初心者向け料理本






「……名前!」


「? あ、ペッシ先輩!」


突如呼ばれた自分の名。


リゾットの部屋を出て、廊下を歩いていた名前が振り返ると、後ろから何かを抱えたペッシが走り寄ってきた。


「ハア、ハッ、やっと……見つけた!」


「え? もしかして、ずっと探してくださっていたんですか?」


明らかに疲れが滲んでいる彼の顔を見て、焦る少女。


彼女の心は今、申し訳なさでいっぱいだ。



「ううん。確かに探してはいたけど……今日中に会えればよかったから」


「そう、ですか?」


名前は知っている。


ペッシが人を気遣うことに長けているということを。







それを知ったのは以前――彼にとっても自分にとっても兄貴にあたる、プロシュートにこっぴどく怒られたとき。


その場では堪えていたものの、悔しさとやるせなさでいっぱいになった少女は己の部屋で泣いていたのだ。



「ぅ、ぐすっ……」


カタン


「?」


そのとき、部屋の外から聞こえた音に、首をかしげる名前。


少しだけドアを開けて確認すれば――夕飯と氷の入った袋。


――誰、だろう?


でも、とても嬉しい。


口元を緩めて彼女が、そっとトレイを部屋の中へ引き寄せた瞬間。



タッタッタッ



「……あ」


一瞬だけ見えた、パイナップルのような特徴的な髪。



「ペッシ、先輩……ありがとう」


再びこみ上げてくる涙を感じながら、名前は暖かな気持ちで目元に氷袋を押し当てた。










「名前?」


「……ハッ!? ご、ごめんなさい!」


「いや、大丈夫だけど……名前こそ大丈夫?」


心配そうにこちらを見つめるペッシに対して、ブンブンと首を縦に振った少女は彼へ尋ねる。



「大丈夫でっす!! それより、ペッシ先輩はどうされたんですか?」


「……あ、そうだった!」


いまだいぶかしげだが、一度黙ると決めたら名前が口を開くことはないと知っている彼は、自分の手にあった本を彼女へ差し出した。





「はい、これ! 名前、お誕生日おめでとう!」


「! ペッシ先輩まで覚えていて下さったなんて……! ありがとうございます!!」


今日はとてもいい一日だ。


プレゼントを受け取り、抱き寄せた少女が満面の笑みでそのブックカバーを外せば――




「……これ、料理本ですか?」


「うん! 名前、興味あるって言ってたよね?」


「はい、確かにそうなんです、けど……」


不思議な点があるのだ。


パラパラと本を捲ると、ところどころに現れる小さな文字。


これは――




「さすがに全部は無理だったけど……オレが料理したことのあるものには、アドバイスも書いといたから!」


そう、ペッシの字だ。


「……」


「名前? あ、もしかして嫌だった――」


かな?


彼が言い終わる前に、少女はその大きな体へ抱きついていた。




「わっ!?」


「ペッシ先輩……っ大好き!」


「え!? あ、ありがとう……」


自分に向けられるとは思いもしなかったセリフに、ドキリとしつつもしっかり抱き留めるペッシ。


一方、ただただ嬉しそうに足をぶらぶらさせて、彼の身体を堪能している名前。








「……(言えない、よなあ)」


確かにペッシが彼女のためを思い、これを購入したのは事実だ。



しかし。




「(プロシュート兄貴が≪名前の手料理が食べたい≫って言ったのも、関係するって)」


これは任務なのだ。


しかも、名前の料理を手伝いつつ、秘密裏に進めなければならないという重要任務。



「はあ……」


「先輩! 私、頑張りますね! 全然料理したことないけど!」


「……あ、うん。オレも……オレも頑張るよ、いろいろと」




今日も今日とて、弟分は人の恋路のため走り抜けるのである。










初心者向の料理本
case:
Pesce



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