とっておきの景色
夕暮れ時。
自分の部屋でベッドに寝そべりながら、名前は先程もらったばかりの料理本とにらめっこしていた。
「ん〜……何がいいかなあ」
コンコンコン
そこで、ふと耳に届いたノック音。
「? はーい、どうぞー」
誰だろう?
心の中で首をかしげながらも、視線を本から離さないまま彼女は入室を許可した。
その数秒後、ガチャリと音を立てて入ってきたのは――
「お邪魔するぜ……って、名前、お前なァ」
「……あ、マジオ先輩!」
右手を軽く上げるハゲ……ではなく丸坊主のホルマジオが視界の端に映り、少女はようやく顔をそちらへ向ける。
しかし、彼の表情にはなぜか≪呆れ≫が交っていた。
「?」
「もうちょっとさ、男の中に女一人ってことを自覚した方がいいぜ」
≪自覚≫。
本日二度目のその言葉に、わけがわからない名前は頬を膨らませる。
「それ、プロシュート兄貴にも言われたんですけど……どこをどう自覚すればいいんですか!?」
「ったく、しょォがねーなァ。自覚するって言ったらそりゃ……」
そこで言いよどむホルマジオ。
少女の無防備な――キャミソールに短パンという――姿は確かに注意しなければならない。
だが、そんなことを指摘すれば、羞恥で怒り狂った名前が枕や時計をこちらへ投げつけ、さらにはスタンド攻撃まで仕掛けかねない。
――まだ、さすがに死ねねェよな〜。
「そりゃ? もう、そこで止まらないでくださいよ!」
「悪ィ悪ィ。ま、気をつけろってこった」
「……ますますわからない」
渋い顔をする少女。
心苦しいがそれを無視して、男は本来の目的を口にした。
「おっと、時間がちょっとやべェな……名前! 五分で支度しろよ!」
「……え? どこか出かけるんですか?」
きょとん。
まさにそんな表情の彼女に、何かおかしいと悟ったホルマジオは首をかしげつつ尋ねる。
「あれ? 前、言わなかったっけ?」
「聞いてませんよ!!!」
五分後。
「ああ、もう! 言ってくれてたらちゃんとした服に着替えたのに!」
「悪かったって。でも、お前はなんでも似合うから、気にする必要はねェよ」
「!! そ、それは、その」
明らかに言いくるめられた。
そうわかっていても口ごもる名前を見て、ホルマジオはにっと笑い――
「っわ……」
少女の肩に腕を回した。
「はは、そう照れんなって!」
「! て、照れてなんかいません!」
「そうかァ?」
「そ う な ん で す」
強調するように叫ぶ彼女に、わかりやすいなと考えながら足を進める。
「……ところで、マジオ先輩」
「なんだ?」
「私たち、どこへ向かってるんですか?」
建物はどんどん姿を消し、明らかに街中へは向かっていない。
それに、何と言っても坂を上り続けている足が痛いのだ。
一方、その質問に誤魔化すばかりのホルマジオ。
「まあまあ。もう着くから、待っとけって」
「十分、待ったような気がするんですけどねえ」
「そうかァ? あ……ほら、着いたぜ」
「早ッ!? いったい何を――」
ぶつぶつ。
地面を見つめ、文句を連ねていた名前は突如響いた彼の言葉に勢いよく顔を上げ――
「……」
今や水平線へ沈もうとしている夕日。
その赤い光が街中を包む景色に、少女は言葉を失った。
「どうだ? 誕生日プレゼントには、持って来いだろ?」
「……すごく、綺麗」
ぽつりと呟く名前。
想定通りの反応に、ホルマジオが笑みを深める。
「でも……どうやって見つけたんですか? ここ」
「……あ〜、猫を探してたら偶然、な」
ロマンチックの欠片もなくて、悪ィ。
そう口にしポリポリと頭を掻いていると、隣で少女が笑う。
「ふふ、マジオ先輩らしいですね」
「……そうかァ?」
「はい。でも、よかった……先輩のスタンドみたいにメルヘンな見つけ方じゃなくて」
ヒクリ。
楽しそうに告げる彼女に対して、頬を引きつらせる男。
「……名前、お前な……」
そして、呆れという感情に身体を委ねるように、彼は少女へと手を伸ばし――
「えっ!? あ、あはは! ちょ、先輩ッ、こしょば、あはははは!」
「人が気にしてることをズバッと言いやがって……お仕置きだッ!」
脇腹をくすぐり始めた。
一方、思わぬ攻撃に抵抗ができない名前。
「ひゃ、ははっ! も、ギブ! ギブ、です……ッわ!?」
「おわッ!?」
ズッテーン
次の瞬間、彼らは空を見上げる形になっていた。
「いたた……もう、先輩が悪ふざけするから!」
「おいおい。そもそもお前が余計なことを口走るからだろォ?」
「……」
「……」
背中全体が訴える痛みに顔を歪めつつ、いまだ口論し続ける二人。
だが、ふと視線が重なり――
「……ふふっ」
「……クク」
「「あはははははッ」」
結局、こうして≪笑い合えば≫すべて解決しまうのである。
「名前」
「はい?」
「来年も……またどっか連れてってやるよ」
お互いに生きてたらな。
飲み込んだ言葉。だが、名前にはわかってしまったらしい。
「はい! 絶対に……約束ですよ?」
「! ……困った後輩ちゃんだぜ」
苦笑しながら、朱色から紺色へと染まろうとしている空を仰ぐ。
しかし、この少女が言うなら本当に来られそうな気がして――ホルマジオは次のプレゼントの算段を始めるのだった。
「マジオ先輩」
「どした?」
「……背中と足が痛すぎて、もう動けません」
「…………しょォがねーなあ〜」
とっておきの景色
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