おめでとうの言葉だけ







「おおオオオイッ! テメー、それはずりーだろうが!!」


「へっへーん! いわゆる勝てばよかろうなのだァ! ってやつですよ、ギアッチョ先輩!」



名前がホルマジオに負ぶってもらいながら帰宅した、約五時間後。


寝る支度をした彼女は、ギアッチョの部屋でゲームをしていた。



ちなみに、帰ってすぐに我がチームのパードレ・マードレである、リゾットとプロシュートから説教を受けたのは言うまでもない。




「チッ、クソが! ……オイ、名前! 次、これやんぞ、これ!」


「えーッ!? それ車のやつですよね? ギアッチョ先輩、絶対に有利じゃないですか!」


「そういうテメーは、さっきまで自分の勝てそうな格ゲー選んだじゃねえかアアアア!? この、格闘バカがッ!」


今にもコントローラーを床へ投げつけかねない男。


彼の口から発せられる叫び声を右から左へ受け流しながら、少女は渋々ソフトを取り出した。



「もう……ワガママッチョさんですねえ」


「ッはああアア? 先輩に対してずいぶんな言いようじゃねえかッ!」



この先輩は≪黙ること≫を知らないのだろうか。


小さく心の中でため息をついた名前が、新しいソフトを入れようと、手を伸ばしたそのとき。



「……」


「…………?」



突如現れた静寂。


その不気味さに正直怯えつつ、先程まで喋り続けていたはずのギアッチョの方へ目を向けた。


「……」


「あ、あの、ギアッチョ先輩?」


怖い。本当に怖い。


こちらをなぜか凝視している彼に、どうすればいいのかわからない。


しかし、動いたら動いたで仕留められそうなので、少女がとりあえず視線だけを彷徨わせていると――



「それ……貰ったのか?」


「……へっ?」


「それだよ、それッ! その、首元に掲げてるやつ!」



首元――男の人差し指を辿っていけば、


「あ」


銀に煌めくペンダントが見えた。



「ああ〜、はい! 実は今日、イルーゾォ先輩からいただいたんです!」


「今日〜〜〜ッ!? ンだよ、最近すぎだ……ろ……」


「?」


途切れる言葉。


首をかしげれば、再び黙り込んでしまったギアッチョ。




明日、もしかしたら嵐でも来るのかもしれない。


「えっと……あ! 先輩っ、ゲーム! ゲームの続きやりましょ!」


「……」


「あ、うっ、ほ、ほら! もうそろそろ、十二時ですし!」


「……そうだな」



よかった。嵐は免れたらしい。


コントローラーを握りなおした彼にホッと安堵の息を漏らした名前は、テレビへと視線を戻した、が。



「で? 他の奴らにも貰ったのかよ」


「えっ!? あ……まあ、貰ったんでしょうね。はい」


「……はっきりしやがれッ! 貰ったんだろ!?」



突然キレられ、動いていた指も止まる。


「ああ、もう……貰いましたよ! チケットとか本とか景色とか……その、キスとかッ」


「き……キス、だとオオオオッ!?」


激昂するギアッチョ。


もう何がなんだかわからない。



――もしかして、何かあったのかな?


「先輩……今日なんだかおかしいですよ? 大丈夫ですか?」


「おかしいのはどっちだッ! 大体なア、一週間前にでもテメーが言ってれば……!」


「? 何を、言うんですか?」


「〜〜ックソ! 名前、車選べ!」



ギアッチョが定番の悪態をつき、画面へと顔を戻す。


その変わりように少女は腑に落ちないまま、コントローラーを持ち直した。











「……オイ」


数分後、自分の選んだ車を懸命に運転する名前に対し、余裕そうなギアッチョがぽつりと呟く。


「はいっ? というか、今じゃなくても――」


「今じゃねーとダメなんだよ」


届いた真剣みを帯びた声に、内心ドキリとしてしまう少女。


そして、テレビと彼――その二つへ交互に視線を移しながら、親指を酷使していると――







「……、……う」


「……え、すみません! 聞こえないんですけど! っわ、ぶつかった!」


「……」


「? あの――」








ガンッ


「〜〜だああアアアッ!!! だからッ、おめでとうっつってんだろうが……!」


「え」


ギアッチョに勢いよく床へと叩きつけられる、哀れなコントローラー。


刹那、ゼロ三つへ切り替わったデジタル時計。




つまりこの瞬間、名前の誕生日は≪昨日≫へと変わったのである。


「あ……え、その……先輩」


「ンだよ」


「……ありがとう、ございます」


ようやく状況を理解し、嬉しそうに微笑んだ少女。




その無害そうな彼女の笑みに、すべてどうでもよくなった彼が自身に対し舌打ちをする。


「チッ。ゲーム、やり直すぞ」


「ふふ……はい!」


誕生日の終わる瞬間に、告げる。


最初という≪一番≫は取れなかったものの、強引に掴んだ別の≪一番≫。



はしゃぐ名前の隣で、時計を一瞥したギアッチョは満足げに笑った。










おめでとうの葉だけ
case:
Ghiaccio



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