


止まる動き。

離れた二つの唇をつなぐ糸が、ぷつんと切れる。

息を乱しながら、恐る恐る名前が扉の隙間を覗くが、今度こそ見えた男は始末対象ではない。


おそらくいつまでも戻らない要人に主催者が迎えに来させたのだろう。

早く部屋を出てほしい――恨みがましく思いつつも、残党ではないことに彼女はホッと安堵した、が。


「!?」


小刻みに震えるナカ。

傍に人がいるにも関わらず、プロシュートが容赦なく最奥へ腰を打ち付けてくる。


「ふっ、んっんっ……んー、っ!」


「……はッ」



恥骨側を執拗に擦られていると、不意に人の気配が消えた。

休みなしにもたらされる強く甘い痺れ。


すると、当然ながら後ろを睨みつける名前。


「はぁっ、バカ、っ……バカ、ぁっ、ああん!」


「ハン! とか言ってオレのモノを締め付ける上に、子宮下りてきてんじゃねえか」


「ぁっ、いやっ……そこ、グリグリしちゃ、っらめぇ!」


「ふ……嘘はダメだろ、名前」



彼女のことは知り尽くしている。

もちろん、セックスにおける弱点も。


「ひぁ、っや……ぁっぁっ……、ひぁああッ」



突如、今まで触れてすらいなかった乳房をドレス越しに背後から鷲掴めば、焚き付ける快感に揺蕩う細い腰。



「ぁっ、あっ、はぁ……ぷろしゅ、とっ……私、イっちゃ……!」


「くッ……オレも、濃い奴注いでやる、からな、はッ」


「っ、ぁあ、ぁっ、あん! いい、よ……っ、ん……来て、ぇっ」


ラストスパートと言うかのように、繰り出された烈々たる律動。

ジュブリ――結合部が生々しい音を立てた。


そして、プロシュートは脈打つ性器を根元まで彼女の膣内に沈み込ませ――



「……ッ、く」


「ひぁっ、ぁ、ぁあああ……ッ!」


ドクリ

甲高い嬌声を上げながら、彼女は己の収縮する肉襞と子宮内で広がる男の熱い体液をまざまざと感じ取っていた。










「あ……どう、しよう」


情事後特有の蒸気、香りが室内を包む中、自分のドレスを見て泣きそうな声を出す名前。

動揺を含んだそれに、彼は何事だと視線の先を覗き込んだ。


「あ? 何がだよ」


「このドレス、レンタルって聞いてたから……リーダーに怒られちゃう」


鮮やかな深紅に広がるのは、愛液と白濁液の痕。

この液体の正体が何かは誤魔化せたとしても、おそらく長い説教は決定的だろう。



アジトへ戻った後を悲観し、肩を落とした彼女はおもむろにクローゼットの扉を押した、が。

グイッ


「えっ……プロシュート!?」


後ろから抱き寄せられ、再びドアは閉まってしまう。

慌てて背後を一瞥すると、いまだ欲が孕んだ男の蒼い瞳と目が合った。


「!」


「今でも気付かれてねえんだ。名前、もう少し二人で楽しもうぜ」


「もう……わかった。でも、勢い余って破かないでね?」



なんだかんだ言って、嫌ではないのだ。


――リーダーには……後で謝ろう、うん。

ため息をこぼしながらも婀娜やかに微笑んだ名前はくるりと振り返り、口端を吊り上げて自分を迎えるプロシュートの首にそっと腕を回した。


その後、あまりにも遅い彼らを案じて鏡で迎えに来たイルーゾォにイチャつく姿を目撃され、事情を知ったリゾットからこっぴどく叱られたのは言うまでもない。









お待たせいたしました!
兄貴が焦るくらいの甘裏でした。
甘、く? なっていると嬉しいです……!


テラ様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、clapへお願いいたします。
polka



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