腹ぐ……いえなんでもないです
不覚。本当に不覚だった。
「どうだ? ボスの所在を吐く気になったか? 秘書兼恋人ちゃんよォ」
「んんっ、んー!」
まさか、組織を知りたがる奴に私が≪拉致≫されるなんて、思いもしなかったのだ。
「オイ、ほんとにこのへんちくりんが、パッショーネを率いてる奴の女なのかァ?」
「ッんー!(余計なお世話だ!!)」
「へッ、信じられねーがそうらしいぜ?」
げらげらと私の前で笑う男二人組に、奥歯を噛みしめる。
腕と足を縛られて、口に猿轡を嵌められてさえいなければ!
今すぐに殴ってやるのに……!
「まあ、そうじゃねーとこんな色気もない女、とっ捕まえたりしねーよな」
「ははッ、確かに!」
「……(もう許さん。こいつらマジ許さん!)」
ここまで言われて、怒らないほど私もできてはいない。
キッと男どもを睨み上げれば、こちらを見下ろす鋭い視線。
怖く、ない。前の旅に比べたら――私の恋人に比べたら、こ、ここ怖くなんかない!
「けどよォ、威勢のいい女は案外嫌いじゃねー」
「クク、同感だな」
「こういう奴でも女だ。一度抱いてやりゃあすべて吐くだろうよ」
「ッ!」
抱く。その言葉に、冷えていく身体。
「んっ、んん、んー!!(やだ! それだけは、嫌……!)」
「お? やっとそれらしい反応見せたじゃねーか」
薄暗くてもわかる、男のいやらしい笑み。
それを見ないように――慌てて目をそらせば、浮かぶのは怖いけどとても優しい恋人。
ジョルノ……ジョルノ……!
「なあ、せっかくだしよォ、猿轡は外しちまおうぜ」
「そうだな。イイ声聞きてーしな」
シャツと口を覆うモノへ伸びる手。
その、≪彼≫とは違うごつい手に、嫌でも未来を予想し身構えた瞬間。
「グハッ!?」
「な、なんだ? どうし――グエエッ!」
「……ゴールド・エクスペリエンス」
「!」
この、声は――
「名前」
いつの間にか、きつく閉じていた瞼。
それをそろりと開くと、
「迎えに来ました」
いつも通りに微笑む、ジョルノが立っていた。
彼の後ろから射す、太陽の光。
ああ、やっぱり貴方には≪日≫が似合う。
「……痛かったですね」
「ジョル、ノ」
するりと抜けた猿轡。
久しぶりに出す声は、かなり震えていた。
「名前、無理をする必要はありません」
「……っジョ、ルノ……ジョルノ、ぉ!」
怖かった。
ほんとは、すごく怖かったんだ。
腕と足を解放してもらった途端、私はジョルノに抱きついた。
「ごめん、ね? 捕まっちゃ、って……ぐす」
「まったく……ぼくが伝えるべき言葉を取らないでください。貴方を守れず、危険に晒してしまった……ぼくの責任です」
ごめんなさい。
そう囁いて、頭をなでてくれる手が優しい。
できれば――もう少し、このまま。
スーツを濡らしてしまうことを申し訳なく感じつつも、私はしばらく彼の腕の中で甘えさせてもらうことにした。
やっぱり、私にはジョルノだけだ――なんて、本人には言えないことを考えたりしながら。
「ところで、一つ聞いていい?」
「ええ、構いませんよ」
「さっきの男の人たち、どこ行ったの?」
見当たらないんだけど。
私が今、なぜかジョルノに横抱きされてるのは、この際スルーしよう。
でも、二人組がいないのだ。
逃げたのだろうか?
いや、ジョルノがそんなヘマをするはずが――
「ああ……彼らですか? うちの拷問好きな人たちをある部屋に集めておいたので、そこに送られていると思いますよ」
「ごうも、ん?」
「はい。あ、もちろんぼくも後でそちらへ向かうつもりです」
キラキラ
そんな効果音が付きそうな笑顔で、私を見下ろす彼。
え?
確かに拉致はされたけど、そこまでしちゃうものなの?
「当然ですよ。なんて言ったって、ぼくの大切な名前に手を出したんですから」
「いや、あの、まだ未遂――」
「その罪は、レクイエムを食らわしてやりたいぐらい、重い」
私には、向けられたことのない、冷え切った瞳と声。
それにゾクリとさせられながら、私は当然とも言うべき問いを口にした。
「……や、やっぱりジョルノって」
「はい?」
「腹ぐ……いえなんでもないです」
だから、そんな笑顔でこっちを見ないでーっ!
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