心のパーセンテイジ


※兄貴夢
※ツンデレヒロイン
※原作より後、生存設定です




21世紀となった年の春、ボスがようやく顔を見せた。

いや――正しく言えば新しいボスの誕生と言うべきなのかもしれない。



だって、15歳がずっとこの組織を率いていただなんてありえないでしょう?


まあ、昔から嫌悪していた麻薬とは手を切ったみたいだし、事務の一人である私にとってその≪新体制≫は大歓迎だったんだけど――




「よ、今日も元気に休憩中か? 名前」


「……なんでここがわかったの」


「ハン、オレはお前がどこに居ても見つけてやるつもりだぜ?」



休憩という名の≪サボり≫をしていると、いつも出逢うこの男――プロシュート。

組織内の人間関係がより近いものになって以来、彼はひょこりと私の前に現れることが多くなっていた。



「あっそ。暇なのね、あんたって」


「いや、暇と言えば嘘になるな……なんせうちのリーダーが幹部に昇格してくれたおかげで、別の仕事も舞い込む舞い込む」


「……」



ならなぜ――と尋ねれば、砂糖すらドン引きするほどの甘い言葉がそのニヒルな唇から飛び出しそうなので、そっと名前は口を噤む。



ボスの≪娘≫を狙い、組織への裏切りを決行した、暗殺チーム。

そんな事件があったゆえか、彼らへの待遇はかなり好意的なものに変わっていた。




え?

どうしてこんなに詳しいかって?



……元情報部をなめないでもらいたい。

別にこの男が気になって――とかではない、断じて。



「で? そういうお前は仕事をほっぽり出して、何やってんだ?」


「昼食。それ以外の目的なんて何も……ない」


「へえ……てっきりオレに会えるのを楽しみにしてんのかと期待したが……違えのか」


「! そっ、そんなわけないでしょ!? バカじゃないの……!」


急激に上がっていく体温。

それを必死に抑えながら、ちょっと早めのお弁当に手を付ける。


勝手に隣へ腰を据えたプロシュートがこちらを見つめてくるが――無視だ無視。


最初は、寄り付かない女だからと珍しがって、自分に話しかけてくるのだと思っていた。



「なあ、それ今日もお前の手作り?」


「……そうだけど」


「美味そうだな……一口くれよ」



しかし、どれほど発見しにくい場所へ逃げても、突っぱねても……彼は夜に生きているとは思えない眩しい笑みで現れる。



「はい。勝手に取ったら?」


「ふっ……そうじゃねえだろ?」


「(恋人でもないのになんで……)はあ」


「ん、うめえ」



艶やかなものとも嘲るようなものとも違う、無邪気に近い笑顔。

私のおかずを咀嚼しながら浮かべられるそれから、さっと視線を外した。


「……お世辞は結構。あんたなら、もっと美味しいもの食べてるんでしょ?」


「おい、言っとくがオレは嘘はつかねえぞ。名前の料理はすげえ美味い……そろそろ信じてくれてもいいんじゃあねえか?」


「ッ(嬉しいとか、思ってない……!)」



――重症だ。

そう自覚している。


この男が来ないとき、≪寂しい≫と感じてしまうのは、明らかにおかしい。

正直、プロシュートを前にすると調子が狂ってしまうのだ。


まるで自分が自分でないかのように――



「あ、また絡まれてるぜ、名前の奴」


「!」



≪舞い上がっていない≫と胸中で連呼していたそのとき、聞こえたのは同僚二人(男)の声。



「アイツってあれだろ? 暗殺チームの」


「あー、あの≪裏切り集団≫か」



ズキリ

痛みを帯びる胸。


表情を無にした名前の近くで続く、心ない言葉。



「待遇の悪さに蜂起したらしいが……ブチャラティのチームに負けて、死にかけたらしいぜ。≪暗殺≫ってのは名ばかりで、実際は大したことないのかもな」


「ハハ、言えてる。オレの方が絶対上手く殺れるって! ま、あんなとこ行かねえけど」


「……」



――我慢ならない。


お弁当箱を乱暴に右隣りへ置き、立ち上がる。

だが、彼女の行動を想像していたと言うかのように、プロシュートが大きな右手でその細腕を引き留めた。



「名前、どこに行くつもりだ。え?」


「……別にどこでもいいでしょ。ただ――」


「奴さんらの発言なら、気にすんな。いつものことだ」


「――」




振り返り、息をのんだ。

青空を映したかのようなその澄んだ瞳には、諦めと悲観。


いつもは横暴で短気で、何より仲間想いなあんたらしくない――そう思った。



「オレたちは栄光のスタート地点に立ったところだ。それに、裏切ったのは事実なんだよ。中傷や誹謗だの元からあるモン、いちいち気にしてられるか。むしろ、オレはお前と…………名前?」


視線をそちらに向ければ、座っていたはずの名前が居ない。


手もいつの間にか空を掴んでしまっている。


――なんだよ、これから口説くってときに……。

一方、もはや言われたことすら忘れ始めている彼が小首をかしげていた頃、女は相変わらずどうでもいい話を続ける男たちへ近付き――






パンッ



乾いた二つの音。

手のひらがジンジンと痺れを訴えてくるが、怒りという感情の方が先行していた。



「! いってェ……」


「オイ名前、何すんだよ!」


「……、……よ」



「あ?」


言い訳ぐらいは聞いてやろう。

話はそれからだ。


そのぐらいの面持ちで頬に紅葉を咲かせた男は、肩を上下させる彼女に聞き返した、が。




「あんたたち、ふざけんじゃないわよって言ったの! この(ピ――――)野郎ども! ≪大したことない≫? ≪オレの方が絶対上手く殺れる≫? ……ハッ! 名ばかりはどっちよ! そういう戯言にもならないことは、あの男よりすごい修羅場を抜けてから言いなさい!」


「「!?!?」」



般若のような形相で激昂する名前。

――怖い。


当事者だけでなく、周りにいた全員の意見が一致した瞬間――


「わかったら返事ッ!」


「「は、はいぃぃ!」」


よほど怖かったのだろうか。

脱兎のごとく、男たちは彼女の元から逃げ出した。


フン、この組織にいるからって調子乗ってるんじゃないわよ――その遠ざかっていく情けない背中をただただ眺めている、と。



「名前」


「ッ! ……あ」



背後から呼ばれた名前。

それにビクリと反応した名前は、振り向きざまに口を開き――



「べ、べべべ別にあんたとあんたのチームが悪く言われて、ムカッと来たからとかじゃなくて……! そ、そう! 風紀! こういう組織でも風紀とか守られるべきだから言ったの! だから、あんたのためじゃないっ! というか、あんたも正しくないことには反論しなさいよ……!」


プロシュートの表情を見ることなく、静まらない怒りに従うまま捲し立てた。



「……」


「! ご……ごめん」


すると、その場を支配する沈黙。

さすがに言い過ぎた――次に顔を出すのは後悔。


――私、どうしていつもこうなんだろう。


ナポレオンの辞書ではないが、≪素直≫という単語が自分の辞書には備わってないのかもしれない。



――バカ! 私のバカ……!


「ふっ」


「……え?」



しかし、意外にも返ってきたのは笑声。


「はは、そうだな。今度からきっちりお礼をさせてもらうぜ……Grazie」


「っ……Prego」



――ああ、心臓よ止まれ、止まれ……って、止まったらダメだ。収まれ、収まれ……!


コントロールの利かない身体。

自分自身へ憤る彼女を横目に、クツクツと喉を鳴らした男がおもむろに言葉を紡ぎ出す。



「なあ名前、デート行こうぜ」



――出た、いつもの台詞。

彼はこうして、自分と会うたびに≪どこか行こう≫と誘い文句を口にしていた。


だが、首を縦に振ったことは……ない。

スッと端整な顔を近付けてきた優男に、こちらも恒例というかのように≪お断り≫とそっぽを向く。



「……≪Si≫と頷く理由があったら、教えてほしいものだわ」


「全部オレが奢る。お前みたいな可愛いシニョリーナから財布を出させるほど、オレも腐ってねえからな……どうだ?」


「(可愛いとか普通に言うな)……っ、わかった。最近できたバーあるでしょ? そこにでも連れてってよ」


「ほーう……意外に乗り気じゃねえか」



ちらり。


押し寄せる羞恥と戦っていた名前が隣を一瞥すれば、ニタニタと口端を上げるプロシュートの姿が。

そして、その笑顔の意味を把握した途端、慌てたように声を荒げる。



「ち、違う! 実は、あんたとずっと行ってみたくて、調べてたわけじゃないんだから……!」


「はいはい。ほら、どうせ仕事ねえんだろ? 今から行くぞ」


「って、どうして肩を抱く必要があるのー!?」



激しく鳴り響く鼓動。

それを悟られないよう彼女は絶叫しながらも、その足はしっかりと彼と同じ方向へ歩みを進めているのだった。










心のパーセンテイジ
ツン時々デレ、ただし素直になることは困難でしょう。




〜おまけ〜



「……ねえ」


「あ?」


「これ……いわゆる≪レディーキラー≫の一つよね?」



目の前には、美しいスカイブルーのカクテルが置いてある。

――美味しそうだけど……なんというか……。


意味を理解しているからこそ、戸惑ってしまう。

一方、すでに≪その気≫になっている彼は首をかしげるばかり。


「そうだな。それがなんだ? まさかお前、酒飲めねえのにオレをバーへ誘ったのか?」


「ちっ、違う! そうじゃない! ただ、こういうのって口当たりいいし……ちゃんと家に帰れるか心配になった、だけ」



後半になるにつれ小さくなっていく声。

そんな明らかに動揺を交えた様子の名前に、プロシュートはカウンターに肘をつき、鼻で笑った。


「ハン! そんな心配、しても無駄だぜ。たとえお前がここで眠りこけても、タクシーを呼んでやるほどお優しくねえぞ、オレは」


「は? それ、どういう――」


「そもそも。今日、お前を帰す予定がねえんだからな」



安心して酔っちまえよ、名前。


「!?」



突如、左耳を掠めたベルベットボイス。

それに彼女が肩を震わせたかと思えば、悔しさを必死に堪える顔で勢いよくカクテルグラスを掴んだ。


「〜〜っよ、酔わせられるものならっ、酔わせてみなさいよ……ん!(ゴクゴクゴクッ)」


「おいおい、大丈夫かよ(あーあ……そんな一気飲みしちまって……酔っぱらったお前もひっくるめて好きとか本音口にしたら、沸騰したかと思っちまうぐらい赤くなんだろうな……可愛い奴)」


「これぐらい……っ(う、ふらふら、する……っでも、美味しいし、負ける……わけ、には……っ)」



その後、女殺しという名称なだけあって瞬く間に酔いは回り――カウンターで熟睡した名前は、当然のごとくこの色男にお持ち帰りされてしまったらしい。












お待たせいたしました!
プロシュート兄貴とツンデレヒロインでした。
兄貴に対しての好意がわかりやすいツンデレにしてしまいましたが、いかがでしたでしょうか……!


じゅん様、リクエストありがとうございました!
感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
polka



prev next
12/39
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -