uno

※兄貴が誕生日を祝ってくれるようです
※同僚ヒロイン






太陽が燦々と輝くある日。

珍しく一日オフで、残念ながら同年代の友達もいない私は太陽が天高く昇るまで寝坊と、自宅でかなりのんびりした時間を過ごしていた。



「ホント、なんで今日に限ってオフなんだろ」



いつもならば、≪喜んでー!≫とすぐさまアジトからここ――ボロくて小さなアパートへと直帰する私。

もちろん、リーダーには顔をしかめられるけれど。


でも今日だけは違う。



「(アジトにいたら、どさくさに紛れてあいつに祝ってもらおうと思ったのに)」


今日は私が生を受けた日――誕生日だ。

イタリアでは誕生日の人が祝ってくれた人におごるという、日本人には驚きだらけの習慣があるが、この生活に慣れたこともあり案外悪くはない。



けれども今年は、それさえも難しそうだ。


かと言って、まるで皆から祝ってほしいと言うかのようにアジトへ居残るのはなあ――と、私の意地を張る癖が顔に出てしまい、今に至るのである。



「……リーダーのバーカ。あのやけに自己主張の強いずきんに今度イタズラしてやろ」



基本真顔に近い彼が、自分の頭巾を目にしてどんな表情を見せるのか楽しみで仕方がない。


その後に来る≪メタリカ≫も顧みずに、口元をにやりと歪めた――そのときだった。





ピンポーン




「ん?」


テレビもつけていない、静寂な空間を切り裂くインターホン。

二人用の小柄なソファにゴロンと転がっていた私は、来客の予定もないので当然ながら首をかしげる。



「郵便、かな……?」



居留守も申し訳ないし、行くか。

よいしょ、といった掛け声と共に起き上がり、床に足を着けた。



そして、サイン用に一本のボールペンを握ってから、誰かを確認することなく玄関を開ける。


すると――



「よォ、名前」


「え、プロシュート!?」



ゆっくりと挙った片手。

いつものシニカルな笑み。


目の前にあったのは、実は恋愛対象として気になっている男の姿だった。

さらに、プロシュートはもう片方の手に何か白い箱を持っている。


どうしたの――何度も瞬きを繰り返しつつそう呟けば、彼はますますほくそ笑んだ。



「どっかのお仲間が一人寂しく休日を過ごしてると思ってな、気を利かせてやったんだよ」


「……はあ。大きなお世話ですー」


「ククッ、まあそう言うなって。ケーキ持ってきたんだ、食うだろ?」


「もちろん!」



当然、ケーキは大歓迎だ。(ホントは来てくれて嬉しいけれど、そんなことは口が裂けても言えないので)私は素早く箱を受け取り、帰るであろうプロシュートを見送ろうとした。


ら、頭上から届くため息。



「おいおい、名前。お前なァ……そりゃないんじゃあねえか?」


「え?」


「オレも一緒に入れろよ」



……。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ケーキはありがたいけど、あんたを入れるのは……その、掃除とか全然できてないし……!」


「ハン、そういうこと気にするようなタマじゃねえだろ。お前って奴は」



いや、そうだけどさ――彼の言い分に頷こうとしてムッと眉を吊り上げる。

ところが、まったく気にしていない様子のプロシュートは「邪魔すんぜ」と私の横を通り過ぎ、まるで自分の家のように廊下を歩き始めてしまった。









「ていうか、あんた私のアパートよくわかったね。驚きすぎて気付かなかったけど」



我が物顔でソファに座っていることもそうだが、私はこいつをここへ招待したことはないはずだ。

もしかして調べられた……?


その調子で弱みまで握られてしまっているのでは――人知れず動揺する私を見てか、それとも察知してか、長い脚を組んだ男が薄く笑う。



「何言ってんだお前。オレはここに来たことあるぜ」


「へ?」


「あの夜は色々あったよな。酒弱えクセにがぶ飲みした挙句、酔い潰れた名前をオレが……って、覚えてねえのか。残念だ」


「!?!?」



刹那、私は文字通り青ざめた。

脳内を過ぎるのは、最悪の事態だったらどうしよう、という不安。



「(いや、悪くはない……というか、私は別にいいけど……、けど……! せめて覚えておきたかっ――)」


「……ぷッ」



ところが、目をぐるぐるさせる私を横目に吹き出すプロシュート。



「安心しろ。お前の考えてるようなことはシてねえよ」


「はい?」


「確かに、酔い潰れたお前に道を聞いてここまで送りには来たが、それだけだ」




それとも≪間違い≫が起こった方がよかったか?



身体の芯をゾクリとさせるテノール。

たとえ距離があっても痺れるそれと言葉に、カッと顔が熱くなった。


「そ、そんなわけないでしょ!? 運が良ければあんたから慰謝料せびれたのにな、って思っただけ!」


「……ハン、がめつい反応しやがって」



慌てて飛び出した照れ隠し。


にしても、≪慰謝料≫はないだろう、慰謝料は。

コーヒーを淹れながら、改めてこいつのことが好きだと改めて認識してしまう。


けれども同時に、会話を重ねるたび現れるのは自己嫌悪。



「……」


もう少し。

もう少しだけ、素直になって話せたら――



「名前? オイ、どうした」


「! い、いや……なんでもないから」



いつの間に近付かれていたのだろう。

ゆっくりと顔を覗きこまれ、こちらを貫く蒼にドクリと心臓が跳ねた。



でもそれを、すべてを悟られたくなくて、訝しげなその視線から目をそらした――瞬間。





ピンポーン




「?」


再び鳴り響いた訪問を知らせる音。

今度はなんだろう。


不審に思いつつも無視もしにくいので、マグカップをプロシュートに手渡して、再び玄関まで歩く。



「はいはーい。一体なんです――」



か。


喉を震わせながらドアを自分の方へ引いた瞬間だった。


視界いっぱいに広がるオレンジ。

薄いピンクの包装紙から顔を出す、太陽色に染まったいくつものバラのつぼみ。


思わぬ出来事に目をぱちくりさせていると、ずいぶんにこやかな宅配の人が口を開く。



「お届けものです。こちらにサインを」


「あ……はい」



それから、両手ですら抱えきれないほどの花束を手に、元来た道を戻っていた。



生憎、私の隣にこれを贈りそうな恋人たる男はいない。


うーん……いったい誰が、なんのために――





「ごめん、お待たせ……って、え?」


「ふっ、難しい顔したかと思えば間抜けヅラ見せて……ほんと忙しい奴だな、お前は」


逸る鼓動。

今日はサプライズが多い日らしい。


テーブルを前に、笑みを浮かべるプロシュート。

さらに、箱から開け放たれたいちごの乗った白いケーキには、誕生日を祝うチョコレートのプレートが立てられている。



「……なっ、何これ」


「何って、さっきケーキだっつったじゃねえか」


「そうだけど……プロシュート……、覚え、てたの?」



何年付き合い続けてると思ってんだよ――彼が小さく笑ったことで揺蕩う空気と私の心。


「つーかそれどっかに置いて早く座れ」、「う……うん」と感情を占める驚愕を抑える間もなく、花束をそばにあった棚の上へ預け、おずおずと男の正面にある椅子へ腰を下ろした。



「しかもショートケーキ……」


「まあな。ジャッポーネじゃあ定番なんだろ? ……ほら、早く食えよ。クリーム弛れちまうぞ」



どうしよう、いろいろなことに驚きすぎて言葉が出てこない。

切り分けてくれたプロシュートのお言葉に甘えて、ただただ頷いた私は緊張の面持ちでケーキを一口放り込む。


すると、生クリームのまろやかさとスポンジの優しい甘さ、そしていちごのちょうどいい酸っぱさが口内を支配した。



「! 〜〜っ美味しい! すっごく美味しい! プロシュート、これどこで買ってくれたの? イタリアじゃ結構珍しいよね!?」


「は? あー……いや、これは買った奴じゃねえっつーか」


「じゃあ貰い物? でも、どこにも店の名前書いてないから……知ってるなら教えてよ! 私、絶対買いに行くから!」


「……わーったわーった。そんなに食いたきゃ――」









「今度オレん家来いよ」


「…………ん?」



なぜこいつの家に行かなければ――そこまで考えかけて、ハッと目を見開く。



「まッ、まさか!」


要するにこのショートケーキは、プロシュートが作ったのだ。

なんか女として負けた気分――ガクリと項垂れた私を視界に入れて、マグカップの淵に口付けていた彼が鼻で笑う。



「ハッ! いつもSPどもに勇ましく立ち向かってるお前でも、そういう≪乙女心≫はちゃんと持ってんだな」


「ッ、失礼なやつ!」



私にだって、女の子らしいところの一つや二つありますー!

そう叫び、今もにやにやしている男を睨みつけるものの――胸に湧き上がってきたのは≪喜び≫だけだった。


プロシュート特製のショートケーキをもう一口食べれば、自然と綻ぶ口元。



「でも……ホントありがと」


「あ?」


「いや、なんていうか……わざわざこんなボロアパートに来てまで祝ってくれたのが嬉しかった、って言うか……」



言い慣れていないせいか、しどろもどろになる。

でも、今だけはからかうことなく、柔らかな笑顔を見せてくれる眼前の男。



「……どういたしまして」


頭に優しく乗せられた彼の手は、すごく温かかった。










「じゃ、明日な」


「……うん」



少しだけ寂しい気持ちを抱えつつ、颯爽と去っていく同僚を見送る。

そのスラッとした背中をしばらく凝視して――私は脳内から抜け落ちていた≪ある事実≫に気付いた。



「あーッ!」


あの花束、放置してる……!



「危ない危ない。忘れるところだった……」


そそくさと部屋へ戻る。


結局身元はわかっていないけれど、こんなに綺麗なんだし花瓶に差し替えよう。

リボンを外した私は包装紙からバラを抜き出そうとした、が。




ヒラリ



「? あれ、カードが入ってる」


落ちてきたのは、手のひらより小さなカード

これで差し出し人が判明するだろうか。


どこまでも軽く、シンプルながらも美しいそれを持ち上げ、名前を確認するために裏返した――刹那。



「え」


見覚えのある滑らかで綺麗な字。


私はこれをどこかで――報告書でよく見たことがあった。




この筆跡はプロシュートだ。


カードに刻まれたたった一言のメッセージ。それは――



「…………、っあのバカ」


花はちゃんと水へつけた。



――よし、行こう。










Sempre nel cuore.
≪いつも心に≫――次の瞬間、私は勢いよく家を飛び出していた。











誕生日にバラの花束。
兄貴ほどそれが似合う男はいない、そう確信しております……。
管理人が夢を見すぎなのかもしれませんが(笑)。


感想などございましたら、お願いいたします^^
ここまでお読みいただきありがとうございました!
polka





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