映画のチケット(二枚)






プロシュートが優雅に立ち去ってから数分後。



「……ハッ!?」


ようやく、名前の頭は再稼働し始めた。


そして、湧き上がる羞恥に堪えつつも、廊下を歩き進める少女。


目的地は、我らがリーダー・リゾットの部屋である。


「……そうだ、報告もしなきゃ」


自分はつい先程まで仕事をしていたことを思い出し、ぽつりと呟く。


ちなみに、本来の目的はリゾットにメロンと生ハムの駆除を頼むというものだ。


あくまで、任務の完了報告は≪ついで≫である。






コンコンコン


「リーダー、名前です!」


「……開いているぞ」


ドア越しに聞こえた低音ボイス。


「失礼します……」


それにホッと安堵感を覚えながら、名前は掴んでいたドアノブを押した。



「どうした?」


目の前には回転式の椅子に腰かけ、こちらを振り返っているリゾット。


男の顔にはうっすらと疲労感が見えた。


さらに、その後ろには光ることで存在を示すパソコンの画面が見え、彼はとても忙しいのだと、今更ながら思い知らされた少女は後悔してしまう。


「あ、えっと、その」


「もしかして、報告か? それなら先程、イルーゾォがしてくれたところなんだが」


「え!?」


「……どうやら、入れ違いだったようだな」


「あ、はは……どうやらそのようです」


扉に背を貼り付け、引きつり笑いをする名前。


一方、その明らかに不自然な彼女の態度に、男は首をかしげるばかり。


「(ダメだ……い、言えない! 今にも過労で倒れそうなリーダーに、あの≪食べ物ども≫の悪事を告げて仕事を増やすなんて!)……じゃ、じゃあ! 私は戻りますね!」


後で、コーヒーでもお持ちしよう。


一人頷いた少女はぺこりと頭を下げて、部屋を出ようとした、が。





「そういえば……今日は○月△日か」


「……え?」


ふと届いた穏やかな声に、もう一度振り返れば口元を少しだけ上げているリゾットがいた。


「いや、名前の誕生日のはずだが、と思ってな」


「……あ、はい。確かにそうですけど」


小さく首を縦に振る。

すると、「少し待て」と言ったうえで、引き出しの中を探し始めるリゾット。


今度は名前が首をかしげる番だ。



「……これだな」


「あの、リーダー?」


いったい何をして――そう口を開きかけた彼女の目の前に出されたのは、二枚のチケット。


「名前、誕生日おめでとう」


「! えッ、あう……その! ……えっ!?」


「チケットは二枚ある。休みのときにでも、誰かと行ってくるといい」


優しい声色で言葉を紡ぎ出し、明らかに動揺している少女の右手にそれを握らせる。


そして、自分は仕事に戻ろうと机の方を振り返った、が。




クイッ


突然、何かに引っ張られる感触。


視線をそちらへ向ければ――己の黒いコートの端を細く白い指が掴んでいた。



「……名前?」


「あ、ああああの!」


「ん?」


「この映画……リーダーと行きたいって言ったら……行ってくれますか?」


熱があるのでは、と思ってしまうぐらい頬を赤く染めている名前。


だがそれよりも、驚くべきは彼女の言葉。


思いもしなかった誘いに、リゾットは大きく目を見開く。



「オレ……か?」


「は、はい!」


「……わかった。今度の休暇にでも、行こう」



刹那、満面の笑みで頷く少女を見て、できるだけ早く仕事を終わらせてしまおうと、男は心の中で強く意気込んだらしい。










映画のケット(二枚)
case:
Rizotto=Nero



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