キャンディーひと粒
イルーゾォから思わぬプレゼントを貰った名前は、上機嫌でアジト内を歩いていた。
「やあ、名前! すごく嬉しそうだけど、どうしたんだい?」
「あ、メローネ先輩! こんにちは……って、どこ触ってるんですかーっ!?」
バキッ
まるでそれが当然の挨拶というかのように、自分の胸へ手を置いたメローネに対し、名前はその頬を鋭く殴りぬいた。
「ベネ! その拳の感じ、ディモールト・ベネ!!!」
「はああ……コントじゃないんですから、毎回触るのやめてください!」
「え!? 違うよ、名前! これはコントなんかじゃなくて、愛の営みへのry」
「その言葉は聞き飽きました!」
これではキリがない。
小さく肩を竦めた名前は、彼の横をすり抜けようとしたが――
「ん? んん?」
ふと甘い香りが自分の鼻を掠め、彼女はそれを辿るように男の周りをすんすんと嗅ぎ始めた。
「ははっ、どうしたの? もしかして、オレのフェロモンにノックアウトされちゃった?」
「黙らっしゃい。ん〜〜……メローネ先輩、何か食べてます?」
そう口にし、メローネをじっと見上げる名前。
彼女の視線に心が痺れるのを感じながら、にっこりと笑った彼は己の長い舌を出した。
「バレた? 実は名前の部屋にあったアメ、舐めてるんだよね〜」
「ああ、アレ美味しいですよね……って、えええッ!?」
その色、その形。
確かに、自分の部屋に置いていたアメだが――
「あと一個だけだったのに……ッ!」
「あはっ、ごめ〜ん」
「……そんなあ」
がっくり。
まるで、この世の終わりかと言うように項垂れる名前。
それをしばらく眺めていたメローネは、ふと≪あること≫を思いつき、少女の肩を叩いた。
「ごめんごめん。名前がそんなに大事にしてるアメだとは思わなくてさ」
「……ごめんで済むなら、警察はいりません」
「(まず、オレたちみたいなギャングに通用するかだけど)……まあ、せめてものお詫びにさ。このアメ、プレゼントするから」
明るい調子で言葉を紡げば、キッと睨まれる。
食べ物の恨みはとても恐ろしい。
「まさか……これ、フランスから取り寄せないといけないのに、無理ですよ!」
「(ああ、通りでディモールト美味いわけだ)……大丈夫、今すぐ渡すから!」
そう、すぐに渡せるのだ。
「何言ってるんですか! 取っておいた残り一つは、メローネ先輩のお口の中ですよ!」
「あはっ、だからそれを≪返す≫んだよ」
わけがわからない。
眉をひそめた名前が、おもむろに顔を上げた瞬間だった。
「んッ……!?」
唇に柔らかい感触。
大きく目を見開いたことで広がる視界には、こちらを射抜くような翡翠の瞳と白い肌。
そして、頬を掠めるブロンドの髪に、ようやく名前は≪キス≫をされていると知った。
「んー……ふふ」
「っん、ふ……んん!」
刹那、少女の口に甘みがふわりと現れる。
気が付けば、より輝きを放つメローネの笑顔は、元の位置に戻っていた。
「は、ぁ……っは、せんぱ、いの……バカ、ぁ!」
「はは、素直じゃないとこもベネ! じゃあ、オレは部屋にこもるから」
名前が今できる精一杯の抵抗――睨むこともむなしく、通り過ぎていく男。
後ろからスタンド攻撃を仕掛けてやろうか。
一瞬脳内を過った考えに従い、少女は己のスタンドを出した、が――
「そうだ! 名前……Buon Compleanno(誕生日おめでとう)!」
「……え」
覚えていてくれたのか。
驚きで固まる名前を気に留めることなく、笑みを湛えたメローネは部屋へ入っていった。
「……はあああ、もう」
バタンとドアが閉まる音とともに、彼女の口から吐き出されるため息。
――まあ、いっか。アメ、美味しいし。
しかし、彼の一言で許してしまうのだから、自分もあの先輩にほだされているのかもしれないと、アメを舌で転がしながら思うのだった。
「あ、さっきのキス顔、写メったから≪いろいろ≫使わせてもらうね。いろいろ、と」
「!? このッ、ド変態ィィィィィィイイイ!!!」
やはり、許す日は来ないかもしれない。
キャンディーひと粒
case:Melone